静止 1
少女の名は、原田真由美という。好奇心旺盛で責任感があり面倒見のよい彼女は、町一番の物識りで世話好きだった祖母の性格をそのまま受け継いでいた。祖母は三年前に亡くなっていたが、“銀曜館のやよいばーちゃん”といえば、今でも町中で知らぬものはなかった。
銀曜館というのは真由美の家のことだが、瀟洒な洋館で亡くなる数年前までやよいが下宿を営んでいた。下宿をやめた後は、”銀曜日のお茶会”と称して毎週水曜日にサロンを開いていた。
真由美の母八重子は高校教諭で家にいることも少なく、当時、家事は全面的にやよいに任せており、真由美はほとんど祖母に育てられた。そして幸也も、家庭の事情で三歳から九歳まで一緒に暮らしていたのだ。真由美にとって幸也はかわいい弟のような存在だった。
それなのに。
バスケットボールに夢中になってその幸也のことをすっかり忘れてしまっていた自分に、真由美は腹がたってしようがなかった。
幸也の陰鬱な表情と生気のない瞳は、自分のせいのような気がしてならなかったのだ。
ひどく胸がさわいで真由美は、一足先に店を出ると冷たい風が吹き抜ける通りを幸也の家へと急いだ。