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君を失う日  作者: 白昼夢
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候補になるということも

何も知らずに「候補」になったレーヴェ。

候補とは何なのか。オリバーさんが説明しますが、そこで一つの問題が起きて――。

 オリバーさんに連れていかれたのは一階にある小さな部屋だった。書斎なのだろうか、部屋には本がたくさん積まれた書棚が並んでいる。この部屋と言い、廊下と言い、先ほどの部屋と言い、どれも信じられないほどに豪華な造りだ。村長の家でも今どき金の装飾なんて見ることはできない。


「そちらの椅子にお掛けください、レーヴェ様。これから候補について簡単にお話しさせていただきます」


「あっ、その……できればその敬語を止めていただきたいんですが。僕の方が緊張するので」


「そうはいきません。貴方は候補となられたのですから」


 白い布を外し、素顔を露わにしたオリバーさんは神経質そうな顔立ちだった。きっとこれ以上何か言うと百倍くらいの説教で返ってくるパターンだ。そう悟って仕方なく赤い布地の椅子に腰かけると、座り心地が良すぎてすぐに立ち上がりたくなった。まったく、言っていることも設備も何一つ理解できない。


「それで、候補って……このペンダントを着けている人のことですか」


「ええ、その認識で構いません。あの御方が選んだ者の総称です。現在は他にも二人の候補がこの城にいらっしゃいます」


「なるほど。で、候補って言う人は何かしなければいけないことでもあるんですか?」


「そんなに緊張していただかなくても構いませんよ。制限は多いですが、何か難しいことをやっていただくわけでもありません。ただ、貴方は候補になられたのでこの城に縛られることにはなりましたが」


「この城に、縛られる……」


 そういえば、候補になるかと巫女様に問われた時もオリバーさんは同じようなことを言っていた。


『候補になると貴方はこの城に囚われる……このわたくしのように』


 それはこの城だけ時が止まっているように感じるのと何か関係があるんだろうか。まさか実際に時がずれているというわけではないだろうけど、この伝統を重んじる雰囲気、そして古城の造り――僕が住む村なんかとは相容れない。


「ええ。貴方は候補となることでこの城と関わりを持ってしまった。これからは不本意だとは思いますが、この城でのルールに従っていただく必要があります」


 書棚から一冊の本を抜き取り前の机に置くオリバーさん。その手はどこか緊張しているように見える。こういう説明をする機会は多くないんだろう。いや、僕の村がこの城のことを本当に何も知らないのだとしたら、この城は外界との関わりを断っているのかもしれない。僕のように外から来る人間の方が少ないのかも。かと言ってこの城の中で一つの集団を築くのには限界があると思うけれど。


 僕はオリバーさんが白い手袋でほこりを払いながらページをめくる先をぼんやりと眺めた。神木、神殿、儀式。まるでファンタジーの世界のような単語が並ぶ中で、「候補」という見出し。そこでオリバーさんは手を止めた。


「こちらでのルールについて書かれたものです。お読みください」


 オリバーさんはいちいち説明するのが面倒になったようで、僕に本ごと渡してくれた。正直他のページにも興味はあったけれど、とりあえず一番自分の身に関係ありそうな「候補」の部分だけ呼んでおくことにする。


『候補

  ① 候補は巫女によって選ばれる。儀式においては他ページを参考にせよ。

  ② 候補は城から五マイル以内の範囲で行動しなければならない。

  ③ 一年後、巫女は候補を再任するか否かを決定する。

  ④ 候補は巫女に世界についての知識を与えなければならない。

  ⑤ 候補は来るべき時のために巫女を支えなければならない。

  ⑥ 候補は来るべき時、巫女によって■■■■。

  以上の条件を満たすこと』


 まるで辞書のような書き方で、しかも読み手に説明する気があるのかないのか分からないような文章。簡潔に書いてはあるけれど、何も核心には触れていない印象を受ける。


 とりあえず「候補とは」と聞かれれば巫女様に知識を与える存在なのだということは理解出来た。小さな村に住んでいる僕みたいな存在が巫女様に知識を教えるなんて恐れ多いこと、出来るかどうかは別として。


「あの、一応目は通しましたけれど。最後の⑥のルールが読めないんですが」


「ええ、それはわたくしがこの城の管理を任された時からすでに黒く塗りつぶされているんです。何とか修復を試みようとしたのですが、巫女様は反対されまして。ただ、知らなくて良いと」


「巫女様は知っていたんですね、この内容を。その上で僕たちに知られることを拒んだ。……それなら仕方ないですね。僕もこれはなかったことにします」


「そうなさると良いでしょう。わたくしたちも知らないことですので、制限のしようがありませんし。何か他に質問はございますか」


「そうは言われても、まだあまり実感がないというか。分からないことも分からない状態なので」

 弱々しく呟く僕に、オリバーさんは初めて柔らかな表情を見せた。


「たしかにこの城の存在を知らない者からすれば、理解できないことがほとんどでしょう。先ほどの儀式だってそうです。貴方はまだ目の前で起きたことが信じられないでしょう?」


「ええ、まぁ」


 無意識に首元を触る。触れた感じは、普通のペンダントと変わらない。しかし外そうとしてもそれはびくともしなかった。完全に僕と一体になってしまったような感覚。まるで鎖に繋がれたようだ。


「でも、とりあえずは受け入れることにします。現実に起こっていることですから」


 オリバーさんは宜しい、といった様子で頷いた。そして僕から本を受け取って書棚に片付ける。


「あの本に書かれている内容に違反しなければ、何をしていただいても結構です。詳しいことは追々、巫女様がお話になるでしょう。わたくしから伝えるよりもあの御方の方が詳しく説明出来るでしょうから」


「そうなんですか?」


「巫女様は特別です。何もかも知っておられるのですよ」


 ずいぶんと妄信的なことだ。その信仰には気味悪ささえ感じたけれど今は黙っておく。僕のことを処罰しなかっただけ優しいと思っておいた方が良い。


「レーヴェ様にはこれから城の西棟部分で主に生活していただきます。他の候補者も一緒ですので、彼らにこの城のことを聞くのも良いでしょう。ただし、これだけは守ってください」


 オリバーさんは一旦ここで表情を引き締め、目を光らせた。



「巫女様には一切触れてはなりません。いかなる時も、です。あの御方は神聖な力をお持ちですのでわたくしたちが触れることは禁じられています」



「……はい」


 そんなに巫女様は神聖視されているのか。この城で一番の権力を持ち、まだ少女と呼ぶにふさわしい年齢にも関わらず誰かに甘えることもできない。触れることもできない。そんな、寂しい日々。


 なんて残酷な運命。だからきっと、あんなずれた価値観を持っているんだ。


「分かりました。何があっても、触れなければ良いんですね」


 もう一度反芻し、ちらりと部屋の時計を見る。もう午後四時だ。そろそろこの城を出なければ家に帰れなくなってしまう。



 いや、待てよ?


 たしかオリバーさんはこの城の西棟部分で生活すると言っていなかったか。


「あの、確認なんですけど」


 扉を開けたオリバーさんはまさに、僕を寝泊まりの部屋に案内するつもりだったようだ。きょとんと首を傾げた彼に、先ほど階段を下りていた時の怒りはすでになかった。


「僕、今日はこの城に泊まるんですか?」


「ええ、そうなりますね。少なくともこの一年は」


 ……そんなさも当然のように言われても困る。何よりも先にそういうことを言っておいてほしいのに。ルールが書いてある本を見せるとかよりも重要なことがあるだろう。


「え、でも僕……両親に黙って出て来てしまったんですが」


 意外そうな表情で僕のことをつま先から頭まで見回したオリバーさんは大丈夫ですよ、と全く根拠のない答えを導き出した。


 何故そんなにも意外そうな表情をされなければならないのか納得がいかない。僕がこの城に辿り着いたのはほんの偶然で、一時は拘束までされて、しかも考える時間もないまま候補になったんだ。両親に連絡出来る時間があったのなら教えてほしいくらいだ。


「いや、あの……両親も心配すると思いますし、今日だけでも家に帰らせてもらえないでしょうか」


「心配でしたらこちらで連絡しましょう。それより、先ほど読まれたルールをお忘れになったのですか」


 そう言われて、最悪な事態に陥っていることにようやく気が付いた。


 ② 候補は城から五マイル以内の範囲で行動しなければならない。


 僕の村からこの城までどれくらい歩いただろう。山菜を採ったり、少女を追いかけていつの間にか深い森に入ったりで何も考えずここまで来たけれど。


「まさかとは思うんですが、僕の村って五マイル以内にないんですか」


「そうなりますね」


「嘘、だろう……」


 軽く眩暈がした。平然と言ってのけるオリバーさんはすでに僕の素性を簡単に調査していたようだった。もちろん彼はこの城に来てから何年も経っているのだろうし今更そんな不自由はないかもしれない。ただ僕は今日迷い込んだ人間だ。もしこのまま村の人たちと連絡が取れなければ僕は失踪したことになってしまう。


「今日はよく歩いて来られたようですね。ゆっくりとお休みください。これから部屋を案内いたしますから――」


「そういうことじゃなくて!」


 ここの人たちは常識とかそういう概念はないのか。


 僕は独り立ちしているつもりではあるけれど、まだ十七歳。家に帰って無事を知らせなければ村の人に捜索される年齢だ。それなのに、何故オリバーさんはこんな。


 ……少し考えれば分かるはずだろう?


「大丈夫ですよ」


 冷ややかな声。


 それがオリバーさんが開けていた扉の先――その腕の下から覗く少女の声だとは最初、気が付かなかった。足音も、気配も一瞬前まで何もなかったはずのそこには、どこか浮世離れした微笑みを浮かべる、巫女様が立っていたのだった。

家に帰れないと危惧するレーヴェ。そしてその不安を分かろうとしないオリバーさん。

それでもレーヴェは、最後は城の方針に従うしかないのです。

それが候補となったレーヴェに課せられた運命なのですから。

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