幕間~ルチア&小鳥~
ルチアは丘の上をジッと見つめた。
そこには右手から光の剣を出して何度も振り回している瑚太朗の姿がある。
訓練をしているのだろう。
今は小康状態だけど、いつ魔物の群れが来ても対処できるように。
「まるで瑚太朗君じゃ、ないみたいだよね」
後ろから呟くように声をかけられ、ハッと振り向くと、同じように丘を見つめる小鳥の姿があった。
「ちょっとカッコ良すぎると思わない?」
「そ、そうだな……。こ…天王寺があんな真面目な顔をしているのを見るのも初めてかもしれな」
い、と言う手前で小鳥の指先がルチアの唇に押しあてられた。
「瑚太朗、でいいよ」
「……っ」
「そう呼んでたんでしょ?」
悪戯っぽく言う小鳥の顔はどこか寂しそうでもあった。
ルチアは申し訳なさそうに俯いたが、隠す必要もないことだと顔を上げる。
「……どこまで覚えてる?」
なんのことかを考えるまでもなく、小鳥はクスッと微笑む。
「全部だよ。人生の終わりまで、全部」
「……すまないが、私はそこまで覚えていない」
「きっと覚えている必要がないほど、幸せだったんだね」
「そう、なのかな……。毎日がとても充実してたような気はするけど」
「いいんちょ、あ、そう呼んでもいいのかな」
「無論だ。私のこの姿が、彼の一番の記憶なのだし」
小鳥もルチアも、風祭の制服姿だった。そして他の三人も、吉野も。
これは瑚太朗が思い描く一番の記憶で、一番楽しかった思い出なのだろう。
「でも、それならなぜ……」
「うん。私たちみんな、覚えてる。瑚太朗君と過ごした日々」
お互いにきかずともそれは直感した。
自分も彼女たちも、瑚太朗によって助けられ、支えられて、過ごした日々を覚えていること。
自分以外の皆がどう過ごしたのかはわからない。
だけどそれぞれに違う人生があった。
それを覚えているのが不思議だった。
「……ちょっと妬ける」
小鳥がぽつりと呟いた本音に、ルチアは慌てて謝った。
「も、申し訳ない……!」
「え?」
「もう私だけの瑚太朗じゃないのに」
「あ、違う違う。そういう意味じゃなくて」
小鳥は丘の上にいる瑚太朗に向けて、えいっ、とデコピンのような仕草をして言った。
「瑚太朗君ばっかりずるいなって。私だけじゃなくて、みんなとも仲良くなっちゃってさ。とんだ女タラシだよ」
「そ、それは……」
「ずるいよ瑚太朗君ばっかり。こんなにたくさん幸せもらって」
ルチアはきょとんと小鳥を見た。
てっきり自分と瑚太朗との仲を嫉妬してるのかと思っていた。
そういうことではないらしい。
「そして新しい幸せを見つけちゃってるし」
小鳥はずるい、と言うが、瑚太朗を見つめる目は、とても穏やかで満ち足りていた。
ルチアは、かなわないな、と思う。
自分のことしか考えなかった。
こうして瑚太朗に新しい命をもらったけれど。
考えるのは彼のことばかり。
瑚太朗に愛されていたあの頃のことばかり思い出していた。
手を繋ぎたいな、とか、またルチア……って、熱っぽく呼ばれたいな、とか。
そんなことばかり考えていた。
「神戸さんは……」
「小鳥でいいよ」
「小鳥は、瑚太朗をどう思う?」
「愛してる」
「……っ」
「きっとみんなと同じ。私もみんなも、瑚太朗君のこと愛してる」
「…………」
「でもそれだけじゃないみたい。あの人は、もういない」
「いない?」
「いいんちょも、感じてるはずだよ。あの人は瑚太朗君だけど、私たちが知ってる瑚太朗君じゃない」
「……うん」
「違う人だけど、だから私たちがいるんだし。あの人が私たちを生み出してくれた」
「そう、だな……」
「お父さん、かな? うーん、ちょっと違う。恋愛とも家族愛とも違う。あえていうなら……」
「根源的な愛?」
「そう、それ! それに近いかも」
ルチアはクスッと笑った。
確かにそんな気持ちだった。
なぜなら、小鳥にも他のみんなにも、嫉妬のようなものを感じない。
不思議だった。
昔からの自分は嫉妬深くて、独占欲が強くて、誰よりも愛されたがっている。
それなのに。
瑚太朗のことは確かに今でも変わらず好きだけど。
だからといって独占したいとか私だけを見て欲しいとか、そんな風には思えなかった。
「何か、こんなの自分じゃない気がするけど、これって瑚太朗のせいかな」
「いいんちょ?」
「でも前みたいに瑚太朗と……その……デートとかもしたい」
「おおおぅ」
「な、何だ、その反応はっ」
「まさかいいんちょがそんな積極的だったとは」
「わ、私だって、瑚太朗に変えられたんだ!」
「ほっほう」
「こ、小鳥だって、そう思ってるはずだ!」
「私? ……あはは。私が思ってること言ったら、いいんちょ、おったまげるかも」
「え?」
「瑚太朗君には貸しがあるの。おっきな貸しが」
「な、なんだそれは?」
「ここ掘れわんわん」
「……??」
「ごめん、わかんないよね。でもこれ瑚太朗君に言ったら、返す言葉もないよ、きっと」
よくわからないが、小鳥と瑚太朗にしか通じない貸し借りがあるらしい。
ルチアはあえて何もきこうとしなかった。
そういうのも彼女の特権だと思うから。
「あ、あれ、静ちゃんじゃない?」
小鳥が指差す先に、丘の上にいる瑚太朗に話しかけている静流の姿があった。
瑚太朗は静流の頭を軽く撫でて、何か感謝しているようだった。
「静流……」
「やるねぇ、静ちゃん。積極的」
「そういうのじゃ、ないだろう」
「ま、そうだよね」
「静流はあれで、誰よりも瑚太朗のこと気にかけていた」
「うん、知ってる」
「でも静流は優しいから。自分より相手を思ってしまう。そういう子だ」
「瑚太朗君って、そういう人に弱いよね」
「うん。……静流は何も言わないが、おそらく」
「いーんちょ。それ以上は言っちゃダメ」
小鳥の制止に、ルチアは口を噤んだ。
それはお互いの不文律のようなもの。
ルチアもそれはわかっていた。
「瑚太朗君、大丈夫かな」
静流が立ち去っても、瑚太朗は必死に剣を振り回していた。
その必死な様子に、たまらなく胸が疼く。
何か助けになりたくて。
「私たち……瑚太朗の役に立ってるかな」
「立ってるよ、十分」
「そうかな」
「ほらほら、瑚太朗君にデート、申し込んできなよ。少し気分転換したほうがいいぞって言ってやって。遠慮したら、瑚太朗君の好きなことしてあげるとか言えば、きっとエッチなこと言ってくるから」
「そ、そんなこと、言えるかっ!」
「いいんちょが言うから効果あるんだって。ほーらほら」
小鳥は強引にルチアの背中を押して、丘に向かわせた。
頑張れ、と心の中で呟く。
「返す言葉もないのはあたしなのに」
小鳥は諦めたような顔で微笑んだ。
昔の記憶。
矛盾する彼の年齢。
それらの記憶は、小鳥と結婚したあとも、少しずつ瑚太朗は思い出していったけど。
「……きっともう、全部思い出しちゃったよね」
昔の記憶がよみがえる。
『なあ、小鳥』
『んー?』
『ここ掘れわんわん、って言ってみて』
『な、なんで?!!』
『それ、キーワードだろ。俺の記憶の封印の』
『……なんで?』
『小鳥が木の根元に失敗した魔物の残骸を埋めてるの、知ってるよ』
『…………』
『俺の怪我治したあの時も、埋めに来て、偶然遭遇したんだよな』
『思い出した……の?』
『いろいろ繋がるからさ、そう考えると。小鳥が絶対言いそうもない言葉を、封印のキーワードにしたんじゃないかって。ちびもす作るときもペロの記憶を消しただろ。なら俺にも同じこと出来るんじゃないかって』
『……考えすぎだよ』
『ひっでーな。これでもない頭絞って考えたんだぞ』
『仮にそうだとして、どうしてそれがキーワードになるの?』
『小鳥、はなさか爺さんの話で泣いたから。昔読んでやっただろ、公園で』
『…………』
『ま、そんな気がするって感じかな。完全に思い出したわけじゃないよ。だから思い出したいんだ』
『やだ』
『小鳥ー』
『絶対いや!』
『じゃ、どうすれば?』
『瑚太朗君が死んだら』
『それって意味ねーだろ!』
結局最後まで言えなかった。
怖かったから。
思い出せば昔の瑚太朗に戻ってしまいそうで。
意地悪で、冷たくて、でもたまに優しかった、あの人に。
「あたし、……バカだ」
どっちも同じ瑚太朗なのに。
それがわかっていれば、彼の時間を奪うこともなかったはずなのに。
「いいんちょ。頑張れ」
私は返せなかったから。
小鳥はそう呟くと、くるりと踵を返した。
小鳥がはなさか爺さんの童話で泣いた経緯はこちら。
「……いじわる爺さんがポチを殺しちゃったの? なんで?」
「なんでって、だから蛇とか化け物が出てきたから」
「だからってなんで殺すの? ひどい!」
「おいおい、これは童話だって。そんなマジになるなよ」
「瑚太朗くんがそんな童話持ってきたのが悪いんじゃない!」
「……おい。いいかげんにしろよ。お前の親に面倒みろって言われなきゃこんなもん読むかよ」
「なっ……」
「だいたいこんな公園に一人でいるから親が心配すんだろ! 世話かけるのも大概にしろ!」
「ひ、ひど……い」
「だあーっ、もう泣くなよ。めんどくせえよ、お前。だからガキなんて嫌いなんだ」
「ひっく、ひっく、うえ」
「わかった、違う童話持ってきてやるから、ほら、泣くな。ハンカチ」
「……瑚太朗なんて嫌い」
「ついに呼び捨てですか」
「いい、その童話でいいから、続き読んで」
瑚太朗は小鳥が泣いたということしか覚えてません。
これじゃ、思い出して欲しくないですよね。




