第5話 初陣
あれから何度か組手を繰り返して、2人ともヘロヘロになっていた。
組手はだんだんとレベルが上がっていき、最後の最後にはジャンプして相手の背後に回り込み攻撃したり、部屋の中を駆け回りながらそれぞれの属性攻撃をしたりしていた。
2人とも揃ってそのまま仰向けに倒れた。
「やー、春彦もなかなかやるな。これだけレベル上がるのが早いとやっぱり俺も焦るわぁ」
洗い呼吸を抑えながら大地が言った。
「……いやいや、そういう大地こそ、本当に、手加減しないんだな」
春彦も息が切れてうまく話せない。
「だってそうでもしないと、ガチでボコボコにされちまうしよ!」
気を抜いたせいか、いつの間にかクロスは解け、元の2人に戻ってた。
ヴァンとゲルザーがそれぞれの主の横に腰を下ろしている。
時計に目をやる。午後の6時半。
いつもならとうに帰宅してる時間だ。
だけど今日は帰りたくない。楽しいから。
そう思い、春彦は上体を起こした。
大地はその小さな動作を見逃さなかった。
「そか、もう帰る時間か」
それに倣って、大地も身体を起こす。
「うん、みたい」
「……どうせなら夜飯食ってけよ」
パンパンとはたきながら大地が立ち上がった。
「え、そんな申し訳ないからやめとくよ!」
慌てて両手で大丈夫とジェスチャーをする。
「んなこと言うなって。いいよな、ヴァン」
そう言って大地はヴァンを見た。
「まぁ、たまには高校生らしい事してもいいと思うぞ」
ヴァンはニヤケ顔で春彦を見ている。
「何ぃ? コイツと夕飯を共にする気か、大地!?」
ゲルザーは若干反対のようだ。
「うん、悪いからイイよ、ホントに」
大地が焦ってゲルザーの口を塞ぐ。
「春彦、ごめんコイツ天邪鬼な所があるから気にしないでくれ! ほら、俺ん家に行くぞ!」
こういう押しに昔から弱い。
「……んじゃあ、親に連絡しなきゃ。本当にいいんだよね?」
「よくなきゃ言わねぇっつーの!」
強めに肩を叩いてきた。
もしかしたら「面倒臭い」の意味が込められていたのかもしれない。
「ありがとう!」
そう言いながら春彦は携帯を開いて親に連絡を取ろうとした。
しかし、ここは約地下7階分の深さだ。電波は届くわけがない。
「とりあえず地上に出ない? 電波が届かなくてさ」
携帯をポケットに突っ込む。
「ん? あ、そうだな。出るか!」
そういうと起き上がり歩き出した。
やっとの思いで上がってこられた。
7階分となると運動をしていない春彦にはなかなか辛い。
それに組手のこともあり、既に筋肉で悲鳴をあげている。
木箱を元に戻し親に連絡を取った。
親は子供の高校生らしい事を今まで見ていなかったせいか、嬉しそうにすんなりと許可をくれた。
「ここから俺ん家はすぐなんだ。とりあえず行こうぜ!」
そう言って更地を後にした。
大地の家に向かう道中でも話は絶えなかった。
といっても初対面に等しい2人の話す内容は自己紹介のようなものなのだが。
不意に大地が歩みを止めた。
「どうかした?」
声をかけたがピクリとも動かない。
嫌な予感がする。
……まさか、近くにいる?
するといきなり大地が振り返りながら叫んだ。
「そこかぁっ‼︎」
指を銃の形にし、指先から何かが発射された。
おそらく大地の水の力。
見事、水のレーザーは弓を構える前の天使に命中しその天使は黒いススとなって消えた。
おそらくあれが天使の死なのだろう。
背中に妙な殺気を覚えて春彦は振り返った。
そこには天使の大群がいた。
「大地、あれは……」
驚きと恐怖のあまり、うまく声にならない。
「あぁ、早速実戦で試す時がきたな。死ぬんじゃねぇぞ」
そう言ってクロスすると、大地は地面を蹴って駆け出した。
大地は厚いバブルで天使を包むと一体一体を格闘で倒す方法に出た。さっきの体術がしっかりと実戦で使われている。
春彦は肩を射抜かれたトラウマにより動けないでいた。
身体が小刻みに揺れる。
神秘十字線の刻まれた手を強く握りしめた。
天使を4体倒した時、1体の天使がバブルを破って大地に弓を構えてきた。
「クソッ‼︎」
そう言うと手から水を放射してその天使を包み込んだ。
そして次の瞬間、鞭の様に水を操り包み込んだ天使を地面に叩きつけた。
しかし天使はわらわらと増えてくる。
……一体一体やってたらキリがねぇ。
ーー武器なら作る事が出来るぜ?
この声はゲルザーだ。
……本当なのかよ? けど、コイツの言う事に嘘は今まで一度もなかった。だからーー
矢を避けながら、身体の中にいるゲルザーに問いかける。
……どうやるんだ?
ーー俺様を持つ様にして、グッと手に力を入れてみろ。後は感覚しだいだな。
テキトーにも程がある。
でも、やるしかない。
手に力を込める。
するとそこに現れたのは褐色のゲルザーによく似た普通の人間は片手で持てない様な大きさの大剣だった。
……これならいける‼︎
大地はまた、地面を蹴って宙に躍り出た。
……大地は戦ってるのに、俺は何も出来なくていいのか?
春彦は未だに戦えないでいた。
「春彦! 後ろだ!」
ヴァンが悲鳴に近い声をあげる。
……どうしよう、動かない。
矢の風を切る音が耳の横を抜ける。
「春彦! 大丈夫か、しっかりしろ!」
背中合わせで大地が立っていた。手には褐色の大剣が握られている。
……そうだ、もう俺は弱くない。戦う術も身につけてる。
「喰らえぇぇぇっ!」
春彦は空気の球を目の前で矢を引いている天使に投げつけた。
やはりかなりの威力があるらしい。
天使は学校いたそれと同じ様に吹き飛ぶと肉片が四散し、黒いススとなって消えた。
「もう、問題ねぇな。よし、ゲルザー、行くぞ!」
大地は自分の中にいるゲルザーに言い聞かせるとまた、駆けていった。
「この力、すごいな。やっぱり……」
ーー春彦、後ろっ‼︎
とっさに振り返るとそこには弓を引いて構えた天使がいた。
不敵な笑みを浮かべて矢を放った。
ーーお前さんは風だぞ? 風はあれより速くはないのか?
春彦の脳内に"風"の一文字が浮かび上がる。
……そうか、今も空中にいる。もしかしたら俺は風になれるかもしれない。
思い立ったときには体は既に動いていた。
矢は放たれていたが、春彦には遅く感じた。
するりと矢の横を抜けると天使の首を抑えつけ、地面に叩きつけた。
その天使はススとなって消えたが、数はいっこうに減らない。
その俊足で天使に近づくと装備してある剣を奪った。
剣で斬りつけ、空気の球で吹き飛ばし、蹴って、突いて……
ようやく、殲滅できた。
周囲の道路や塀は天使の弓やら吹き飛んだ跡やらでボコボコになっている。
「これ、大丈夫なのか……?」
あたりを見回しながら大地に訊く。
「や、わからねぇ。でも、良くはないと思う」
そう言い終わるとほぼ同時にパトカーのサイレンの音が聞こえた。
ここら辺の住民が外の異変に気が付き通報したのだろう。
「やべぇ、離れるぞ!」
2人は走って、大地の家に向かった。
その夜、大地の家にあるテレビに春彦たちは釘付けになった。
〈次のニュースです。またも犯人不明の犯罪が起きました。現地にリポーターの佐久間さんがいます、佐久間さん。そちらの状況はどうでしょうか?〉
現場の中継が画面に映し出される。
さっきまで春彦たちが戦っていた、道路。
規制線が張られ、リポーターが熱心に現場リポートをしている。
「これ、俺たちはやってないって事でいいんだよね?」
春彦が大地の方を向く。
その顔色はあまりイイとは言えないのだろう。
大地も顔色が良くない。
「あ、あぁ、多分これは問題ねぇ。でも心配なのはよ……」
2人の顔がまた、画面に向けられる。
〈みてください。こちらの地面に人型の跡があります! 大きさからいくと高校生くらいでしょうか?〉
リポーターの言っている通り、そこにはしっかり人型の跡が出来上がっていた。
春彦はそんな痕跡を残した覚えはない。
「え、大地、何してんだよ……」
春彦が大地を見ると、大地は目をそらし、シラを切ろうとした。
「ごめん、体のバランス崩して落ちた」
こいつは一体どんな落ち方をしたのだろうか。
「えぇっ! やばいでしょ、流石にこれは」
画面から音が漏れてくる。
〈警察はこの地区の高校生になんらかの関わりのある事件として捜査しています〉
「黙ってような、これ」
「だな」
二人して冷や汗が止まらなかった。
初陣をなんとか乗り切った春彦。
大地とも仲良くなることができた。
次話は待ちに待った体育祭。
そんな中、大地の前に何かが現れる。
次話もお楽しみに!