君のその笑顔には
シャーペンの先端が心地よいリズムでノートの上を滑り、アルファベットの単語を綴っていく。曲線は流れるように、直線は軽快に。躓かずに問題を解けているときの頭の中の澄んだ感覚が、美奈は好きだった。
三学期の終業式が終わった放課後。
まばらにあった人影はもう殆んどいなくて、当然、美奈とよく喋る友人たちも、ほぼほぼが帰路についていた。廊下を通る生徒も居なくて、当然、美奈のいる教室には彼女以外の人影はいなかった。
文字を綴る無機的な音と、部屋を暖める空調のやけに重い音が静かに聞こえてくる。
次の問題でも解こうかとページを捲る。それと殆んど同時だった。集中していた美奈の意識に、扉を開ける音が響いたのは。
音がした方を反射的に見る。そこには眠たそうに、少しだけ不機嫌な顔をした少年が立っていた。美奈はその顔を知っていた。同じクラス、隣の席。委員会には所属してないけど、なにも言わずに手伝ってくれる優しい人。そして同級生の中で、自分の想い人の名前を知る、唯一の人間だから。
「あれ、秋月?」
なんでここに居るのか、そう問うような目線を向ける彼の名は、葉月楓と言う。
それはこっちの台詞。そう態度で示しながら、
「受験勉強。部活ももうやれないし、早めに始めとこうかなって。」
言うと、彼は対して感心なさげに返してきた。
「真面目だな。そっか、もう来年には受験生か。」
机に腰掛けながら、楓はしみじみと言った様子で呟いた。慈しむような、割れ物をさわるような感じで、自分の腰掛けている机を指でなぞる。
「全然、イメージできないな。今とは違うクラスになって、皆が受験モードになって…なんて。」
苦笑いを浮かべながらそう呟く彼に、思わず同意してしまう。このクラスの面々が受験のために勉強漬けになるなんて、全く想像できない。そう呟くと、彼は意外そうに目を見開いたあと、うわははは、と、豪快に笑った。
「ひっどい言われようだ!でも、そうだね。」
「きっと、変わらないよ。受験っていう山場があっても、きっと変わらない。バカみたいな話して、体育でバカやって、叱られても皆で笑ってる。そんな感じがするよ。」
くす、と笑みをこぼした彼は、どこか悲しげに笑っていた気がする。丁度その時だったか、彼のポケットのなかにあった携帯電話が、けたたましい音を立てて震えた。
「もしもし。うん、そろそろいくよ。玄関で待ってて。」
パタン、と携帯電話が閉じられる。
「それじゃ、元気でね。秋月。」
「うん、それじゃあね、葉月。また、休み明けに。」
笑いかけると、彼はゆっくりと微笑み返してくる。
「うん、また。」
そう口にした彼の目尻に、涙がたまっていたのは、私の気のせいなのだろうか。
その答えは、休み明けの彼の転校の知らせで知ることとなったが、私にはもうなにもできなかった。