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扉    作者: 楠 秋生
告白
25/55

告白 1

 翌日の放課後、幸也は校門で真由美を待っていた。門柱に背を凭せかけ、今朝真由美がそこまで送ってきてくれたときのことを思い出してみる。


 真由美の話はつきることがなく、聞いているととても楽しい。生返事しかしない幸也に話すのは面白くないだろうに一生懸命話してくれる。次々に飛び出してくる話題は幸也をいろんな世界へ導いていってくれる。幸也は真由美の話を聞いていることの心地よさに、今朝改めて気づいた。


 昔はよくやよいや真由美のおしゃべりを聞いていた。それは楽しい時間だった。それなのに、再開してからの幸也は心を開くことに臆病になっていて、新しい世界を目前に広げてみせてくれる真由美から逃げようとばかりしていたため、真由美の話の内容をあんまりしっかりとは聞いていなかったのだ。


 今朝、久しぶりにすがすがしい気持ちで素直に話を聞くことができた幸也は、なんとなく今までもったいないことをしていたような気持ちになった。


 僕は話すことなんて何も持ってないけど、これからは真由美の話にせめてきちんと相槌くらいは打てるようになろう。


 今のままの自分ではいけないと前向きな気持ちに向き直ることができた幸也の顔に、優しく微笑みが浮かびあがってくる。


 そのとき、数人の男の子たちが戯れながら校舎から出てきた。


「西のグラウンドに行こうぜ」

「えー、あそこ狭いじゃん。中学校の裏の空き地のほうが広いだろ」

「駄目だよ。この頃中学生が使ってる。それにフェンスがないからまずいよ」

「河原の脇の広場は?フェンスはないけど、横の道路もあんまり車もとおらないしさ、遅くまでいたって文句言われないだろ」


 口々に勝手なことを言いながら、ゆっくり歩いてきて校門の手前で立ち話を始めた。


「めんどくさいなぁ。ゲームにしようぜ」

「えーっ。俺サッカーがいいよ」


サッカーボールの入ったネットを片手にぶら下げて、それを蹴飛ばしながら喋っている少年が大声で言った。


「放課後も校庭を使わせてくれたらいいのにな」

「なんでだめになったのかなぁ」

「あー?何かあったときに責任をとるのが嫌なだけだろ」

「俺は帰ってゲームにする。んじゃな」


 一人がさっさと帰ろうとして幸也に気づいて足をとめ、嫌そうに顔を歪めた。それに気づいた他の少年たちも寄ってくる。


「なんだ、小野瀬か。こんなところでなにしてるんだ?」


 その中で一番背の高い少年が声をかけてきた。


「マミさんを待ってるのか?───お前、今朝もマミさんと一緒に来てただろう?」

「えー!女に送り迎えなんかしてもらってんのか、こいつ」

「黙ってないでなんとか言ってみろよ」

「幼稚園のガキみてー」

「こいつ、口がついてないんじゃないか」


 口々に囃したてる少年たちは、嗤いながら幸也を取り巻いた。幸也は逃げ出したい衝動に駆られても抜け出せなくなってしまっていた。校門を背に俯いて黙って何も言わない幸也を、少年たちは容赦なく攻撃する。


 彼らはみんな真由美を慕っていた。去年まではいつも一緒に遊んでいた仲間で、その中でも何をしても一番うまくできて誰にでも優しい真由美は、少年たちにとって特別な存在だった。その頃からやっかみ半分幸也にちょっかいをかけたりすることはあったが、たいがい真由美が側についていて幸也をしっかりガードしていたし、何よりも幸也にかまうより真由美を中心に遊ぶ方が楽しかったためエスカレートしていくことはなかった。


 それが中学校に入って忙しくなるともう遊んでもらえなくなってしまっていて、真由美が忙しいなら仕方がないと諦めていたのだが、今朝幸也が一緒に歩いているのを見てしまい、抜け駆けされたような悔しさと妬ましさでついつっかかってしまったのだろう。


「マミさんはお前だけのものじゃないんだぞ」

「独り占めするなんてずるいよ」

「俺達には喋る口もないのに、マミさんだけ別なのか」

「なにか言ったらどうなんだ?」

「こいつにそういうのを期待するだけ無駄だよ」

「ははは。それは言えてるかも。俺、こいつが口訊いてるの見たことねぇもん」


 幸也は何を言われてもただただ黙って俯いていた。

 真由美が来るまでは逃げ出さない、と歯を食いしばって堪えていた。


「マミさんは優しいから仕方なくお前につきあってやってるんだぞ」

「お前はそれを利用してるんだよな」

「マミさんだって本当は迷惑に思ってるはずだ」

「お前なんかにかまって、時間の無駄遣いさせるなよ」


 自分のことは何を言われても平気だった。我慢していることもできた。けれど、この言葉は幸也の胸に宿った小さな勇気を、無残にも打ち砕いてしまった。


「あんたたち、やめなさいよ!!」


 少し離れたところで誰かがそう言っているのが聞こえてきた。憤慨した様子で少年たちに文句を言っている。


 あれは───この間のクラス委員。

 一人で悪戦苦闘しているようだが、誰も相手にしていない。


「あ、マミさんが来たわよ!」


 クラス委員の利美は半分脅しのつもりで言ったのだが、遠巻きに見物していた子たちはあっという間に散ってしまい、中心になって苛めていた五六人も一瞬ひるんでスキを見せた。


 幸也は咄嗟とっさに走り出した。不意をつかれた少年たちは慌てて制止しようとしたが、真由美が見ていたらどうしようという思いが頭を掠め、その場を動けなかった。


 幸也は川土手へ向かってひたすら走った。


 消えてしまいたい。僕なんてはじめから存在しなければよかったのに・・・!真由美は優しいから僕を放っておけなくて側にいてくれるだけなんだ。本当は他にやりたいことがあるはずなのに、僕のために真由美の時間を無駄遣いさせているんだ!


 幸也は心底消えてしまいたいと望んだ。死んでいなくなるのではなく、存在そのものごと消えてなくなってしまいたい・・・。僕が死んだりしたら、真由美はきっと苦しむだろう。───真由美を苦しませたいのではない。もうこれ以上真由美の負担になりたくない。ただそれだけの思いが胸いっぱいに渦巻いていた。


 海の泡となって消えてしまった人魚姫のように、誰にも知られず空気の中に溶け込んでしまえたら・・・。


 昨日と同じ川土手までやってきた幸也は、草の上にどさっと腰を下ろした。川の水は煌いてゆったりと流れていく。一時も休まることなく流れ続ける水の行方を目で追っていると、また泣きたくなってしまった。


 幸也は縋りつく相手もいないままに、自分の膝を抱え小さくなって一人心淋しい涙を流した。冷たい風の中、流れる水を前にして───。




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