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扉    作者: 楠 秋生
夜明
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夜明 3

 すべてはこれから始まる。───この美しい夜明けとともに新しい世界が開けてくるのだと思うと、希望が胸の内から湧き上がってくる。


 陽は今にも昇ってきそうだ。空はかなり白んできている。


「もうすぐだね」


 と立ち上がって伸びをする真由美を見上げると、朝焼けの空を背にして立つその姿は、とても綺麗だ。弱くて強い真由美。いつも誰かのためを思って強くなろうとしている真由美。


 僕も真由美のように強くなりたい。本当はとても弱い真由美を守ってあげられるように。


 そのためにはまず、真由美に心配をかけずにいられる自分にならなければ。あかりが言ったように、真由美のために・・・っていう想いがあれば、本当に強くなれるような気がする。


「真由美。・・・お母さんは、本当に僕を待ってくれているの?」


 思いきって聞いてみると、真由美の破顔が降ってきた。


「もちろんよ」

「・・・・・」

「幸也は佳代おばさんを許せない?」


 訊かれて慌てて首を振る。


 許せないなんて!あのとき真由美の家のリビングで微笑んでいた、あれが本来のお母さんなのだとしたら、僕のほうこそ彼女の笑顔を奪っていた張本人なのに。


「それなら大丈夫だよ。今まで、二人とも気持ちがすれ違っていただけなんだから。───言いたいことがあったら、なんでも言ってしまったいいんだよ。家族なんだから」

「家族なんて・・・」


 今まで思ったこともなかったけど。


 途中から言葉に出さなかったのに、真由美にはやっぱりわかってしまったようで腕を組んで少し笑った。


「今までのことも、文句があるならいつまでも胸の奥にしまってないで、今日、全部吐き出してしまうといいよ。お互いに壁を突き破らなきゃね。二人ともが、思っていることをちゃんと口に出さないと、わかりあえないよ」

「言いたいこと」

「そう。一緒に行ってあげるから、本音でぶつかりなよ」

「・・・傷つけちゃうよ」

「大丈夫だよ」


 自信ありげに微笑む。真由美が言うと信じられるから不思議だ。


「太一にだって同じだよ。太一は勇気を出して幸也に向かってきているんだから、ちゃんと応えていってあげなくちゃね。太一がどれだけ悩んで勇気を出したか想像がつくでしょう?今日、それと同じ勇気をお母さんにぶつけたらいいんだよ」


 真由美はそれまで組んでいた腕をほどいて、幸也に両手を差し出した。


「幸也。これだけはしっかり覚えておいてね」


 膝を抱えて座っていた幸也は真由美の手を取って立ち上がった。


「どんなときも、理解してくれないと嘆くのじゃなく、理解してもらおうと努力すること。逆に言えば、理解できないからと、避けているのではなく、理解しようと努めること」


 真っ直ぐに見返して頷いてみせると、真由美がにっと嗤う。


 ───あ、さっきの。


「覚悟してね。もう、遠慮しないから。ぐんぐん、ひっぱっていくよ。・・・あたしも、変わるから!」


 ウインクして指で鉄砲を作り打つ真似をする。


 面食らった幸也を見て笑い、


「ほら!陽が、もう昇り始めたよ」


 真由美の言葉通り、光輝くオレンジ色の太陽が山の端から姿を現した。 初め、小さな点だったその光は、みるみるうちにぐんぐん大きくなっていく。幸也は無意識にポケットに手を入れ、懐中時計を握りしめた。


 どくん どくん


 太陽が・・・脈打っている。


 どくん どくん


 なんだろう。身体が熱い。身体中の血がたぎっている。今なら、なんでもできそうな気がする。


 今までの自分にさよならすることさえも、簡単にできてしまえそうだ。夜の衣を脱ぎ捨てて、この力強い太陽の光の世界へ飛び出していくことも。


 いつの間にか後ろに回りこんでいた真由美が、幸也の両肩に手を置く。


 どくん どくん


 自分の心臓が、太陽と一緒に脈打っているのがわかる。

 

   いつだって 一人じゃないから大丈夫


 真由美に貸してもらった本の詩を思い出す。

 

   前へ前へと進んで行こう

   たくさんの壁を通り抜けて


 真由美の手に力が入る。陽が、今まさに昇りきろうとしている。

 

   その度に世界が変わるよ


 掌に握りしめていた懐中時計を、さらにぎゅっと力を込めて握りなおした。



「戻ろうか」


 太陽が山の端から離れてしまい、しばらくすると真由美はぽつりと言い、幸也の肩に置いていた両手でそのまま肩をぽんっと勢いよく叩いた。


  ほら 新しい世界が開けてる


 もと来た道とは別のゆるやかな道から下りはじめた真由美は、幸也を振り返って右手を差し出した。


 この手について行こう。どこまでも。僕を新しい世界へ導いてくれるこの優しい手に。


  さあ 扉を開けて


 止まっていた幸也の時間は動きだした。冷たく凍っていた心臓がまた、熱い鼓動で時を刻み始めたのだ。

 幸也が真由美の手をとると、真由美は最高の笑顔で微笑んだ。繋がれた手が、朝日を浴びて輝いている。



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