出会いは突然だった
まずは主人公のレーヴェが少女と出会うところから話が始まります。
むかしむかし或る所に、何の変哲もない少年が住んでおりました。少年は病気がちな母親のために父親と共に熱心に働いておりました。
ある日、少年は食材を採るために普段通り山に入りました。しかし今年は不作なのでしょうか、なかなか山菜が見つかりません。少年は仕方なく山の奥深くまで踏み入れることにしました。それはもう、村の人々が立ち入らない所まで。
山菜を採り終えた少年が満足して村に帰ろうとすると、一人の少女が立っているのを発見しました。この場所は村から離れているため、少女が迷っているなら大変です。しかも少年は村でその少女を見たことがありませんでした。
「家の場所、分かるかい?」
少年がそう優しく問いかけると少女は何も言わず歩き始めました。放っておけないと少年は少女に続いて森を歩きます。その方向は少年の住む村とは全く違う方向でした。
辿り着いたのは灰色の古城。山の中に佇むそれはまるで大きな砦のように見えました。少女はその存在感に臆することなく古城の中に入っていきます。
「ちょ、ちょっと待ってよ。そんな勝手に――ねぇったら!」
少女を引き留めようと手を伸ばし、走り出したその時でした。
「止まれ!」
男の叫び声と同時に少年は頭に重い衝撃を感じて目を閉じるのでした。
……とかいう昔話があったら、これからどうするべきかが分かったのになぁ、と僕は途方に暮れていた。
寒く薄暗い部屋の中で、もう一度自分の状況を確認する。
森で少女に出会い、見たこともない古城に辿り着いたのは覚えている。それから彼女は付いて来る僕に何も言わず城に入ろうとして。さすがに勝手に入るのはまずいだろうと後を追いかけたのだけれど、そこから記憶がない。気が付けば僕はこの部屋で両手両足を鎖で縛られ、椅子に座らされていた。
どこからか落ちる水滴の音。湿った空気に所々カビの生えた石の壁。一体あれから何時間が過ぎたのか。窓がないこの部屋からは太陽の光も入らない。廊下から漏れる明かりだけが頼りだった。
どうして僕は捕らえられたんだろう。あの少女は僕を捕まえるためにこの城に誘い込んだんだろうか。それにしては、付いて来るよう言ったわけでもないし、人があまり立ち入らないあの森にいたのも辻褄が合わない。そもそもこんな山の奥に古城があったのすら、村では知られていないと思う。
「母さん、心配しているかな」
元々、今日はあまり遅くならないと言って出掛けてきた。山菜を採るために奥まで入り、こんな所で捕まってしまうとは全くの予想外だ。父さんが帰る前に何とかしないと、両親に迷惑を掛けてしまう。そう思ってはいるけれど、手足を縛る鎖は引っ張ってもびくともしない。
その時、遠くから数人の足音が響いて来た。
「全く、何であんな奴をお選びになったのか」
「こちらからも何人か出していたのだろう? 我々の顔に泥を塗らせるつもりか」
「……滅多なことを言うな。あの御方はまだ幼いが、立派な巫女様なのだぞ」
「……しかし。あんな得体の知れない少年を選ぶなんて!」
何やら機嫌が悪そうな三人の男の声。彼らに関わりたくはなかったけれど、案の定その足音はこの部屋の前で止まった。
鉄格子が錆びた音を上げながら開いていく。現れたのは銀の鎧に身を包んだ、古代の騎士を思わせる三人組だった。その顔には頭から白い布が被せられていて表情を窺い知ることは出来ない。こんな鎧を着た騎士なんて、この世界では百年以上前に絶滅したと思っていた。
「少年、起きているな」
「……はい」
僕は機嫌が悪そうな彼らの怒りに触れないよう、あえて今の状況について聞かないことにした。どうせ僕が知ることが出来る時になれば彼らが勝手に説明してくれるだろう。そうでなければ僕は何も知らされず処刑だ。きっと積極的に動いても良いことはない。
「今からお前の鎖を解く。我々に付いて来い。ただし、あまり周りを見るな」
見るなと言うくらいなら目隠しをされた方が後であらぬ疑いを掛けられずに済むのだけれど、そうもいかないようだ。
僕は二人の騎士(彼らが何者かは知らないが、僕の知っている騎士の見た目に似ているため便宜上こう呼ぶことにする)に鎖を解いてもらい椅子から立ち上がった。
幸い頭を殴られた際の傷は重くなかったらしく、手で触っても少し腫れているだけで血は流れていない。せっかく採った山菜とそれを狩るための刃物がなくなっている以外に服装に手が出されていないのも不幸中の幸いだった。これで囚人服のような物を着せられていたら目も当てられない。
じめじめとした石畳を、視線を上にしないよう注意しながら三人の騎士と共に歩き出す。先ほど部屋から見えていた廊下の明かりは本物の火を使ったものだったらしく、僕たちが傍を通ると不気味に揺れた。
今は貧しい僕の村でも電気のランプを使っているというのに、ここだけ時間の流れが止まっているかのように設備が古い。それが、この建物を最初見た時に「古城」だと感じた原因なんだろうか。
三人に連れられて外に出ると、幸いまだ夕日は沈んでいなかった。地下だと思っていたあの薄暗い部屋は東にそびえる細長い棟の中だったらしい。石造りの螺旋階段には同じ騎士の姿をした何人もの見張り役が立っている。そういえばあの少女はどうしたんだろう。僕と同じように捕らえられて塔の中にいるのか、それとも――。
そんなことより先ほどから出会う人物全員、顔に布を掛けているのが気になって仕方ない。表情が見えないとこんなにも不気味なのかと驚いてしまう。
ほんと、この古城は何なんだ――。
彼らにとって重要な何かをうっかり見てしまわないよう下を向いて歩いていると、古城の真ん中部分の建物に入った所で階段が上向きになった。明らかに床や壁も装飾の為された豪華なものに変わっていく。捕らえられていたあの囚人向けのような部屋とは大違いだ。
一般的に上の階には身分の高い人がいるというのが物語の設定だけれど、まさか僕はそんな人物にこれから会うんだろうか。
「連れて参りました」
「ふむ、ご苦労。なるほど……彼がそうですか」
「はっ、そのようであります」
「分かりました、もう下がっていなさい」
階段をいくつか上った先で新品のような黒靴と白いズボンの姿が見えて、僕はようやく視線を上げた。ここまで連れて来た騎士たちとは違い、青色の羽織物に白のブラウスを着用している、いかにも執事の恰好をした男性が目の前に立っている。
彼の髪色は村では見たことがないほど澄んだ水色で、金縁の眼鏡がよく似合っていた。背丈は僕よりも一回り大きいが、全体的に細いからか騎士に比べて圧迫感はない。ただ彼も騎士たちと同じように白い布で目から下を覆っていた。
彼は驚きの連続に戸惑う僕の顔を憐れむように見つめ、恭しく頭を下げた。
「先ほどからのご無礼、わたくしからお詫び申し上げます。わたくしはオリバーと申しまして、この城の管理をしております」
「あ……僕はレーヴェと言います」
名乗ってしまってから、本名を明かさない方が良かったかもしれないとも思ったけれど、もしも後々嘘がばれてしまったらその時の方が恐ろしい。オリバーと名乗る人物に僕も形式的に礼を返し、辺りを見回してみる。
レンガ造りの壁に赤いカーペット、金色に光るシャンデリア。まさにおとぎ話に出てくる城そのものだった。オリバーさんの恰好は派手だったけれど、この城の雰囲気にはよく似合っている。
そうやって辺りを見回してから、騎士の忠告を思い出して慌てて下を向く。けれどオリバーさんはそんな僕の様子には興味がなかったのか、何も指摘はされなかった。むしろ何かに追われているようにせわしなく事を進めようとする。
「早速ですが、この部屋の中で巫女様がお待ちです。あの御方から貴方を連れてくるよう命令が下りましたので」
「命令……?」
つまり、「巫女」という人物が僕に会いたいと言ったから一時的に解放されたと言うことか。この聡明そうなオリバーさんが仕えているのだからよっぽどの権力者なんだろう。
詳細な説明なんてもちろんなく、オリバーさんに促されながら大きな扉の前に立つ。それまでは気にも留めていなかった扉なのに、巫女様とかいう偉大な人がいると思うと恐怖さえ感じた。
「失礼します。かの者を連れて参りました」
オリバーさんの声に扉の奥から返事はない。けれどそれがいつも通りなのだとでも言うように返事を待たず、重そうな扉に体重を乗せ、開け放った。
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