結果
「おはようございま〜す…」
かなり小声で挨拶をしたせいか、誰にも気付かれなかった。
そのままそーっと扉を閉めて、すぐ近くにあった席に着いた。
窓際で、扉がすぐ近くにあり、しかも一番後ろ…
こんな特等席、何故空いているのかが不思議なくらいだ。
…とりあえず周りを見渡してみると、黒板に近い席の生徒達はほとんどグループを作ってお喋りをしていた。
その反面、後ろの席の生徒達は、自分の席に着いたまま、喋る気配が無かった。
(どうやら、グループに入れた奴とそうでない奴とで席順が決まってるっぽいな…)
どうやら僕は遅れて来た事が原因で、強制的にここになったらしい。
…まぁ、今はまだ友達とかグループとかは必要無かったから逆に好都合なのだが。
「おーい、みんないるかー?」
黒板側の方の扉が開いたと同時に聞き覚えのある声が聞こえてきた。
…まさか、保険の先生!?
教室の中に入って来たのは、予想通り小学校で「保険の先生」をしていた人だった。
「良し、空いてる席は無いな。…私は今年度から君達の担任を務める事になった、「雷 凛」だ。宜しく頼む」
…先生、自己紹介している所申し訳無いのですが、周りの歓声がうるさくて全く耳に入ってこないです。
「はぁ…では、何か質問がある奴はいるか?」
その言葉と同時に歓声は止み、代わりに「はい!」の音声と高らかに挙げられた手が教室内の場の雰囲気を見事に荒らしていた。
しかし、それを物ともせずに大声で怒鳴り散らした者がいた。
「おい!お前小学校ん時の保険の先生だったじゃねぇか!なんでここで教師やってんだよ!」
…どうやら同じ学校の連中の一人らしい。見たことの無いツラをしているが、その小学生とは思えないガタイの良さだけはなんとなく覚えている気がした。
「…なぁに、そんなに珍しい事でもあるまい。この学校では珍しい能力を持っている者を優先的に採用してくれるからな」
「なんだと?お前にはこの学校の教師になれるほどつえぇって言いてぇのか?」
「まぁ、そうなるな」
「チッ…どうせコネでも使ったんだろ」
彼はそう言うと、足を机に乗せて組み、窓の外を見つめて黙ってしまった。
「ふふっ…では、他に質問とかある奴はいるか?」
さっきとは打って変わり、沈黙が場の雰囲気を制している。
粗方、アイツとのやり取りでテンションでも下がったのだろう…とにかく、うざったい声が無くなって多少スッキリした。
「…じゃあお前ら、今日はもう解散だ。帰って良いぞ」
その言葉に生徒達は一瞬固まったが、内容を理解したのか歓声が響いた。
そして帰っていく生徒達。
…気が付けば、教室には僕と先生しか残っていなかった。
「ほら、お前もさっさと帰れ」
「あの…何故ここに?先生は確か小学校の保険の先生だったはず…」
「その質問は二回目だぞ、ちゃんと聞いていたのか?」
「いや、もっと具体的な理由を聞きたかったからというかなんというか…」
「こっちにも色々と大人の事情ってのがあるのさ。…ほら、早く行け。彼がお前を待ってるぞ」
先生の指を指した先には、入学初日に出会った彼がいた。
「…っていうか、なんで「お前」って呼ぶんですか?前まで「君」って呼び方してたのに」
「ただの切り替えさ。学校ではそんなに関わらない方が良いだろう?」
まぁ、確かに…先生とは一応距離を置いといた方がなにかと都合が良いだろう。
「…分かりました。では先生、さようなら」
「おう、また明日な」
そう言って扉を開けると、待っていた彼が話しかけに来た。
「よっ、ちょっと校門まで一緒に帰らないか?」
「あぁ…別に構わないけど」
〜下校途中〜
「なぁ、もう知ってるかも知れないが、テストの結果…貼り出されてるらしいぞ」
「マジで?もう結果が出たのか?」
「あぁ、でも今なんか張り紙の前でトラブっててよ。確認出来ねぇんだよな」
「トラブってるっつってもどうせ思ったより成績が悪かったから駄々こねてるとかそういう類いのものだろ?」
「それはそうなんだけど、ちょっと違くてよ…どうやら自分じゃない他人の配点が気に食わなかったらしいんだよ」
「どんだけ友達思いなんだよ、そいつ…」
「確か名前は…「今井 春斗」だったな。そう先生が言ってたのを俺は聞いたぜ」
えっ…?
「いや〜、本当に友達に恵まれてるよな、ソイツ。友達の為にわざわざ抗議しに行くなんて、マジで惚れちまうぜ。なぁ、お前もそう思うだろ?」
「いや、すまん…、その「今井 春斗」ってのは、多分…僕の事だ」
「な、なんだと…!?」
「しかももしそうだったとしたら、抗議している内容は「何故配点がそんなに高くなかったのか」じゃなくて、「何故配点がゼロじゃないのか」って事で争ってるんだろうな」
「おいおい、そんな冗談よせって。例えお前がトラブルの元である「今井 春斗」本人だったとしても、抗議する内容がそんなひでぇ訳無いだろ?大体、この学校に来る奴は全員魔法が使えるはずだぜ?じゃなきゃこんな所こねぇだろ」
「…僕は小学生の頃から「魔法適正ゼロ」と言われてきたんだ。しかも、魔法が使えるようになってからもそう罵って来た奴等には魔法が使える事を教えてない。だから、得点が有る事自体に不満を抱いたんだ。何故「魔法適正ゼロ」の脳筋野郎に得点が付いてんだよってね」
「…なんか色々大変だったんだな、お前」
…その哀れむような顔をするのはやめてくれ、逆に傷付くだろ。
「おっと…、あれがそうか?」
階段を降りて左を向くと、掲示板の所に人集りが出来ている。
「あぁ、どうやら野次馬どもが集まって来てるようだな」
なんだ、集団で抗議している訳では無いのか。
一度に復讐対象の顔を覚えるチャンスだと思っていたのに、ちょっと残念だ。
「…少し近寄ってみるか」
丁度話が聞こえる距離まで詰め寄った。
「だからよぉ、アイツは魔法を扱えねぇんだって!絶対アイテム使ってやがるんだよアイツは!信じてくれよ!」
「ですから、試験管の目の前でアイテムの使用など出来ませんってさっきから言ってるじゃないですか」
どうやらまだ言い争ってるみたいだな。
…それにしても、このピザ声…どっかで聞いた事あるぞ。
確か…小学生の時に、集団暴行の計画を企てた主犯のデブ、だったような気がする。
「なぁ…そろそろ行かねぇか?なんだか気味悪りぃよ…」
「あぁ、そうだな…」
そりゃあ、本人の目の前で堂々とこんな話してるんだ。気分を害するのは一般人なら当然だ。
野次馬が居なくなるまで見ていたかったが、彼がいるから今日は帰るとするか。
…計画の方もなかなか良い結果になった事をこの目で確かめられたからな。
僕達は抗議中の野郎どもを尻目に靴を履き替え、お互い黙ったまま自転車置き場まで向かった。
「…なぁ、言い忘れてた事があったんだけどよ」
自転車の鍵を開け、乗ろうと思ったその時、隣に居た彼が突然口を開いた。
「どうした?」
「堺 亮介…俺の名前だ」
「…なんで今なんだ?」
「ほら、なんつうかさ、俺だけお前の名前知ってるってのもなんだしよ…」
「あぁ、そういう事か。…折角の所悪いんだけどさ、僕はあまり人の名前覚えるの得意じゃないんだ。だからもしかすると明日にはもう忘れてるかも知れない」
「…それでも構わねぇよ。…じゃあな」
そう言い残して、彼は自転車を立ち漕ぎしながら全速力で校門まで突き抜けて行ってしまった。
「さて、僕も帰るか…」
僕も自転車に乗っかって、彼の後を追うように学校を後にした。