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扉    作者: 楠 秋生
友達
30/55

友達 1

 リビングで向かい合っている二人の様子はとても可笑しかった。


「早く二人を暖かいところへ連れていっておやり」


 という老人の言葉に従って、真由美は家へ二人を連れて帰っていた。


 二人は最初、暖かい部屋で真由美の淹れた紅茶を前に向かい合って、お互いに俯いたまま居心地悪そうにもじもじしていた。


 まるでお見合いでもしているみたい。


 そんな考えが浮かんで、真由美は思わず吹き出しそうになった。

 太一は初めて通された真由美の家、といった場所にも緊張を覚えているのかもしれない。それに加えて幸也に何を話せばいいのかわからないらしかった。それに対して幸也は、普段の太一と目の前の太一とのギャップに面喰らったままで、どちらが真実ほんとうの太一なのかの判断がつかないようだった。

 太一が何か言ってほしそうにチラチラと真由美に視線を送ってくる。


「太一。さっきの告白の続き、聞かせてよ」


 放っておくといつまでも二人は黙り続けていそうだったので、からかうように真由美は口を挟んだ。


「・・・なっ」


 太一の顔がまた真っ赤になる。


「マミさん~~。からかわないでよ」

「あはは、ごめんごめん。太一、真っ赤だよ」


 太一の顔がさらに赤くなり、真由美は愛しくて抱きしめたくなる。


「太一。さっきあたしに話してくれたことをもう一回話してよ」


 そう言われて太一はふーっと息を吐き出し小さく

「わかった」

 と言うと、ぽつりぽつりと話し始めた。


 太一は言われた通り、先程と同じように努めているようだったが、まるで好きな女の子を前にしているかのようにしどろもどろで、内容も支離滅裂だったので、真由美が何度も突っ込んだりフォローしたりした。


 そんな話し方でも、太一の言いたいことと彼の誠意はちゃんと幸也に伝わって、幸也の方もペースを崩されていた。彼を無視することは当然出来ず、自分の内側へ逃げることも出来ず、二人のすぐ側で仔猫たちの頭を撫ぜながら太一の話をフォローしている真由美に、助けを求めて視線を投げかけてくる。


 真由美は幸也が混乱しているのがよくわかった。太一の真実ほんとうの姿は真由美にもすぐには信じられなかったくらい、平生へいぜいからは想像もできない姿だったのだから。


 その上、幸也にとっては初めての、友達になるかもしれない人間───真由美たち以外の人間が近づいてきたという、それだけでも彼が当惑してしまうのは当然だ。彼には今までそういう経験がなかったのだから。


 更に加えて太一の告白の内容───彼が幸也の孤独や淋しさの一部を理解できる、彼自身もそれを経験したことがあるという驚くべき事実。

 そして幸也にちょっかいを出していた理由が、実は不器用な彼の幸也に対するアプローチだったということも幸也を驚かせているに違いなかった。


 それら一切がごったまぜになって困惑している幸也が、真由美に助け舟を期待しているのはよくわかったが、真由美は太一にそうさせたように、幸也にも最初の一言───一番大切な一言は自分の口で言わせたかった。


「幸也。太一も勇気を出したんだから、あんたも本気で向かい合わなきゃ駄目だよ」


 そう言われても幸也にはなんと言っていいのか・・・言葉がでない。


「・・・お前、俺のこと嫌いか?」


 太一のほうが沈黙に耐えきれずに先に口をきった。幸也はこう言われて初めて太一の瞳を真っ直ぐに見返した。


「今まで・・・ずいぶんいろんなこと言ったりして・・・いじわるされたと思ってるかもしれないけど、俺、そんなつもりはなかったんだ。ただ、お前の気をひきたくて・・・。今日のことも、俺が声をかけたから嫌な思いさせて、あれは悪かったと思ってる」


 思い返してみると、確かに最初に声をかけてきたのは太一だった。だけどその後の嘲りの中に彼は加わってはいなかった。


 そうしてもっと記憶をたどっていくと。

 確かに彼に直接ひどい言葉をかけられたことはなかったように思う。最初に声をかけてくるのが彼だったり、何かを拾ってくれたり───その後に彼の周りの少年たちがいろいろ言いださなければ、彼は幸也に何も害を与えていなかったことになる。


 幸也は自分が何も考えず、『みんな』とひっくるめて見てしまっていて、個人としての太一を少しも見てなかったことに気づいた。


「・・・俺と友達になるの、嫌か?」


 太一がおずおずと訊く。

 幸也は反射的に、まるで動物が体についた水分をはじきとばすときのように、ふるふるっと首を振った。


「・・・僕も・・友達に・・・なりた・・い」


 それはとても小さな声だった上に語尾はそのまま空間へ吸い込まれるように消えてしまったが、幸也が彼を受け入れたのは確かだった。

 太一の顔がほころんだ。

 二人をみつめる真由美の顔にも、満面の零れるような笑みが浮かびあがった。


「山と山は近寄らないけど、人と人は近寄ることができるっていうのは本当ね。お互いが勇気を出せば、こうして心が触れ合うことができるなんて、すごいと思わない?」


 目を輝かせていう真由美に

「マミさん、くさいですよ」

 と苦笑する太一。それを見て、幸也がくすりと笑い・・・。


「幸也が笑った!」

「小野瀬が笑った!」


 二人同時に叫び、一呼吸おいて吹き出す。


「・・・・・」


 幸也が赤くなり、俯くとまた太一が言う。


「うわー。俺、こんな小野瀬も初めて見た・・・」


 完全にペースを崩された幸也は、もう一体どんな顔をしていいのかわからず、顔をあげられなかった。


「ねぇ、あたし今日いいこと思いついたの」


 そんな幸也の様子を優しく見ていた真由美が、ふいにぱちんと手を叩き瞳をきらきらさせて言いだした。


「幸也、バスケットボールをしてみる気はない?あたしね、今日、部の顧問の先生に幸也も連れてきていいかって訊いてみたの。そうしたら、今よりもっと一緒にいられるし、それに幸也は少し運動した方がいいかなと思って。・・・嫌かな?」


 小首を傾げて幸也を見やると、幸也も少し目をあげて同じように小首を傾げて困ったような顔をする。


「先生は来てもかまわないって言ってくださってるの。それに、太一も一緒に来たらどうかな?」

「行きます!」


 太一の方に話を振ると、こちらは即答。しかし言ってしまってからふと不安になったとみえ、おずおずと幸也に訊いた。


「俺と一緒で、嫌じゃないか?」


 まだ行くとも言っていなかった幸也は、この太一を見てやってみようかなと思った。そして小さく頷く。


「よっしゃー」


 太一は嬉しさを隠しきれず両手を目の前で握りしめた。

 それから、大きくゆっくり息を吐きだした。まるでぷしゅーっと音を出してしぼんでいく風船のように肩に入っていた力が抜けていくのがわかる。


「・・き・・緊張した・・・」


 ぷふっ。


「太一、本当に小心者なんだ」

「マミさん、ひどいですよ。・・・それより、この仔猫たち飼ってるんですか?可愛いですね~」


 籠の中で眠っている仔猫を指して訊く。さっきから気になっていたのだ。


「昨日幸也が拾ったの」

「へぇ。飼うの?」


 幸也に問うと、困ったように首を傾げる。


「・・・まだわからない」

「幸也の家が駄目ならうちで飼おうと思ってるの」

「うちにも一匹くれないかな?ずっと飼ってたおばあちゃん猫が半年前にいなくなって、妹が寂しがってるんだ」


 籠の仔猫を一匹ひょいと抱き上げると太一は驚いたように言った。


「うわ!がりがりだ!・・・元気に育つかな?」

「え?育たないの?」

「これだけ痩せてたら、そういう場合もあるかな。一回獣医さんに連れて行って診てもらった方がいいと思うよ。生後どれくらいかある程度わかるだろうし。病気とかもあるかもしれないから」

「あ、それは今日、お父さんが連れて行ってくれたはず」


 午後から出勤するから連れて行っておくよ、と朝食の時に孝行が言っていた。夜中にもミルクをあげてくれたらしい。朝起きると、すでに仔猫の籠はリビングにきていた。


「それなら大丈夫かな。・・・でも、こんな寒空に捨てるなんてひどいよな。こいつら、よく生きてたな。捨てられたばっかりだったのかな」


 仔猫を籠に戻す手を止めて、ちょっと考えたような顔。


「これ、ヒーター使ってるの?湯たんぽ?もうちょっとあったかい方がいいと思うんだけど」

「ヒーター使ってる。一番底に」


 真由美が言うと、ごそごそと中を探って調整する。飼っいていたというだけあって、真由美たちより詳しいようだ。二人はミルクの間隔や保温のことなど、何も知らなかった。

 ちょうど帰っていた孝行が昔飼っていたと言って、世話をしてくれている。


「・・・あの、さ。まだ生きてるのにこんなこと言うのはどうかとも思うけど・・・いや、やっぱりなんでもない」


 太一は続きを言うのを躊躇ったが、二人はなんとなく太一の言わんとしたことがわかってしまい、少し重い気分になってしまった。


「・・・ごめん。変なこと言って」


 太一は気分を変えようと、月曜日のことを訊くことにした。


「マミさん、月曜日は何か持っていくものあるんですか?」

「ああ、体育館シューズと飲み物、持ってきて。動きやすい服装・・・はいつもしてるだろうから」


 太一の服を見て笑う。


「幸也も、ね」

 それからはバスケットボール談議に花が咲いた。

 太一は元からバスケットボール部に入部希望だったようで、少し早く練習できるのが嬉しそうだ。

 幸也は聞いているだけに近かったけれど、真剣に話を聞いていた。月曜日からの放課後が楽しみに思えた。


 帰る前、立ち上がると太一は幸也の前に右手をさしだした。


「それじゃ、月曜からよろしくな」


 太一の動きにつられるように幸也も手を出し、はにかんだ二人の前で二つの手が重なり合った。




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