「雷鳴の剣」の使い手
「…さて、始めようか」
彼女は最後まで引き出した剣の刃をしならせ、戦闘態勢に入った。
「…クソッ、先手必勝!」
グズグズしていると危険だと感じた僕は、真っ先に彼女目掛けて霧を噴射させた。
しかしながら、霧は彼女の身体にまで届く事が出来なかった。
「どうした?早く次の手を打たないと自分の命が危ないぞ?」
彼女はゆっくりと僕に近付き始めた。
…どうすれば良いんだ。
あまり考えている余裕は無い。
とにかく逃げ回りながら作戦を練るしか無さそうだ。
「…ハァ!」
僕が動こうとした方向に凄まじい雷の柱が彼女から放たれ、その雷の柱は地面を黒色に染めながら僕のすぐ横を通り過ぎていった。
「やべぇ…」
「残念だがお前に逃げ場など無い。…大人しく斬られろ!」
ゆっくりと近寄って来ていた彼女が、急に猛スピードでこっちに迫ってくる。
…今なら、当たる。
「喰らえ!」
僕はもう一度彼女目掛けて霧を噴射させた。
彼女は僕が動くのを警戒していた。
となれば、彼女は何処かしらに隙があるはずだ。
それが今、この瞬間だとしたら…絶対に当たる。
…僕の狙いが的中したのか、霧の中には、彼女がいた。
「当たった!」
と喜んだのも束の間、彼女は剣を両手で持ち、一度天高くまで持ち上げた。
「…何を、する気だ?」
僕が考えていた一瞬の内に彼女の剣は地面に突き刺さっていた。
…何故か、身体全体が静電気を表面から帯びたかのように痛む。
その瞬間、僕の目の前に、巨大な雷の刃が霧を突き抜けて姿を現した。
「ぐわぁぁぁぁ!?」
直撃は避けられたが、全身が痛みを訴えていた。
皮膚はさっきの雷のせいで黒く焦げたような色をしてしまい、片足は痺れて動けなくなっていた。
「…次で終いにしてやる」
彼女はまた雷鳴の剣を天高く突き上げた。
このままじゃ避けきれない。
せめて足だけでも動いてくれたら…。
「そうだ、僕には回復魔法があるじゃないか!」
僕は早速風を呼び起こし、足の回復に努めた。
…が、間に合わない。
ふと彼女の方を見ると、既に剣は地面に突き刺さっており、さっきの霧が消え去ったおかげで、今度は雷の刃がはっきりと見えた。
このままでは、やられる…
考えろ。
考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ…!
「さらばだ」
彼女の発した言葉の後には、小さな雑草でさえも無残に灰と化し、辺り一面黒く染め上がっていた。
彼女は僕が居ない事を確認し、その場を去ろうとする。
「…おいおい、まだ試合は終わってないだろ…?」
「なに?」
彼女は僕が突然現れた事に驚いているようだった。
「…お前、どこから出てきた」
「自分で考えてみたらどうですか?」
彼女にそう問い返すと、彼女は辺りを見回し始めた。
「…なるほど、穴を掘る事で足を使わずに雷を回避したのか。良い判断だ」
「一発目は霧のせいで見えなかったんですけど、あの雷、宙に浮いてたんですね。…発動時のモーションと言い、地面の焦げと言い、てっきり地面奥深くまで雷が行き届いてると思いましたよ」
「人間は見た目に騙されやすいからな。お前にはどこにも逃げ場は無いと思わせたかったのだが…どうやら失敗したようだな」
彼女は頭を掻きながらそう言った。
「でも、先生があの「岩を地面から突き出す」魔法を教えてくれなかったら、僕は今ここに立って無いです」
「…ほぅ?」
「おかげでほら、回復もバッチリです」
僕は彼女に治った足を見せびらかす。
「…ふっ、それは良かったな」
彼女は少し笑みを浮かべると、一瞬で僕との間合いを詰めた。
「…えっ」
「一回避けれたぐらいで調子に乗っていると、痛い目を見るぞ?」
そう言い放った直後…彼女の拳は、僕のお腹に食い込んでいた。
僕は風の音と共に吹き飛ばされた。
地面に叩きつけられた痛みと、腹部の痛みが合わさって、尋常じゃないほどの痛みが僕を襲った。
「う…うぇ」
思わず吐きそうになる。
それでも僕は回復魔法を使い、次の攻撃に備えようとした。
彼女はその様子を見て、すかさず剣を振り下ろし、雷の刃を放った。
僕はすかさずそれを避け、回復を続けながら霧を放つ。
…当然ながら避けられてしまった。
「チッ、何か策を考えないと…!」
僕の使える魔法は四種類。
只の目眩しの「黒い霧」。
手にこびり付くスライム状の「毒」。
地面から岩を飛び出させる「トラップ」。
そして、風を纏わせ、傷を癒す「回復魔法」。
これらを駆使して、彼女を倒す…。
「考え事はもう終わったか?」
気付けば彼女は僕の目の前にいた。
「…っ!いつの間に!?」
咄嗟に避けるが、剣の先が腕に当たり、そこから血が大量に流れた。
「ぐっ…畜生」
僕は一心不乱に逃げ回った。
腹部の痛みで満足に走れなかったが、なんとか彼女の絶え間無い攻撃を切り傷程度に済ませられた。
「なぁ、そろそろ逃げ回るのを辞めたらどうだ?その醜い姿の君は見るに耐えない」
「その醜い姿にしたのはお前だろうが…」
もう逃げるのは体力的にも限界だ。
そろそろ…決めないと。
「…もう逃げるのは辞めたのか?」
その場から動かない僕を見て、彼女が問いかけた。
「あぁ、ここらで逃げるのはおしまいにしようと思う」
「そうか…、ではこれで終いだ!」
彼女は剣を地面に叩きつけ、雷の刃を放った。
「…ただ、そのまま負ける気は無いけどな!」
僕は地面に向けて両手を合わせ、霧を噴射した。
両手で放った霧の勢いで身体が浮かび上がり、宙に舞った。
「なんだと!?」
彼女が驚いている顔を見れないのが残念だ。
「喰らえぇぇぇ!!」
僕は交互で霧を放つ事で動きをコントロールし、彼女の真下まで移動する。
…そして、かかと落としをするかのようなポーズを取り、勢い良く落下する。
「チッ、だが避けてしまえば無意味だ!」
そう言って彼女が後退りをした…その瞬間、地面に突如魔法陣が現れた。
「なっ…これはまさか、「重ね掛け」!?」
「先生!何故僕の身体全身を埋める事の出来る穴を作り出せたのか…今ここで見せてあげます!」
魔法陣が現れた場所から、地面が盛り上がった。
…そして、その地面は彼女を乗せたまま飛び出した。
「ぐっ…、圧で、身体が…」
飛び出した巨大な岩は僕の頭上を軽く超えた。
「…ふっ、馬鹿が。計算が狂ったようだな…この距離じゃ、私を狙う事など出来ないだろ…」
「おいおい、さっきの技、見てなかったのかよ!」
そう言うと僕は地面に着く直前に両手で霧を放ち、もう一度空高くまで舞い上がった。
「…!じ、地面が!?」
僕が空高く舞い上がったその時、彼女を乗せていた岩が崩れ始めた。
そして次第に足場を無くした彼女は、空中にその身を放り出された。
…真っ逆さまに落ちてくる彼女。
その彼女が僕と隣あった瞬間が、勝負の決め手だ。
「…これで終わりだ、先生!」
僕は彼女が丁度僕の手が当たる所まで落ちた時、僕は彼女に対し、平手打ちを一発かました。
…勿論、手の平にはベッタリとした毒を満遍なく塗り付けて。
彼女は平手打ちを受けると、手に持っていた剣を離し、そのまま地面に衝突した。
僕はそれを見届けると、ゆっくり地面まで降りようとした…が。
「あれ、魔法が、使えない…?」
魔力切れだ。
せっかくこの作戦の為に治療せずにここまでやってきたのに。
これでは霧が使えず、地面まで真っ逆さまだ。
「うわあぁぁぁぁ!!」
…グシャ。
とても気味の悪い音が響く。
心なしか地面が冷たく感じた。
…まぁ、彼女を無事倒せた事だし、良しとしますか。
「…おい、随分と派手に落っこちやがったな」
突然声を掛けられたので、眼を向けた。
「…」
「私はまだ生きているぞ?」
「…」
「…どうやら脳の半分くらいやられたっぽいな。ほら、これでも飲め」
そう言って彼女は僕に緑色の物体を飲ませた。
「その薬は魔力の回復を早める効果がある。魔力が回復したと思ったら、回復魔法を自分にかけろ」
…次第に僕の魔力が回復してきた。
それと同時に僕は回復魔法を自分に使った。
だんだん、全体が治っていく感じがした。
…全体が治ったのは、薬を飲まされてから約二時間後ぐらいだった。
「…喋れるか?」
「えぇ…なんとか」
「そうか…」
「あの、決闘の方は…?」
「残念だが、お前の負けだ…だが、考えは上出来だった」
「はは、ありがとうございます…」
「…全部、計算通りだったのか?」
「えぇ、まぁ…」
「そうか、つまり…勝負に勝って試合に負けたって奴だな」
「でも、負けは負けですから…煮るなり焼くなり好きにしてください」
「いや…遠慮しておくよ。…そもそも分かっていたんだ、君が殺したんじゃないって事ぐらいはね」
「えっ…じゃあ、なんで?」
「…まぁ、一つは君の実力を測る事だったのだが…」
「だが…?」
「…やり場の無い怒りをどうしたら良いのか分からなくてな、ついお前に八つ当たりしてしまった」
「そうなんですか…」
「今日はすまなかったな。付き合って貰った御礼に家まで送ってってやろう」
「あ、ありがとう…ございます」
倒れたまま動けなかった僕を彼女は抱き抱え、そのまま僕の家まで歩いて行った。
…彼女の額には、涙の跡がまだ微かに残っていた。