第2話 天使とは
暗い廊下を駆けていった春彦。
その先に待つものは天使なのか、それとも天使に扮した悪魔なのか。
春彦の目覚めの後編です!
暗い廊下を走り抜ける黒い狐と春彦。
この場面を誰かに見られていたら、なんかのやばい宗教に入ってる奴として見られていたと思う。
そんなことを思いながら階段に差しかかろうとした時、下の階から男の呻き鳴が聞こえた。
心臓がバクバクと鳴る。
もちろん、走ったことによるものではない。
……殺されたのか?
頭が真っ白になっている春彦に階段の踊り場まで既に駆け下りた黒い狐ーーヴァンが怒鳴りつける。
「何してんだ、まだ殺されたかわからないだろ、行くぞ!」
怖かったが、そんなもの気にしている余裕は春彦にはなかった。
我に帰ると急いで階段を下った。
「ヴァン! お前は俺を護るための守護聖獣じゃないのか!」
「うるさい! お前さんの生活を護るんだよ! ついて来い!」
階段を降り、廊下の左右を確認する。
図書室前で2つの黒い影を捉えた。
……あそこにいる。
音を立てないように一歩踏み出した。
そっと次の足を出した時、携帯の通知が鳴った。鳴ってしまった。
今にもとどめを刺そうとして弓を引いていた天使が音に反応し、ゆっくりとこっちを振り向いた。
月明かりに照らされ、不気味に笑う顔が浮かび上がる。
それは自分たちの想像していたものとは違う、悪魔のような出で立ちの天使だった。
こちらをじっと見ている。
春彦は異変に気がついた。
金縛りにあったかのように体が動かなくなっていた。恐怖で足が震えている。
その天使は春彦を無傷の人と認識するとこちら側に弓を構え直した。
動かない。手も足も。
「春彦‼︎」
横にいるヴァンの声にも反応できない。
……死ぬかもしれない。
次の瞬間、奴の矢が飛んできた!
ドンッ‼︎
突き飛ばされて壁に激突した。
その途端に身体に自由が戻る。
春彦の肩をかすめた矢は、突き当たりのガラスを割った。
「うっ……」
激痛が走る。
どうやら左肩を今の矢で負傷したらしい。
痛みで肩を押さえて蹲っているとヴァンが声を上げた。
「あの爺さんをとりあえずどこか安全な所に連れてけ! 早く!」
……そうだ、まだ死んだかわからないんだ。
少しよろついたが立ち上がり、事務員の所へ走り出した。
天使の横を走り抜け、事務員が蹲っている所に着くことができた。
事務員は右太股の裏を射抜かれていた。
天使は春彦たちにに弓を構えている。
「お前さんの相手は私だっ‼︎」
そう言ってヴァンは首を回し、半透明のソフトボール大の球体を口元から放った。
それと同時に春彦たちはできるだけ床に近くなるように屈む。
その球体のようなものは天使に命中した。
天使は屈んだ春彦たちの上を通り抜け、壁に激突し、床に叩きつけられる。
壁にはヒビが入り、破片がパラパラと落ちている。
「な、何が起こっているんだ……?」
もごもごと聞き取りづらい声で事務員が呟いた。
「天使が……」なんて説明できないのはわかっていた。
とりあえず春彦は痛みに耐えるように顔を顰めながら口を開く。
「僕もわかりません、でも危険なのでとりあえず安全な所へ逃げましょう」
まだ、傷は痛む。
事務員さんに右の肩を貸し、歩き出した。
すると背後でゆっくりと剣を引き抜く音がした。
天使だ。左の肩から脇腹にかけて抉れているが、まだやられてはないらしい。
大きく横に振りかぶり、背後から襲ってきた。
ドンッ‼︎
どうやらヴァンがまたさっきの球を放ったらしい。
剣に当たり、軌道がブレてそのまま壁に突き刺さる。
事務員さんは見えないものに怯えているのか、春彦に伝わるくらい震えていた。
「何、止まってやがる! 早く行け!」
春彦の背中の方からヴァンの大声が聞こえる。
負傷者の2人は事務員室に歩き出した。
やっとの思いで事務室のドアを開けた。時刻は7時半を過ぎている。
扉を閉め、事務員を春彦は椅子に座らせた。
……あいつは大丈夫だろうか。
そう思いながら携帯をとり110番に電話をかけようとした。
「私がかけよう。君がかけたら時間帯的に警察に睨まれるだろうから」
事務員が自分の携帯を取り出してかけ始めた。
かけ終わり、無言の時間が訪れる。
……そういえばもう、さっきのような爆発音は聞こえない。勝負はどうなったんだ?
数分後、ドアの向こうで声が聞こえた。
「ここ開けてくれ!そこにお前さん達、いるんだろう?」
ヴァンが扉の向こうにいる。
嬉しくなり、ドアノブに手をかけた。
すると慌てた口調で事務員が春彦の手を掴み、制止する。
「開ける必要ないだろう! すぐそこにさっきの変なのがいたらどうするんだ!」
ふと、疑問が芽生えた。
「変なの? 見えて……いたんですか?」
「あぁ。何かが肩に触れた時にうっすらと見えたんだ。アレは幽霊なのか? それとも他の何かなのか?」
肘掛を掴んでいる手は小刻みに震えていた。
「僕にもわかりません、ただ……」
そこまで言った時、外でパトカーのサイレンが聞こえた。
音を聞くなり、事務員さんは立ち上がると窓から手を振り、助けを求めた。
……まぁ、能力については話さない方が良いかな。
そう思いながら、さりげなくヴァンの待っている戸を開けた。
「話さない方が無難だろうな」
そう言いながらヴァンがちょこちょこと入ってきた。
「そうかもね」
赤く光るランプを、見つめながらそう呟いた。
〈次のニュースです。 一昨日、起きた火災の近くの県立高校でまたも事件が起きました〉
やはり今日の朝はどの番組もこのニュースで持ちきりだ。
あの後、警察に様々なことをみっちり事情聴取をされ、2時間近く身動きが取れなかった。
おかげで帰ったのも10時頃で、疲れと肩の傷もありテスト勉強どころではない。
……朝早く学校に行けば公式の暗記くらいならできるかな。昨日の一件で騒がれることもないだろうし。
春彦はカバンを持って、いつもより早めに家を出た。
「お前さん、肩は大丈夫なのか?」
駆け足の春彦に対してヴァンがブレザーの胸ポケットから声をかける。
「そんな事よりもテストで点数を落として、推薦で大学に行けない方が怖い」
車の通りがないか左右を確認しながらそう答え、ペースを落とさず、学校に向かっていった。
考えが甘かった。
昨日の野次馬の中の1人、同じクラスのイケイケ系な男子が俺が来る前に友達に話していたらしい。
2日連続で質問攻めとなった。
公式を確認する時間なんてあるはずもない。
……この生活をもう辞めたい。
そう思いながら机に突っ伏した。
そんな春彦をただただ、窓に寄りかかりながら眺める1人の青年がいた……。
春彦を見ていた、クラスメイト。
果たして彼は何者なのか?
次話で、正体が明らかに!