最終章 探偵たち
絶命島から戻って、もう一ヶ月以上が経つ。私は自分の城である「朱川探偵事務所」の椅子に座っていた。都心に近い割には値段も手頃な、いい物件を見つけたと思う。「もうそろそろ解体し頃では?」というようなうらぶれた雑居ビルの一室だが、いかにも「探偵事務所」っぽくて私は気に入っている。開設の借金を早く返済するためにも、これから頑張って働かねば。
湖條忠俊は、大学に戻ってから忙しくしているらしい。その合間に暇を見つけては、死んだ田之江拓宏の遺族と会い、店の整理などの仕事を手伝っている。同時に影浦涯のマンションにも警察の立ち会いで入り、影浦が恐喝をしていた数々の証拠を発見したという。〈死神探偵〉の裏の顔は早晩世間に知れ渡ることになるだろう。
妹尾真奈は実家へは帰らず、志々村八重のところに住み込みで世話をしながら、近くに職を求めるらしい。十九年前の事件の犯人が孫の彩佳だったことと、それが原因で彩佳が二件もの殺人を犯してしまったことに、八重は大変なショックを受けているという。このまま放ってはおけないと妹尾は思ったのだろう。「自分が事件の解決など望まなければ」と八重は強く後悔しているとも聞いた。だが、これは宿命のようなものだったのだと思う。どんな理由があろうと、相手がどんな悪人であろうと、殺人を犯した人間は必ずその罪を償うときが来る。彩佳にその番が来たというだけなのだ。私は、そう解釈することにしている。ショックなのは妹尾も同じだ。十九年ぶりの幼なじみとの再会が、こんな形になろうとは、想像だにしていなかったに違いない。彼女は足繁く彩佳の面会に出向いているという。
昨日、乱場秀輔からメールが届いていた。何でも、絶命島から帰ってすぐに、学校教師が関わる不可能犯罪に巻き込まれてしまったらしい。「こんなにも学校関係者が事件に巻き込まれるなんて、うちの高校は異常ですよ。異常!」メールの文面にはそんなことが書いてあった。幸いなことに、事件自体はそう込み入ったものでもなかったため、数日でスピード解決出来たとも記してあった。乱場が推理をするときの、あの妖艶な表情と喋り方。あれはもう一度見てみたいなと思う。彼はこの夏、学校行事で臨海学校に行くという。そこでもおかしな事件に巻き込まれないことを祈るばかりだ。
「探偵のいるところ事件あり」とは昔から言われていることだ。が、「探偵が事件を引き寄せている」という世間一般に言われる説には、湖條が反論していた。絶命島で他の探偵たちと雑談を交わしていたときに言っていた。湖條によれば、「探偵のいる、いないに関わらず事件は起きる。探偵が事件を引き寄せるのではなく、その逆。事件の起きる磁場のようなものに探偵が引かれているのではないか」といった内容だった。大学教授の湖條らしくない、少しオカルトじみた話だが、確かにそれは事実だと思う。「どうせ事件が起きてしまうのであれば、そこに探偵がいることは僥倖」だということだ。これには私も頷けるところはある。事件の性質は違えど、晃平の周囲では、いつもどうしてだか、常にやっかいごとが巻き起こっていた。事件の処理が全て終わって東京に戻る日、彼は私に「もう一度一緒にやらないか」と誘いを掛けてきた。心がぐらつかなかったと言えば嘘になる。でも、私はひとりで歩む道を選んだ。東京に戻った翌日、さっそく彼から、猫のフィリップの画像が送られてきた。私の記憶の中よりも少し太っていた。欲しがれば欲しがるだけ、際限なくご飯を与えているのだろう。それでは駄目だ。フィリップのためにも、適度な食事と運動を……。フィリップの体調を確認するため、たまに晃平の事務所に遊びに行くくらいはいいかな。私は太り気味の猫の写真を、携帯電話の待ち受け画面に設定した。
事務所はまだ引っ越しの整理が片付いておらず、未開封の段ボール箱がそこかしこに積まれている。私はそれらを壁に寄せて、衝立を立てて隠した。応接スペースだけでも恥ずかしくないように整えるためだ。今日は、はるばる新潟から来客がある。安堂理真と、彼女のワトソンである江嶋由宇の二人だ。彼女たちは、私が絶命島でつけていた手記のコピーを読ませてもらった礼にと、わざわざ東京まで来てくれるという。事件のためとはいえ、プロの作家に自分の文章を読まれるというのは正直面映ゆかった。
私はまだ〈本物の安堂理真〉の顔を調べていない。事件の直後は忙しかったし、それからすぐに、こうして直接会うことが決まったため、初対面のインパクトを味わうのを楽しみに調べるのをやめたのだ。著者近影を見てしまう恐れがあるため、彼女の著作も読んでいない。ごめんね。明日にでも本屋に行くわ。
私の中の〈安堂理真〉は、長い髪をなびかせたスレンダーな、ちょっと食い意地の張った美人。つまり絶命島で志々村彩佳が演じた姿しかない。本物はどんななのだろうか。
呼び鈴が鳴った。時間ぴったり。
「どうぞ、開いてますよ」
私の声に呼応するように、ドアノブがゆっくりと回り出した。
お楽しみいただけたでしょうか。
2017年に入り新作の構想を練るに当たり、「今度は今までやらなかったことに挑戦しよう」と思い、本作のプロットが出来上がりました。「クローズド・サークル」「多重推理」「叙述トリック」という、昨今のミステリ界で人気ですが、私がまだ用いていなかったガジェットを全て取り込んでみました。
本作の最後のトリックは、読者が同じレベルで手掛かりを得ていない状態で探偵が犯人を指摘して推理を始めてしまいますので、フェアな謎解きに出来なかったことをお詫びいたします。フェアよりもサプライズを優先した結果です(このため本作からは、いつも入れていた「本格ミステリ」タグを外してあります)。
次作からはまた、オーソドックスなタイプのミステリに戻りたいと思っております。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。




