第1話 異世界からのFXトレード
「マーケットオープン」
俺は今日も宿屋の一室で、いつものように魔法を唱えた。
この魔法は俺固有の魔法、ユニーク魔法。
異世界の為替市場にアクセスし、そこで為替取引をすることができる魔法だ。
椅子に座っている俺の目前に表示されるプライスボード。
“円” “ドル” “ユーロ”など様々な通貨の組み合わせと今現在の値が表示されている。
チカチカとせわしなく変動する値は、いつ見てもワクワクする。
プライスボードの上を“カーソル”と呼ばれる矢印を意識下で動かし、詳細を確認していく。
このプライスボードは俺にしか見えないものだ。
このユニーク魔法自体も俺以外で使える人は、一人だけだ。
俺と“もう一人”の二人。まあ、知らないだけでもっといるのかもしれないけど。
かなりレアなユニーク魔法には違いない。
半年前、十六歳で成人した時から本格的に為替トレードをやっている。
FXトレードの利益で日々の生活費を稼いでいるのだ。
「今日のトレードも頑張りますか!」
気を引き締めるために、独り言をつぶやいた。トレードを始めて半年、だいぶ安定して利益を出せるようになってきたけど、“その日の最初のトレード”っていうのはいつになってもドキドキするものだ。
「ご主人様、紅茶をお持ちしました」
「ありがとう」
フランが机に紅茶をそっと置いてくれた。
フランは一ヵ月程前にわけあって買った奴隷の少女だ。猫耳と猫尻尾があることを除けば見た目はほとんど人族と一緒で、栗毛色の髪がキレイな美少女さんだ。
歳は本人も正確には分からないらしく、おそらく俺と同じくらいの歳だと思う。
以前、ご主人様と呼ばれるのはなんだか照れるから、「アルク」と呼び捨てにして欲しいといったのだが、めっそうもないと断られてしまった。
たまにピコピコ動く猫耳はいつか触らせてほしいと思っているんだけど、嫌がられるのが怖くていまだにお願いできていない。
自分で言うのもなんだけど、俺は臆病な方だと思う。
戦場で生き残るのは「強者」と「臆病者」だという格言がある。
――取引市場は本物の戦場の次に過酷な場所だ――
という言葉が示すように、市場は戦場との類似点が非常に多いというのが持論だ。
よって俺が臆病者なのは、そんなに悪いことではないのだ、と言い訳している。
温かい紅茶を飲みつつ、邪念?を振り払っていると、“ドル円”が急に下落し始めた。
ドル円の動きに集中する。
引きつける。
――さらに下落する。
まだ引きつける。
――下落が加速する。
ここで一呼吸分だけ引きつけて、“買う”をクリック。リズムの裏打ちをする感じだろうか。
「105.15ロング」
一瞬で注文が成立する。
注文が成立した瞬間、ピコピコと値が上昇していく。ほぼベストのタイミングで注文を出せたことに、少し嬉しくなる。コンマ数秒が勝敗を分ける世界。
五秒後、目標としていた数値まで上昇したので、クリックして決済する。
「105.19コール」
今日の初取引がプラスだったことに、少しほっとする。
今の取引の利益は、宿屋一日分の代金と食事代を払うに十分な金額だった。
「ふぅー」
息を吐きながらフランの方を振り返ると、目が合い笑顔を向けてくれた。
「おめでとうございます。ご主人様」
フランにはプライスボードは見えないはずなのだが、注文の時に俺がつい声を出しちゃうのを聞いて、利益が出たのが分かったようだ。
フランはここ一ヵ月で、俺がトレードしているこの状況にもだいぶ慣れたようだ。
トレード中はフランを退屈させて申し訳ないから、お出かけしてきても良いよとは伝えてある。
もちろんお小遣いも渡すよと。
けど、本人は俺のトレードを眺めているのが好きだと言って、いつも傍に控えている。
傍から見たら、何もない空間にブツブツつぶやいている危ない人なのに、何が面白いのだろうか。
その後、数トレードしたところで、午前中のトレードを終わりにした。
15回トレードして12勝。一日分としては満足な利益が出た。
さて、利益の一部を“出金”しようと思う。
この世界の通貨単位は“レン”と呼ばれ、円やドルでは使うことができない。
通貨は金貨、銀貨、銅貨などが使われている。
俺のユニーク魔法の便利なところは、トレードで儲けた利益を、自動的にレンに換算して出金できることだ。
まあ、レンは円と同じ価値なので、計算自体もそんなに難しくはない。
例えば500円は500レン、5万円は5万レンといった感じだ。
プライスボードから別画面を表示して、午前中の利益の出金指示を出す。
2万円=2万レンの出金だ。
ピカッと目の前が光り、机の上に銀貨が2枚現れた。
仕組みは全く分からないけど、便利だしこういうものだと思うことにしている。
ちなみに入金も可能だ。目の前から金貨が消えたのを見て、フランが慌てていたっけ。
あたふたフラン、可愛かったな。
思い出して顔をゆるめていると、フランが物申してきた。
「ご主人様ー、なんだか失礼なことを考えていますねー」
フランはなかなか鋭いのだ。
「よしフラン、ご飯を食べに出かけよう。何か食べたいものある?」
「もう……、私のこと、食べ物で釣れる女だと思っていますね」
フランがほっぺを少し膨らませているけど、猫尻尾がパタパタ嬉しそうに動いていてあまり説得力が無い。
俺はついまた顔がゆるんでしまうのを止められないのだった。
金貨1枚:10万円=10万レン
銀貨1枚:1万円=1万レン
銅貨1枚:千円=千レン