第7話 体育祭の悪魔
……あいつが、大地の言っていたラファエル!?
春彦はそう思いながら校舎に走り、近づく。
シュッ‼︎
何かが横を通りすぎた。
通り過ぎたその先の地面に刺さっているのはつい先日に見たばかりの天使の矢。
振り返ると天使が2本目の矢をこちらに向けていた。
……はめられたのかっ!
「春彦! こうなったらやるしかないぞ!」
そう言うヴァンとクロスし、空気の球を投げつける。
ドォンッ‼︎
凄い音がした。
しかし、生徒は誰一人として気づかない。
それもそのはず、丁度スタートのピストルの音と重なっていたのだ。
多少違和感を感じていたとしても、ここで格闘しているとは思わないだろう。
一体一体空気の球を投げつける。
……もう、皆が気づくも気づかないもどっちでもいい。とにかくあの天使達と奴を倒す!
そう思い、やつの方を振り返る。
まだ、いる。逆光でまだ、よく分からない。
……あいつは何でまだあそこにいるんだ? 何がしたいんだ?
誰かが、肩に手を置いた。
「お前もあいつに気付いちまったか。しゃーねぇ、やるぞ」
そう言ってクロスした大地が走っていった。
あの大剣を持っている割にはなかなか俊敏に動いている。
春彦もそれに続くように駆け出した。
「君の方から来てくれるとはねぇ」
大地が屋上に上がると、そこには黄色の甲冑を身につけた細身の身体の天使がいた。
その天使は背中の柵に体を預けている。
「……ラファエル」
大地は大剣に力を込め、その天使の名を呼んだ。
そこに春彦が駆けつける。
「なーんだ、2人もこの辺りにいたのか。どうりであの天使の大群もやられる訳だわ」
人間を嘲るような耳につく声。
「お前らは人間を殺して何が楽しい? 見苦しいんだよ」
大地が大剣を構えながら、ラファエルに言った。
春彦にはわかっていた。大地は怒りを押し殺している。
それもそのはず、大地の母親はこいつに殺された。母親を殺された奴の前で淡々と話し続ける奴の気がしれないのだろう。
「殺す? 笑わさないでくれよぉ。俺は地球の掃除をしてるだけ。それを邪魔する君達の方が俺としては、なかなか面倒くさいんだけどねぇ」
ラファエルは言い終わるとチラッとグラウンドの方に目を向けた。
「それに……2人で俺を構ってていいわけ? あっちの子達がどうなっても知らないよ?」
春彦がそっちに目を向ける。そこには天使の群れが現れていた。
「ごめん、大地! 俺はあっち行く! ここを1人でいけるか?」
「あたりめぇだ! 任せろ! 春彦も死ぬなよ!」
その眼差しは真剣なものに変わっていた。
「もちろん、大地もな」
そう言い残すと天使の群れに向かって春彦は向かって行った。
「おやおや、1人になっていいのかな? この間言ったはずだ、公開処刑にしてやると」
大地の背中に冷や汗が流れる。
……怖いんじゃねぇ、暑いだけだ。
「抹殺してやる」
ボソッと呟いた。
「んんー? 何か言ったのかぁー? そろそろ始めていいかなぁー?」
剣を引き抜き切先を大地に向けた。
「敵討ちだぁ!」
大地はラファエルに向かって大剣を縦に振り下ろすが、それを半歩下がり軽々と避けた。
そのまま横に振ったが、羽ばたいて地面を離れている。横振りは意味がなかった。
そのままラファエルが剣を構えて滑空してきた。
とっさに大地は手から水流を出し、あっという間にラファエルを包み投げ飛ばした。
ガシャンッ‼︎
ガラスに当たると砕け、ラファエルが校舎内へと転がり込む。
「へへッ、なかなか、キツイの仕掛けてくるじゃないかぁ」
濡れた髪をかきあげながら立ち上がった。
「あーあー、髪が濡れちまったし、血が流れだしちまったじゃねぇかよぉ。どーしてくれるわけ? 本気でいくよぉ?」
気付いた時には大地が避けきれない範囲にまで詰められていた。
春彦は空を駆けていたが間に合いそうにない。
ヴァンの声が頭の中に響く。
ーーお前の空気砲は天使に当てるだけのものか?
……どういうことなんだ?
ーー初めて空気砲を撃った時、何が起こったよ。
ここで初めて声に出さなくてもヴァンとの意思疎通ができることに気がつく。
……そういえば、お互いが吹き飛んだ。
ーーそれは使わないのか?
両手から空気の球を出した。
手のひらで爆破させた瞬間に空中に体が放り出された。
……これなら間に合うかも!
不慣れながらも、かなりの速さで校庭の真上の天使の群れに向かって飛び出した。
「うっ……」
そう言ってスターターの中野先生が突然、ピストルを持ち挙げていた肩を抑えながら倒れた。
ゴールの審判を担当していた赤羽はその瞬間を見逃さなかった。
まるで何者かに狙撃されたように蹲る先生。
すぐに先生の元へ駆け寄り、「大丈夫ですか?」と声をかけながら振り返る。
しかしそこに見えるのは青い空と一筋の雲だけだ。
女子達は悲鳴をあげている。
無理もない。人が1人たった今目の前で何者かに撃ち抜かれたのだから。
……いや、それだけじゃない。
赤羽はそう感じてしまった。
人だかりができている。嫌な予感がした。
その刹那、耳にふと飛び込んできた。
「宮城さんが中野先生みたいに何かにやられたみたいだ! 救急車呼べ!」
人が1人、また1人とやられていく。
「俺には何もできないのか? 何がこうさせたんだ……?」
見えない何かに怯えながら赤羽はそう呟いた。
「くそっ! 数が多すぎる!」
1人での天使の討伐はなかなか進まない。
そうしている間にも人は倒れていく。
……これ以上、死なせたくない。どうすればっ!
ーー武器を使え。
ヴァンが話しかけてくる。
だが、春彦は武器を持っていない。
……どこにあるっていうんだ。
ーーんじゃあ、大地が使ってるやつはなんだと思う?
空気砲を天使に当て、1体1体倒していく。
……できるのか?
ーーできないものを言うはずがないだろ。両手に力を込めてみろ、あとはテキトーにノリで。
こんな状況なのにも関わらず、相変わらずのテキトーぶりだ。
……よし、やるよ
そうして春彦は手に力を込めた。
すると現れたのは黒い一対の双剣だった。その形はどこかヴァンに似ている。
……これで戦える。やるしかない。
空を蹴って群れに突撃した。
……俺は、死ぬ、のか?
剣撃を何発か当てることができたが、ラファエルの動きは思ってたものをはるかに超えていた。
「もっとやれるのかと思ったけど、どうも俺の勘違いだったみたいだねぇ。正直、見損なったよ。ちょっと本気を出しただけでこのザマだしさぁ」
ーーなかなかおしゃべりな奴だな。大地、まだ、終わらねぇぞ?
ゲルザーが励ますように大地の中で声を張り上げる。
うつ伏せになった大地はラファエルに踏みつけられた。
「うっ。……っるせぇな……」
屋上の床に爪を立てた。
「あぁっ? その傷で何を言ってんだぁ? 結局お前は何の役にも立てねぇんだよ! くたばって、ママのとこに行きなぁ!」
ガシガシと大地を蹴りつける。
大地は奴の足元を水で満たした。地面につけている方の足が浮く。
するといきなり、ラファエルが滑り、尻餅をついた。
プレーニング現象 (雨の日に滑る現象)をしただけだ。
「また、濡れちまった。何しやがったんだよぉ、なぁ。そろそろ死んでくれねぇかなぁ?」
さっと立ち上がるとラファエルは剣を振り降ろした。
ガキィン‼︎
大地が目を開けると目の前には春彦が双剣を十字にし、剣撃を受け止めている。
弾き飛ばすと春彦は横に双剣を一振りした。
すると衝撃波が発生し、弾いたラファエルを斬りつける。
ラファエルは一瞬よろけたが、また体勢を立て直し、雄叫びに近い声を上げる。
「どいつもこいつも、クソがぁっ! 人間のクセに! 人間のクセによぉ! てめぇら全員消えろぉっ!」
ゼホッゼホッと血を吐きながら声を荒げて、ものすごいスピードで襲ってきた。
鋭い金属音が天明高校の屋上に響く。
……早いけど、奴の体勢は崩せる。
2撃目を両手の剣で受け流し、隙の見えたラファエルに空気砲を放った。
落ち着けば簡単に避けられるものだったが、我を忘れているラファエルはその球に直撃した。
吹き飛んだが、何も声を上げない。
ただただ、肩を使った荒い息遣いをしていて、春彦達を睨みつけている。その目は血走っている。
また、立ち上がるとバサッバサッと羽ばたきながらまた剣を構え滑空してきた。
リーチでなら負けている。
だが、今の春彦にはリーチなんて関係ない。
集中し、剣に力を込める……
下から剣を振り上げ、一撃目に放ったやつよりも数倍大きい衝撃波を放った。
衝撃波に直撃したラファエルはそのまま後ろに反り返り屋上に落下した。
起き上がる素振りが見えない。
春彦はおそるおそる近づいてみた。
胸がまだ上下していることに気づき剣を構えなおした。
「……くそ。どうやら俺の体が動いてくれねぇみてぇだ。あと少しでおめぇもあいつみてぇになったんだがよぉ。……人間ごときに殺られるなんて、屈辱の極みだよ」
掠れた声でラファエルは呟いた。
しかしまだ、話は続いていた。
そこからはハッキリ聞き取ることができた。
「こりゃあ、上の方々も動くかもねぇ……」
それと同時に黒いススとなって空へと舞い上がり、霧散し消えた。
「うっ……‼︎」
大地は目を覚ますと這うようにフェンスに近づき背を預けた。
「大丈夫か!」
心配そうな春彦とヴァンが駆け寄る。
春彦はもともと心配性な所はあるが、こういう時に心配されると大地自身も心配になる。
「……なんとか、な」
そうは言っていたものの、痛みに顔を顰めてしまう。
クロスを解除しても痛みは引かなかった。
「おい、大地、しっかりしやがれ」
ゲルザーも心配している。
そんなに瀕死みたいな顔をしているのだろうか。でも……
「とりあえず救急車。頼む」
「ここだとまずいから一旦下まで降りよう」
そう言うと春彦はクロスし大地を担ぎ上げ、屋上をあとにした。
過去最悪の体育祭だった。
教師2名、生徒が5名搬送されたことは今まで一度もない。
さらに例によって例の犯人不特定の事件……。
体育祭後は打ち上げもできず、警察の取り調べの時間だった。
赤羽はその警官の話を聞きながら窓の外の校庭に目をやった。
……あそこで何が起きていたのだろうか。
被害者の中にはいつもつるんでいた大地がいた。
しかもあいつの傷は他の人と比べて一番酷かったらしい。
近くにいた泉春彦も突然血が出て倒れた、としか言わないのだ。
最近、あいつらは怪しい所がある。
……先週末も一緒にどこかに出かけていたし、片方がいなくなるともう片方が探し出そうとするし。もしかしたら、大地は俺のこと嫌ってるのか? でも、嫌っていたら休み時間とか話さねぇもんな。
そんなバカバカしい自問自答繰り返しているうちに遂に拭いきれないままになってしまった。
大地の友達、赤羽。
仲間の輪に春彦が入ってきたことで嫉妬のような不安感に襲われていた。
そんな赤羽が行動に移す。
次話もお楽しみに!