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扉    作者: 楠 秋生
友達
31/55

友達 2

 玄関口で帰り際に太一が頭を掻きながら振り返って言った。


「あの、さ。俺もマミさんみたいに『幸也』って呼んでいいか?」


 幸也がきょとんとしていると。


「俺のことも、呼び捨てでいいからさ」


 視線をそらして斜め上を見ながら言う。


「呼びたいんだよね?太一は。で、呼んでももらいたいのね?」


 真由美がくすくす笑う。


 ───呼び捨て?って僕が?


 固まってしまった幸也を見て太一は慌てて口の中で呟く。


「あ、いや、・・・嫌なら・・・」

「いいよね?幸也。・・・でも太一、呼んでもらうのはしばらくかかるかも。待ってあげてね?」


 二人の間に入って真由美が話をまとめてしまう。幸也は黙って頷き、それを見た太一はあからさまにほっとした顔をして、


「じゃあ、幸也、月曜日にな」

 と言い残して元気に帰っていった。


「きっと外でガッツポーズしてるよ」


 真由美がきらきらした眩しい笑顔で言うのに返事もせず、幸也は自分の部屋へかけあがった。


 心臓がどきどきして今にも口から飛び出しそうだ。あの太一が自分と友達になりたいだなんて。


 つい今しがた握手をしたばかりなのに、まだなんとなく信じられないような気がした。夢でも見ていたんじゃないかとも思うが、掌には太一のがっしりとした大きな手が少し震えながら握ってきた感触が残っている。それに呼び捨てしてほしいだなんて・・・!


 足元に敷いたラグの上に足を投げ出すと、大きく溜息をついた。

 幸也には太一のそのときの様子も彼の告白の内容も、すべて俄かには信じられないようなことばかりだった。けれどももしそれが本当なら、今まで誰も真実ほんとうの太一を知らなかったということになる。


 最初から仲間に入れなかった幸也と、見せかけだけみんなの中心にいた太一。心の中の淋しさは、どちらも同じだったのだろうか。幸也は、前の学校ではいじめられ続け、この学校では強がりという仮面を被ることでいじめからまぬがれていたという太一の心の中を想像した。おそらく彼は、どんなにみんなの真ん中にいても独りぼっちを感じていたに違いない。


 幸也はふとライオンの皮を被ったロバの話を思い出した。

 あのロバは、みんなにちやほやされるのに気をよくして声を出してしまったためにロバであることがばれてしまったが、太一というロバは、一度ライオンの皮を被ってしまったがために、真実ほんとうの自分も真実ほんとうの気持ちも誰にもわかってもらうことができず、強者におもねるばかりで他人の心の中などどうでもいいといった表面だけの友人の中心で怯えていなければならなかった。

 幸也はそんな太一の気持ちがなんとなくわかるような気がした。そして、そんな状況にいて今の立場を全部なくすかもしれないのに、幸也に本心を告白した太一を、本当にすごいと思った。

 そんな太一に応えることができる勇気が、僕にもてるだろうか。自分一人のことすら何もできていないのに・・・?


 ふとあかりの言葉を思い出す。彼女は、『人のためなら強くなれる』と言った。それなら、幸也も真由美や太一のために強くなれるのだろうか。


 左手で握りしめていた懐中時計に目をやる。老人のくれたそれは正確に針を動かしている。じっと見つめているとまるで掌から勇気が生まれてくるような感じがする。『想うところから始まる』と老人は言った。幸也は言葉どおりに、彼らのために強くなりたいと心から想った。


 次第に眠けを感じて幸也はベッドにあがった。激しい感情の起伏でなんだかとても疲れてしまった。


 昨日からの二日間で、いろんなことがありすぎて、頭の中がまだ混乱している。

 ベッドの上にごろんと転がって目を閉じると、くるくると頭が回っているような感覚におちいった。その頭の中を昨日からの出来事が次から次へと駆け抜けていく。



 昨日、真由美が風邪をひいたといってあかりという人がやってきて、真由美のために強くなってほしいと言われ、それから自分なりに考えて、何を話していいかわからないままとにかくお見舞いに行こうと思って出かけたこと。

 真由美の家まで行くとなぜかお母さんが来ていて、幸也には見せたことのないような顔で微笑んでいるのを見てつい逃げ出してしまったこと。

 川の土手でおばあちゃんのことを思い出して泣いていたら、自分と同じように打ち捨てられた仔猫たちを見つけて、家に連れて帰ったけれどもやっぱり中に入れず淋しくなったこと。

 立ちつくしていたら真由美が来てくれて、とってもあったかい気持ちになれた。一緒に真由美の家に行くと、八重子おばさんも暖かく迎え入れてくれて、嬉しくて涙が出てしまって。部屋に戻ると真由美が詩集と写真集を貸してくれて、それを見てなんだか勇気が湧いてきたこと。

 今朝は真由美と久しぶりに一緒に登校してなんだかとても嬉しくなって、授業中はずっとどきどきしながら帰りのことを考えていたこと。

 放課後は校門で真由美を待っていたらいつの間にか同級生たちに囲まれて逃げ出してしまったこと。

 それから昨日と同じ土手まで行って泣いていたら、とても優しい老人に出会って、勇気をたくさんとこの懐中時計をもらったこと。

 その後・・・真由美と太一がやってきて、太一が『友達になりたいんだ』と言ってくれて。なんでだか来週から太一と一緒に真由美のいるバスケット部に行くと決まってしまったこと。


 それらのことがごちゃごちゃになって、頭の中を飛び回っていた。それらは順を追って出てくるのではなく、ふいにワンシーンが現れては消え、また別のシーンが浮かんできては次のシーンに押し流されていくといった風に、とりとめもなく。それら自身が生命を持っているかのように幸也の頭の中を我が物顔に駆け抜けていく。


 おもちゃ箱をひっくり返したかのように自由奔放なそれらの記憶は、そのまま次第に深い眠りの中の夢と化していった。


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