魔法を扱う事の代償
「あの〜、先生?いらっしゃいますか〜…?」
僕は学校から帰った後、すぐに家に帰って飯を食べ、学校近くの公園で暇と時間を潰した後、学校内の保健室に戻って来た。
軽くノックするが、彼女の返事が無い。
待つかどうか悩んでいると、扉が少し開いている事に気づいた。
どうやら鍵はかかってないらしい。
「開けますよ…?」
…やはり返事が返ってこないので、恐る恐る開けてみる事にした。
ガラガラガラ…
扉の先には、初めてここに来た時と同じ光景が広がっていた。
何もかもがそのままだった。
「…ここは変わらないな」
思い返してみれば、色んな事があった…
特待生三人組と名乗る奴等にケンカ売られるわ、
目覚めたら保健室にいるわ、
三号…と少し、ほんの少しの間だったけど友達になれたりとか、
後はあの白髪頭の予知使いと、久しぶりの集団暴行。
あ、母親も殺されたんだっけ。
「…色々あったけど、その分強くなれたんだよな、たぶん」
一年どころか半年も経ってないのに、このイベントの多さと言ったら…
と、自分を見つめ直していると、いきなり後ろから声をかけられた。
「ん、あぁ…保健室の扉が開いてると思えば、やっぱり君だったのか」
「ひぃ!」
突然僕は驚いた。
「ふっ、後ろから声をかけられたぐらいでビビってどうする…そんなんじゃ復讐なんて出来っこないぞ?」
笑いを隠しながら彼女はそう口にした。
「ちょっと、笑わないでくださいよ」
「ははは、悪かった!さぁ、行こうか。付いて来てくれ」
そう言うと彼女は一人でに歩き出した。
僕もその後を追う。
そして着いた場所は…
あの「伊万里ヶ丘公園」だ。
「あの…何故ここを練習場に選んだんですか?」
僕は思わず質問した。
「…質問は後だ、早速お前に魔法を教える」
そう答えると彼女は僕と間を置いた。
どうやら僕の質問は無下に扱われてしまったらしい。
「まず手始めに回復魔法からだ。強風をイメージしてみてくれ」
「回復…魔法?」
そういえば、回復魔法を何処かで見た気がする。
その記憶を頼りに僕は取り敢えずやってみた。
「…おぉ、出来た!出来ましたよ先生!」
僕にまとわりつく優しくも激しい、色の濃い風を見て、僕は大声で叫んだ。
「…次は毒だ。スライムをイメージしろ」
彼女はいつになく真剣な顔をしており、到底魔法を扱えるようになった事を喜ばしいとは思っていないようだった。
「毒…?」
「あぁ、やってみろ」
彼女の言った通り、「スライム」をイメージしてみた。
…特に変化は見られない。
「…流石に出ないか、ってうわぁ!?」
外見に何も変化が無かったので、手の平を見てみると、手の平いっぱいに紫色のネバネバした物体が付着していた。
「良し、じゃあ次は岩だ。地面に向かって手を伸ばし、「砂岩」をイメージしろ」
僕は手に付着した物体を振り落として、彼女の言う通りにやってみる。
「…何も起きませんけど」
すると彼女は、僕の近くまで歩み寄って来た。
その瞬間、彼女の目の前に石のような物が地面から勢いよく飛び出した。
「うわぁ!?」
驚き地面に伏せた僕を差し置いて、彼女は元の位置に戻った。
「…最後だ、ガスを出してみろ。イメージは…「可燃物燃焼の時に起こる黒色の煙」だ」
「あぁ、それなら」
手の平を上に上げて、霧を噴射した。
何度も使っていた所為か、イメージしなくてもすぐに出す事が出来た。
「…合格だ、ハルト君」
彼女の無表情な顔から贈られる拍手は、違和感しか感じなかった。
「あの、先生…合格したのなら、何故ここを選んだのか教えてくれませんか?」
あの時素直に「近かったから」とでも言っておけば理解出来たものを、わざわざ先延ばしにされてしまったせいで怪しんでしまったのだ。
その僕の質問に、彼女は口を開いた。
「…ここはハルト君、君がまだ幼稚園の年少組の時によく君のお母さんの美琴と私とで遊んだ場所だよ」
「…え?」
予想外の返答に、困惑せざるを得ない。
「…美琴はね、産まれた子供を大事にしたいって、ずっと隣に居たいってガキの頃から言っててさ。…それで、美琴は頑張ってたんだ、「封印」の魔法を扱えるようになるために…法に引っかかって子供まで殺されないように。でも、どんなに頑張っても封印の魔法は扱えなくて!そこに、そこに現れたのが…君の父さんだったんだよ…」
彼女は大粒の涙を、眼から垂れ流しながら話を続けた。
「君の父さんはネクロマンサーだった。…沢山の魔法を扱えたんだ、それに身体能力も良かった。その男は「封印」の魔法が使えてね…美琴は、そいつに封印の魔法の扱い方を教えてもらうようになったんだ。そんでね…教えてもらう内に惹かれていったんだってさ。
そのままあいつらはゴールインしたんだ。しばらくは愛し合ってたようだけど…関係は長く続かなかった。子供を産んだ時に口論になったんだ、そしてそのままあの男はどっかにいっちまったんだ。…母と子を残して!」
…僕の胸に突き刺さる言葉なのは間違いない。
だが、今はそんな言葉よりも、気になった事を聞き出すのが優先だと判断した。
「それで、泣いている理由は?そもそも過去話をする意味はあるんですか?」
自分が動揺しているのは、良く分かっていた。
まさか動揺したせいで煽るような、無神経な言葉を質問として投げかけてしまうとは。
…だが、後悔してももう遅い。
「…単刀直入に問う。お前の母親…美琴に何をした」
「何故、そんな事を…」
質問を質問で返されたが、その事をどうでも良いと思わせるほど、彼女の顔は静かに、冷静さを保ちながら怒りを露わにしていた。
さっきの無神経な言葉が彼女を更に怒らせたのは、もはや考えなくても分かる事だ。
…彼女の眼は血走っている。
さらに泣いた後で眼が真っ赤になっており、さらに恐ろしさを増していた。
「お前が…お前が魔法を扱えるわけ無かったんだよ!美琴とお前に掛けられた封印の魔法でなぁ!…だが、今のお前は魔法が使える。つまり美琴はもうこの世にいないって…、そういう事だろうが!…なぁ、ハルト。もう一度聞く、美琴に何をした」
「…母親は、殺されたんだ。法を破ったとかで…」
「信用出来るかぁ!」
「マジなんだって…!」
「じゃあなんで私の所に連絡が行かないんだよ?おかしいだろ!?葬式も無しに、私に何の連絡も無しにこの世から消え去ったってか…?そんな事あるわけねぇだろ…」
彼女は色んな感情が飛び交っている所為か、怒鳴ったり、落ち込んだり、悲しんだりしている。
よほど混乱しているのだろう。
…そんな彼女が急に提案してきた。
「…なぁハルト、決闘をしよう。お前が勝ったら認めてやる、美琴が裁かれた事を。だがもしお前が負けたら…分かっているな」
「決闘!?僕にそんな事…」
「さっき教えた四つの魔法があるだろ。それを使いこなして、私に勝ってみせろ…自分の無実を証明したくばな」
…本気の眼をした彼女からの挑戦状を断る訳にはいかない。
断ったとすればそれは「逃げた」という事なのだろう。
そんなんで魔法中等学校に足を踏み入れようだなんて、まさに自殺行為だ。
…ここで変わらなければ、前には進めない…!
「良いですよ、その決闘…受けて立ちます」
「…ほぅ」
その言葉を聞いた彼女は今より更に僕と間合いを取る為、ゆっくりと歩き出した。
「言っておくが、これは「決闘」、どちらかが死ぬまでやるからな」
彼女はそう言うと立ち止まり、僕と面を向いた。
「…え?」
僕が戸惑っていると、彼女は腰の辺りでお手を拝借し、「魔法」を使い始めた。
「先に言っておこう…私の魔法は「雷鳴の剣」を呼び出し、扱う事だ」
そう言うと彼女は左の手の平から強大な光と雷を放つ剣を、右手で掴み、ゆっくりと引き出した。
かなり遠くにいるのに、バチバチとした音が響きわたる。
「そんなの…有りかよ」
…どうやら僕は、積んだようだ。