第4話 地下に広がる練習場
……どうもこういうところ人の集まるところは苦手だ。密度が高くて、気分が悪くなる。
今日は週末の土曜日、小川と約束をした日。
改札口を出たところのオブジェに寄りかかって、春彦は目の前の柱時計に目をやる。
……それにしても早く来すぎた。奴の最寄りが自分にとってほとんど来ない駅だったとしても、20分前についてしまうのはいくら何でも早すぎる。
ヴァンはついて来てはいるが、流れる人混みを見て、あの人はこうだ、この人はどうだとブツブツ独り言をいうだけだ。
……早くこの場を去りたい。切実に。
予定時刻を少し過ぎてから、ようやく小川が来た。
急いで来たらしく、息が切れている。
「よぉ! お前に色々教えるための準備してきたんだ! 早く行こうぜ」
おそらく小川といれば何かをつかめる……春彦はそんな気がしていた。
自分の家とは真逆の位置にあるこの駅から少し住宅街に入ったところが目的地だった。
そこは更地。その敷地内にある素朴なボロ小屋(おそらくあれは用具倉庫)がやけに目立つくらいに何も無い、更地。
「ここで何すんの?」
思わず春彦の口から疑問が漏れる。
「ん? あー、正確にはここの真下に案内するんだ、ついて来てくれ」
そう言い残して小川はスタスタとボロ小屋にむかって行ってしまった。
置いていかれないように春彦は小川の後に続く。
ボロ小屋のドアを開けた。
その中は木箱が3つ端に寄せてあるだけで、他にめぼしいものは何も無い。
小川は無言で木箱に近づき、力づくで引っ張った。
するとそこに隠し螺旋階段が現れた。
「これを見せたかったんだ」
状況を読めていない春彦に小川は相変わらず悪ガキの少年ような笑みを浮かべている。
「まぁ、とりあえず降りようぜ!」
そう言って先に行ってしまった。
かなり降りた。
おそらくマンションの7階分くらいは降りたと思う。
螺旋階段だったせいで少し酔っている。
やがて2人の前に想像もできないような広さの部屋が現れた。
「俺は、ここで色々とできるようにしたんだ」
振り返りながらそう言った。
「……すごい。ここは誰が作ったの?」
それを聞いた小川は一瞬ではあったが、悲しそうな顔をした。
春彦はそれを見逃さなかった。
……しまった、いけないことを訊いちゃったかな?
それでも苦笑いしながら小川は呟いた。
「俺の仲間。もういないんだけどな……」
何もない沈黙。
先に口を開いたのは小川だった。
「そうだ紹介してなかったよな、俺の守護聖獣。ゲルザーって言うんだ。名前を呼んでみてくれよ」
「名前?」
この時、春彦はヴァンが言っていた言葉を思い出した。
〈他の能力者でも守護聖獣の名前を呼ばない限りは見ることはできない〉
とりあえず「ゲルザー」と呼んでみた。
すると小川の肩に少しずつ小川の守護聖獣ーーゲルザーが姿を現した。
「こいつが小川の?」
春彦がゲルザーを指さしながら小川に訊く。
「こいつがとはなんだ。俺様はこいつを護るゲルザーだが、お前が能力を持っていたとはな。ヒョロいけど大丈夫なのか?」
見くびったような話し方。
あまり得意ではないタイプだ。
「だ、大丈夫だ!」
ついムキになって反論してしまう。
この雰囲気をどうにかしようと小川が口を挟む。
「悪ぃ、悪ぃ。悪気はないんだ。お前のは?」
落ち着きを取り戻した春彦が申し訳なさそうに口を開いた。
「……ヴァンだよ」
「りょーかい。ヴァン、出てこい!」
自分にはヴァンは元から見えているから、あまり面白いものではない。
小川の表情を見ながら認識できてるかどうかを見るだけだ。
するとゲルザーを見つけたのか、いきなりヴァンが言葉を放った。
「おい、ゲルザーと言ったか。私の春彦に何の用だ。文句があるならまず私を通してもらおうか」
相変わらずだ。
もしかしたら同族嫌悪というやつかもしれない。
呆れて春彦は俯いた。
「お前ら、少しくらい大人しくしてろよな」
小川がヴァンとゲルザーの両方を見ながら言う。
そして、春彦の方を振り返った。
「まぁ、とにかくやろうぜ!」
……え? な、何を?
それは言葉にすることはなかった。
「あ、おう」
そう言って春彦が顔を上げた。
しかし、そこには既にさっきの姿の小川はなかった。
そこに立っていたのは、さながら某ハンティングゲームの装備一式を装備した、それこそコスプレイヤーだった。
「それ、どうやってんの?」
興味本位で春彦が訊く。
「あー、そうだな。これはクロスって言ってー……うん、まぁ簡単だよ、お前自身の守護聖獣と心を通わすだけ。別に難しいことじゃないからさ、とりあえずやってみ」
ヴァンをちらっとみた。
奴はうんうんと頷くだけだ。
……とにかくやってみるか。
「ヴァン、やってみよう」
「あぁ、だな。よく力抜いておけよ」
言われた通りに力を抜く。
精神はとにかくヴァンと通わすように集中する。
目を閉じた。
どれだけ経っただろうか、小川の「おぉ」と言う声で我に帰った。
目を開けるとヴァンの姿はどこにもなく、その代わり自分は黒の装備をしていた。
「……これでいいのか?」
自分の装備を確かめるように見ながら小川に訊く。
「すげぇよ、すげぇっ! 初めて見たよこんな早くに習得する奴! ってか、まだ、2人しか能力者を見たことないんだけどな」
自嘲気味に笑いながら頬を掻く。
「でもお前、才能あるかもな!」
そう言いながら肩をポンと叩くとさらに言葉を続けた。
「どんどんやろうぜ! 今の春彦はお前の守護聖獣の能力を持ち合わせた戦士なんだ。だから守護聖獣の能力を使えると思うんだけど、何を使うんだ?」
……能力? 夜に学校に行った時に、ヴァンが使ってた技は確かーー
「風かな。たぶん」
それを聞いて小川は大袈裟な反応をする。
「おぉー、なかなかいいな、それ。なんかやってみてくれよ!」
「なんかって……今できたばかりなのにもう技磨きなの? てか、どうしたらいいんだよ」
ーーテキトーに力込めてみろ。
頭の中でヴァンの声がした。どうやら、本当に一心同体になっているらしい。
手の平に力を込めてみた。
……手のひらに風が当たってる?
そう思った時に頭の中からまた、声が聞こえた。
ーーグッとまとめろって念じてみろ。
あいつらしい説明の仕方だ。
そう思いながら言われた通りすると、手のひらにはあの日の夜にみた空気の球が出来上がっていた。
「お! これでできるな」
ニヤっとしながら小川が呟いた。
「え、何を?」
何故かものすごく不安な予感がする。
「組手だよ、組手。一回やろうぜ、手加減するからさ」
手加減といっても相手が違う。
それに春彦自身、喧嘩もしたことが無い。
「いや、そんな簡単にはできないよ! 俺、喧嘩もしたことないのに」
後ずさる春彦の腕を小川が掴む。
「んなの、簡単だよ! 力はヴァンから受け継いでいるところもあるだろうし。技術さえ覚えればチョチョイのちょいだ」
得意気に腕を組んでいる。
春彦は深い溜息をつくと手に握られている球をとりあえず誰もいない方向に投げつけた。
壁にヒビが入り、パラパラと破片が落ちていく。
「おぉ、かなり威力あるんだな、それ」
力を受け継ぐのはどうやら本当らしい。小川も驚いていた。
春彦自身は幼稚園から低学年の頃に少し空手をかじったくらいだから、武術とはほぼ無縁。
……ノリ気じゃないけどやってみるか。
基本的な戦術を教わってから組手をやる、そんな流れになった。
頭は覚えてなくても体で覚えたことは自然と出来る。あとは感覚で何とかする。小川の教えは要約するとそんな感じだ。
ある程度できるようになった春彦は小川と組手を始めた。
ヴァンの能力があるから、格闘とはほぼ無縁だった春彦もある程度はついていける。
小川の蹴りをしゃがみ避け、そのカウンターで蹴り上げる。
春彦の突き(パンチ)を外側に捌きながら突き返したりと……。
遂にはジャンプして背後に回りそこから攻撃なんてこともしだした。
そんな攻防少しの間続いた時に小川のみぞおちに隙ができた。
さっきの応用だ。
グッと力を手に込める……。
突きの勢いで球を小川のみぞおちに当てた!
制御できずに勢いでお互いが吹き飛んだ。
「ざっとこんなもんだろー。やー、最後の凄かったなー、これでお前も戦えるな!」
腰を下ろして相変わらず笑ってる。
「そういえば、小川はなんでその能力が使えることがわかったんだ?」
肩で息をしながら小川に訊いた。
「普通に教えてもらったんだ。ここで」
遠い目をしている。その人に何かがあったことは確実だ、そんな目だった。
「そっか」
「あと、さ。小川じゃなくて普通に大地でいいよ。そっちの方が慣れてるんだ。俺も春彦って呼ばさせてもらうわ」
「わかった、そう呼ぶよ」
「よし、もう一回やるか!」
そう言って大地は立ち上がった。
すかさず春彦も立ち上がる。
「よし、今度は若干本気な!」
……え、本気じゃなかったのか。
そうやって考えると今からやるのはかなりハードでやばいものだと思う。
そんなこと思いながら春彦はまた、構えた。
能力を会得した春彦。
次使うのはいつになるのか。
次話もお楽しみに!