告白 4
少年たちと別れて幸也を探し歩いていた真由美は、後ろから少年が一人ついてきているのに気がついた。
「どうしたの?」
真由美は最初、彼がさっきのことで謝りに来たのかと思った。
五六人いた少年のうち、彼一人が頭を下げなかった。真由美は頭を下げさせたいのではなく、ただわかってもらいたかっただけなので、そのとき何も言わなかった。
他の少年より頭一つ分くらい大きい太一というその少年は、背だけではなく体格もがっしりしている。少年たちのなかでリーダー的存在なだけにみんなの前で頭を下げるのは体裁が悪いと思っているのかと考えたが、あのときの彼の瞳がそんな様子ではなかったのを思い出してわからなくなった。
いつもは背の高さを誇示するように胸を張ってみんなを頭の上から見下ろしている太一が、今は自信なさそうな様子で眼を伏せたまま黙っている。
「俺、マミさんが悪いなんて思ってないよ」
しばらくして、意を決したようにそれだけ言ったきりまた黙ってしまった。言いたいことを言葉にできないでいる様はてんで彼らしくないが、真由美はあえて先を促そうとはしなかった。気持ちが熟して言葉になるまでゆっくり待つことは、幸也で慣れている真由美には少しも苦痛ではなかった。面と向かっては言えないでいる太一の気持ちを察して真由美は歩きはじめた。
「幸也、探そう。家には多分帰ってないと思う。川沿いの土手か、山手の公園か。・・・太一は、話したくなったら話して」
太一は真由美の斜め後ろをしばらく黙ってついて歩き、やがてぽつりと言った。
「俺、あいつに悪いことしたとも思ってないよ。だって・・・あいつの方が悪いんだよ!」
きつい言葉とは裏腹にぼそぼそと口の中で言っている。いつもみんなを押さえつけるような威圧的な話し方をする太一の、こんな喋り方に真由美は面食らった。
「俺、あいつを苛めようと思ったことなんて、一度もないよ」
真由美よりも高いはずの背が、背中を丸めて項垂れている今はとても小さく見える。
「あいつが相手にしてくれないから、ついかっとなってしまって・・・。ほんとは俺・・・」
この言葉で、真由美はやっと太一の不可解な行動に納得がいった。
彼は、みんなの前で頭を下げるのが嫌だったわけではなく、他のみんなと同じように苛めようとしていたのではないと、無言で抗議していたのだ。
強いものに追従して、団体になって幸也を苛める連中と同じだと真由美に思われたくなかったし、自分でも認めたくなかったのだ。
「・・・俺はただ、あいつと友達になりたかっただけなんだ!!」
言ってしまってから彼は顔を赤らめて俯いたが、本心をやっということができたという安堵がありありと浮かんでいるのを、真由美はちゃんと見ていた。
「一緒に幸也を探そう?そうして今の言葉を、そのまま幸也に伝えてあげて。きっと喜ぶよ」
真由美は限りなく優しい声で言った。そして、ふと興味をもってつけくわえた。
「ねぇ、訊いてもいい?」
太一は何を訊かれるのだろうと首を傾げた。
「太一はさぁ、どうして幸也と友達になりたいと思ったの?」
太一の周りにはいつもたくさん少年たちが群れていた。友達に困っているようには思えない。
「俺が転校生だったのは、知ってるよね?」
かなり時間がたってから、太一はようやく答えた。どこから話していいのか考えているようだった。
「うん、三年くらい前でしょう?」
「そう。俺さ、今はこんなにでかくなったけど、昔はちびで前の学校では苛められてばっかりだったんだ。引っ越しの半年前くらいから急に背が伸び始めて・・・それでもまだ苛められてたよ」
「太一が?」
信じられないと眼を瞠るまゆみに苦笑して、
「うん。だから、新しい学校では苛められないように強くなろうと思ってこっちへきたんだ」
転校初日、太一は内心びくびくしていた。
だから拳を握りしめてかたくなってしまっていた。
すると新しいクラスメイトは何を勘違いしたのか───握り拳をつくって睨みつけている体の大きな転校生を、怖い奴だと思ってしまったみたいで、太一に対してはじめからみんなが遜った態度をとったのだ。
そんなに簡単に対応が変わるなんて思ってなかった太一は、なんだか妙に白けた気分になってしまって・・・。
それでも最初は居心地がよかったから、そのままそこにいついてしまう。だけど、慣れない椅子はやっぱり座り心地が悪く感じられるようになってくる。
そんな頃初めて太一は幸也に出会った。
クラスが違ったからそれまで会わなかったけど、ゴミ捨てに行ったときに、幸也が苛められてる現場に出くわしたのだ。数人に囲まれて苛められている幸也は転校前の自分を思い出させた。
太一は見ていられなくなってその場から逃げ出そうとした───そのとき、ふと幸也の眸に気づいた。幸也は周りに群がっている少年たちの嘲りや嘲笑を超越しているように見えた。
太一は自分を卑下して相手にへつらってその災厄を逃れようとしていたのに、幸也は何を言われても相手に媚びて自分を貶めたりはしなかった。
だから太一は思わず声をかけてしまった。
「おー、サッカーしようぜ」
止めに入ることはできなかったけど、興味をそがれた少年たちはうまく乗ってきてくれて、とりあえずその場は収まった。
その件があって、太一は幸也と話をしてみたくなった。だけど幸也は誰に対しても心を閉じていて、いつでもまるで違う世界にいて・・・。
俺は話したいのに・・・。
でも、今の自分の立場を利用して、みんなに幸也を受け入れさせるようなことはしたくなかった。強いものの言葉一つで動ような連中の偽りで、幸也を傷つけるようなまねはしたくなかった。
だけど、一人で近寄っていく勇気もなかった。今の立場を捨て去ってしまうのは・・・怖かったのだ。
太一は長い長い話をやっと終えた。最後は小さな震える声で。揺れる瞳は自分のしてきたことを悔いているように見えた。
真由美は人の心のなんと複雑で、表面に見えていないことが多いのだろうと思った。
土手に続く坂道の先に飛行機雲が細く伸びていた。




