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扉    作者: 楠 秋生
プロローグ
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プロローグ

 夕闇が夜に溶けて辺りがぼんやりと薄暗くなる頃、秋の気配を漂わせた冷涼な空気の中を、少女たちは動き疲れてくたくたになった体で足元を確かめるように一歩一歩地面を踏み締めて歩いていた。


「疲れた~」

「どっか寄って帰ろうよ」


 真新しい制服に心まで引き締まった気がした入学当初は、基礎体力のない新入部員は一日の練習が終わるともう動けなくなってしまっていた。それぞれが家に辿り着くのもやっとといった様子で、体中がぎしぎしと音をたてるような感覚を覚えながら重い足を運んでいたのだったが、校庭や町の所々に見られる木々が慌ただしく衣替えをする季節ころには、半年の間に蓄えられた体力で練習後に皆で寄り道もできるようになっていた。


「・・・あ」


 不意に最後尾の少女の口から微かな声が漏れた。

 薄闇に紛れるように歩く見慣れた顔を見つけたのである。

 久しぶりに見た端麗な横顔は、俯きがちのせいかひどく思いつめているようにみえる。小さい身体と不釣合いな大人びた表情。


幸也ゆきや!!」


 少女は考えるよりも先に叫んでいた。そして声が口から出てしまった瞬間、しまった!というように口元に手をやった。

 名を呼ばれた少年はびくっと身体を打ち震わせて足を止め、ゆっくりと振り返ると意思のないでじっと少女を見つめた。能面のような表情かお。少女はどうしたらよいのかわからず、立ちつくした。


 薄紫に染まった街路を、ひんやりとした風がそよと吹き抜けていく。


「何?知り合い?」


 少女のすぐ前を歩いていた友達が声をかけるのとほぼ同時に、少年はふいっと顔を背け、また歩き始めた。他人を寄せつけまいとするその態度に、少女の胸がずきんと痛んだ。


「感じわる~い。ホントに知り合いなの?」

「不愛想な子ね。きれいな顔してるのに」

「・・・・・・」


 何気ない友達の言葉に少女はまた胸を痛める。自分が声などかけなければ、こんな風には言われなかったのに、と。


「ね、どこに行く? お腹すいちゃったよ~」


 少女の親友の知子がことさら明るい声でおどけたように言い、その場の雰囲気を吹きはらった。

 少女は明らかにほっとした様子で知子にちらりと視線を送った。知子はすぐに気がついて、ウインクしてみせた。

 知子、感謝!と少女は彼女にだけ分かるように片手で小さく拝んでみせた。


 みんなはそれきりそのことを忘れたようだったが、少女の心の中ではずっと気にかかっていた。少年の能面の表情が頭にはりついて消えず、みんなとおしゃべりしている間も気になってしかたがなかった。


 少女が中学校に入学してから半年間、二人は一度も会っていなかった。小学生から中学生へと自分をとりまく環境のめまぐるしい変化の中で、自分のことだけで精一杯で、慌ただしく日を送っているうちに少年を思い出す間もなく、いつの間にか半年が過ぎてしまっていたのだ。

 少女はこの半年間を思い返して、もうそんなになるのかと時の流れの速さに驚き、少年の変化の中に確実に時が過ぎていたことを痛感した。


 さっきの瞳を思い出すと、少女は言い知れない不安が心の奥底から湧き上がってくるのを止められなかった。

 


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