アルバイト、そして出会い
「ふぁ〜あ…、ねむっ…」
大きなあくびを僕は包み隠さず堂々とした。
「こりゃハルト!」
ガツンと一発、叔父の拳が頭上目掛けて飛んできた。
「イタッ、なにすんだよ爺ちゃん!」
「 仕事中にアクビたぁどうゆうこったい!もっと真剣にやらんかいあほんだらぁ!」
「分かった、分かったから!…あ、ほら爺ちゃん、もうすぐ仕入れ先の企業さん来ちゃうよ?」
そう伝えると叔父は店内にある時計を見て、何やら怒った様子でこちらを見た。
「あぁ…ホントみたいやなぁ、ほなちょっと行ってくるわ…」
「あ、あぁ…行ってらっしゃい」
叔父は振り返るとおぼついた足取りを、杖を使いながら何とか歩き出した。
「…ハルト、やらなきゃいかん事はやらなゃいかんで。その経験の積み重ねが、お前さんにとって重要なもんになる」
そう言い残すと、叔父は店の入り口にある暖簾を潜り、視界から姿を消した。
「はぁ…また怒らせちゃったかな」
僕は今、長い長い春休みの真っ最中だ。
あの日以降学校に行っておらず、退屈な日々を過ごしていたのだが、急に叔父から「助けてくれ」との連絡が固定電話を通して受け取り、駆けつけた次第である。
「…まさか、ただ単に忙しくなったから手伝って欲しかっただけとは…」
この時期は沢山の子供達が駄菓子を求めてやってくる。
その為、足のおぼつかない程の歳を重ねてきた叔父にとっては、対応が困難だったのだ。
…仕方ないとはいえ、流石に言葉に悪意があると考えざるを得ないぞ、爺ちゃん。
因みに今は客がほとんど来ない。
大体混む時間帯はお昼の12時〜16時の間だ。
今は朝の8時…どんな子供でも、朝一番に駄菓子屋に突撃するとは限らないのだ。
そして、今このアクビが出そうなほどの雰囲気と客の出入りの無さがそれを立証している。
これではアクビが出ても仕方の無い事だ。
要するに、不可抗力。悪気は無い。
というわけで僕はもう一度大きなあくびをかました。
僕が大きなあくびをしていると、暖簾の先から見知らぬ少女…もとい「お客様」が現れ、店内に足を踏み入れた。
「うわ、可愛い…いや、美人と言った方が正しいか?」
赤くしなやかな髪に、ちょっと大人びてはいるものの、可愛いらしさを存分に残した顔立ち。
優しい目つきに、柔らかそうなほっぺ。
華奢な身体によく似合う、純白のフリフリのワンピース。
どこを取ってもモデル並の完璧さだ。
「…あの、すみません」
「うわぁ!?」
いつの間にか彼女は僕の目の前にお菓子を並べて立っていた。
「これ、ください」
「あ、ハイハイ。少々お待ちくださいね」
彼女がレジの前に並べたお菓子を、手動のレジで会計をする。
今時のレジはコードリーダーとか付いてるはずなのだが、ウチのレジは代々コードリーダー無し、細かな操作無しの手打ち、たったこれ一つで勘定をしていたらしい。
…こんなのただのレシートが出てくる電卓じゃないか。
そんな愚痴を心の中で吐き捨てるのはそのくらいにしておいて、商品の名前と値段の一覧表を交互に睨めっこする。
「えーと、水飴におかき、コーン棒にフラスコアイス…」
「あの、すみません!」
「あっ、はい?」
彼女の急な呼びかけに、咄嗟に反応してしまった。
くそっ、レジに打ち込み忘れたせいでまた一から料金を数え直さないといけなくなったじゃないか。
「えっと…、今、おいくつ…ですか?」
「えっ…まだ11歳だけど?」
突然の質問にも動じず、堂々とした態度で実年齢を晒す。
…周りからしたらまだピチピチなんだろうが、この子からしたらもうジジイなのかも知れない。
そんな些細な事で頭を抱えていると、彼女は嬉しそうな顔をした。
「そうなんですか!?私も同じ11歳なんですよ!今小学何年生ですか?」
彼女は何故かテンションが上がっている…。
心なしか僕のテンションも上がっている気がする…。
てか良かった、ジジィだと思われてなくて。
「あ〜えっと、今は小五かな?」
学校には行ってないのだが、ここは取り敢えず年齢に沿った学年にしておく。
多分現実でもそうだろう。
「ホントですか!?私もなんです!同じですね!」
「あの〜、なんで突然年齢の話を…?」
眼を輝かせてぴょんぴょん跳ねている彼女に妙な違和感を感じ、少し聞いてみる事にした。
「あ、その…え〜と」
「うん」
「あのですね…」
「うん」
「…」
「うん?」
急に黙って俯向かれるとこっちが困るのだが…僕「うん」しか言えないじゃん。
…不味い、なんかかなり気まずい雰囲気になった。
他にお客さんが居れば良いのに、今日に限って居ない。…まぁ、この時間帯だといつもの事なんだけどね。
そんな重たい空気の中、それを打破すべく、彼女はその重たい口を開いた。
「…私の話、聞いてくれますか?」
「あ、うん。良いよ」
大丈夫だと伝えると、彼女は顔を俯向かせたまま、話し始めた。
「私、産まれつき魔法の適正が凄くってね、幼稚園の年長組になった時には全部の属性魔法が使えるようになってたんだ。その事が原因で「神様」扱いされちゃうようになって…周りの人達がみんなチヤホヤしてくれるようになったんだ」
「それで?」
「それでね、最近はみんな、私のご機嫌を取るようになって、普通に遊んでくれる友達も居なくなっちゃってて。…なんていうか、孤独のお姫様みたいな気分でね、気分は悪くないけど楽しくもなかったんだ。だから、ここで毎日お爺さんと楽しく生活してる貴方が羨ましくて…」
「ふ〜ん、なるほど…つまりは僕達の輪に入りたかった…って事?」
そう言うと、彼女は首を縦に何度も振った。
「なんだ、だから会話をする為に無難な「年齢」を聞いた訳か」
「うん、それにお父様の本棚にあった本にも書いてあったんだ、「会話をスタートさせるにはまず年齢を聞くのが一番だ」って。…あっ、あと「若いね〜」とかさりげなく褒める事も成功する確率が上がるんだって!」
うん、それは恐らく夜専用の友達の作り方だ。
てか君の父さんなんて本持ってんだよ。
「そっか、んーとなぁ…そうだ!名前を教え合うっていうのはどうだ?」
「えっ…?」
「ほら、よく言うだろ?「友達になるにはまず名前から」ってね」
「と…友達?」
「そっ、友達」
「ホントに!?」
「あぁ、ホントさ」
「わ、私、「橘 明」!よ、よろしくお願いします!」
「僕は「今井 春斗」。これから宜しくな」
自己紹介を終えた彼女の顔は、眩しいほどに輝かしい笑みを放っていた。