第20話 暴走列車に鋼の鎧
祝二十話目です!
どうぞ、お楽しみください!
「映画見に行こうぜ!」
大地からの突然の誘いは昨日のことだった。
……まぁ、予定は空いてたからいいのだが。
「わりぃわりぃ、飲みもん買ってたら遅れちまったわ!」
走って大地がやってきた。
その途中で車にクラクションを鳴らされている。
赤羽はやれやれという様子で首を振った。
「まったくしっかりしてくれよなー。これ今日までなんだからさー」
赤羽が手にもった何かの紙切れをヒラヒラと振っている。
「そういえば、何見に行くの?」
当然の質問を春彦は走り過ぎて息が上がっている大地に投げかける。
「あぁ、これだよ」
そう言って代わりに答えたのは赤羽だった。
手には映画のチケットが3枚。
最近公開されたアクション映画のチケットだ。
駅の階段を上りながらコマーシャルでやっているアクションシーンを思い出す。
ある自らの怪力を嫌う男が愛する人を守るために怪力を用いて悪党を倒すというシーンだった気がする。
日本ではそんなこと考えられない。
その映画はもちろんハリウッド映画だ。
「てかさー、赤羽、そのチケットどーやって手に入れたんだよ?」
改札口へと続く階段を上りながら大地が訊く。
「お父さんの友達がちょっとお偉いさんでね。家族でどうぞって。まぁ、親はこういうの興味ないし、だから俺が友達と見てくるって言って勝手に持ってきた」
そう言って歯を見せて笑う。
相変わらずの白い歯である。
改札をくぐりながら赤羽に春彦が聞き返す。
「え、それってまずくないの?」
「問題ないよー、今日が期限日なのに普通に親は仕事行ったからさー」
階段を降りきり、電光掲示板に目をやる。
「うへぇー、後5分もあるじゃんか……」
思っていたことをさらっと大地に言われた。
「まぁまぁ。田舎に行くと1時間単位で動くところもあるから文句言っちゃいけないだろ?」
そう思ってしまった春彦は少し恥ずかしくなった。
それにしてもこのやりとり、まるで兄弟である。
そんなことを春彦は思い、心の中で笑っていた。
そんな和やかな雰囲気を壊すように突如、緊張感のあるアナウンスが駅内に響き渡る。
『お客様に大変お詫び申し上げます。たった今、この路線上にあります、鉄橋が何者かに爆破されたと連絡がありました。ただいま作業員が現場に向かっております。もう暫くお待ちください。繰り返します………』
「おい、どういうことだよ」
柱によっかかっていた大地が動き出す。
それとほぼ同時に他の人もガヤガヤと騒ぎ出した。
その時、段々その電車が近づいて来た。
誰もがここに停まるのだろうと、そう思った。
しかし、近づくにつれて、駅のホームに立っていた駅員の顔が青ざめていく。
その姿を春彦は見逃さなかった。
そして、ホームに電車が入ってきた。
が、止まることなくホームを無茶なスピードで走り去ろうとする。
「あれ? この電車次の駅で停まるのか?」
大地が電光掲示板を確認する。
二人にはどうやら気付いていなかったらしい。
車掌が運転中に何処かで天使に殺されていたのを。
……まずいな、このままいくと大勢の死者が出る。
春彦は途端にクロスし、大地たちに何も言わず、地面を蹴った。
同じく、その隣の駅で同じようなアナウンスをある男は聞いていた。
……鉄橋が爆破? 安全と謳われていた日本で遂にテロが起きたか? や、もしくは……。
待っていた人達がざわざわと騒がしい中、その痩身の男は木の枝のような薬指で銀縁メガネの位置を正し、席を立つ。
「これは、なかなかまずいかもしれないな……」
そう、冷静につぶやいた。
出勤の途中であったが、どちらにしても事故で会社には遅れる。
その男は十字線の刻まれた手でカバンの中から携帯を取り出し、会社に鉄橋の話と出勤に支障が出ていることを告げるとクロスしてその現場へと向かった。
春彦は空気砲を両手から放出し、電車を追い越すスピードで空を飛んでいた。
体育祭の時以来、この飛行法が使えるようになったのだ。
時折、機器にぶつかりそうにはなるが、避けながら進んでいく。
窓から中を除くと中の客は異変があったことには気がついているみたいで肩を震わせながら目を瞑っていたり、泣いている子どもを悲しい目で慰めている親がいたりと車内は絶望の二文字で埋め尽くされていた。
……早く助けなきゃ。
春彦は飛行速度を上げ、先頭車両へと向かった。
「やっぱり天使か」
運転席には天使と車掌が乗っていた。
しかし、その車掌は既に亡くなっていた。
血が乗客が乗っている側の窓にべっとりとついている。
幸い、ブラインドにより乗客からは見えないようになっていた。
しかし、重要な緊急停止装置に矢が突き立てられていて作動しそうになかった。
……あの矢はわざとなのか?
春彦はとりあえず運転席に入ろうと、天使が入った後を探した。
すると逆側のドアに嵌めてある窓が大破しているのを発見した。
……どうしよう、あの大きさじゃ運転席に入れない。
天使が春彦の存在に気付き、弓を構えてきた。
その時、春彦の中にはある案が浮かんできた。
春彦はさらにスピードを上げ、電車の前を飛ぶかたちになる。
わざと内側から矢を放たせ、フロントガラスを破壊させた。
ガラスが飛び散り、そしてその全てに慣性が働き、運転席へと戻っていく。
春彦は飛んできた矢に反応し、空気の球で矢のみを粉砕する。
スピードを落とし、フロントガラスのあったところから侵入した。
驚く様子もなく天使は待ち構えていたかのように剣を引き抜いた。
「ギィィィィッ」と不気味な声を上げている。
どうやらこの場で春彦も倒すらしい。
剣を力任せに振り下ろしてきた。
天井にぶつかるが、その金属さえも嫌な音を立てて斬り裂き、振り下ろされる。
春彦も双剣を握り、直接攻撃を受けずに受け流した。
天使の剣はそのままの勢いでモニターが並ぶ計器を切り崩した。
バリバリッと音を立てながらショートしている。
……まずい、こちら側から電車が制御出来ない!!
「クソッ!!」
春彦は空気の球で倒そうとしたが使えないことに気がついた。
……ここで使えばこの車両ごと吹き飛ぶ。
武器を取ろうと必死になっている天使を睨みつけ、双剣を再び出すと、そのまま切りつけた。
為す術も無く、その天使はそのまま黒くススとなって消えた。だが……
ーー問題はここからだ。気を引き締めろーー
頭の中からヴァンの声が聞こえる。
計器の半分はもう既に使い物にならない。
ブレーキもそれに残念ながら含まれていた。
春彦はとにかく、始めに非常ボタンを探した。
それもすぐに見つかった。
しかし、それも使い物にならない。
……どうしようもないじゃないかっ!!
春彦は計器に拳を叩きつけた。
窓の外を丁度、春彦たちの目的の駅が通り過ぎた。
春彦の耳に何人かの悲鳴が聞こえた。
「なんなんだ、これは」
その男ーー藤村勇次が壊された鉄橋で目の当たりにしたのは作業員の血の海だった。
誰ひとりとしてピクリとも動かない。
その鉄橋の上に1体の天使が佇んでいた。
2メートルはある、腕に装甲を施した天使。
その腕部装甲から作業員のものと思われる血が滴り落ちている。
「ゴォォォ」と、腹に響くような重低音を響かせてガチンガチンと拳同士を打ちつけながら藤村の方向を振り返った。
「おいおい。私の就業時間、返してくれないかな?」
突然、そのガタイからは想像もできないスピードで殴りかかってきた。
藤村は肩を盾にガードする。
鈍い音が辺りに響いた。
足元にある石が地響きで動く。
「生憎、鉄壁のガードが売りの能力だから、そんなの通じるわけないんだよ!」
そうして、カウンターを2発腹に入れ、フィニッシュに顎に肘で突き上げ、その天使を弾き飛ばした。
飛ばされた天使は空中で身を立て直すと手を組みハンマーのごとく、上空から振り下ろしてきた。
……これ以上鉄橋を壊されると修復にかなりかかるだろうな。
藤村は両手をあたかも何かの棒を持っているかのように構えた。
するとそこに先端の尖った両手持ちのハンマーが現れ、藤村はそれを握った。
勢いをつける天使の鉄槌。
それに応じて藤村はその灰色で先の尖ったハンマーを構える。
当たるか当たらないかの距離に詰めた時、藤村は動きを見切って、左に回避した。
そして、天使が鉄橋に直撃する直前にハンマーで天使を殴りつけた。
天使は直撃を避けようと腕部装甲でガードをするが、腕部装甲が見事に砕け散り、その勢いに負けてまた、吹き飛ばされる。
「なかなか、タフな相手だなぁ」
……ただ、次で決めよう。
再び藤村はハンマーを構え直した。
「……ブースト」
足元に集中する。
藤村の足元で風のような衝撃がブワッと走った時、目標をロックオンした。
地面を蹴り、その天使へと向かう。
その速度は一瞬だった。
「チャージ・スラスト!!」
そういった時には既にタックルが天使に到達していた。
その追撃で無防備となった天使の腹に尖ったハンマーが貫通し、突き上げる。
その追撃に耐えることなく、宙で天使は貫通した部分からススとなって消えた。
空は清々しいくらいの青空だった。
「さて、と。出勤しますか」
ーーゆーじ、後ろ!ーー
頭の中で突然守護聖獣ーーライノの声がする。
振り返ると、電車が猛スピードでこちらに向かって走ってきていた。
車掌は死に絶え、1人の能力者と思われる青年が必死に前から電車を押し、止めようとしている。
「なんだい、今度は」
……このまま進めば確実に死人が増える。
その答えに行き着いた時には藤村は既に前から春彦と同じように押さえつけていた。
ガリガリと音を立てながら走る電車。
スピードが落ちているのかもわからない。
2人の思いは、
……落ちる前までに止める。
これしかなかった。
崩壊したところへと近づいていく暴走列車。
藤村はもう一度ブーストを発動した。
その途端、電車のスピードが急激に落ちる。
「クソッ、止まってくれっ……‼︎」
春彦が叫びに近い声を上げる。
電車はまだ、ジリジリと動いている。
突然、藤村の姿が消えた。
それと同時に春彦の足元も抜ける。
春彦は浮遊し、電車を止めようとしたが、1人消えては止めることも出来ない。
下では砲弾のような音が聞こえた。
おそらく地面に叩きつけられたのだろう。
春彦には振り返る余裕はない。
1車両目が宙に浮いている。
そこへ警察のパトカーが到着した。
ーー離れろ、春彦! このままいくとお前も巻き添え食らうぞ!ーー
ヴァンの必死な声が脳内から聞こえてくる。
ふと、この電車の乗客の表情を思い出した。
春彦は動こうとしない。
ーーおい、聞いてるのか!ーー
……ダメだ、ここで諦めたら乗ってる人が大勢死ぬ。
頭をフル回転させた。
どうやったら1人残らず人を救えるのか。
そこへ藤村が戻ってきた。
ゆっくりとではあるが、未だに電車は落ちようとしている。
下からは警察の悲鳴に近い「一旦退散」の命令が聞こえる。
春彦は突然電車から離れた。
藤村はその春彦の行動に驚きを隠せない。
「君! 何するんだ!」
春彦は答えようともせずに目を閉じ、両腕を左右に広げ、下から何かをすくい上げるようにして腕を上に挙げた。
「……アップドラフト」
その刹那、すごい勢いの風が下から上へと舞い上がってきた。
その風の中には石ころや葉などが混じっており、春彦と藤村を襲う。
「なんなんだ、この風は!」
「あぁ、俺の帽子が!」
「ちっ、痛ぇな石ころなのによ!」
また警察の愚痴やらなんやらが聞こえてきた。
……軽くなった?
ふとそう思った藤村は、石ころなどの邪魔をものともせず電車を下から持ち上げた。
電車の窓にも石が直撃し、窓ガラスが割れる。
悲鳴が中から聞こえたが、死ぬよりかはマシだろうと春彦はその技を続けた。
やがて電車は線路と平行になるまでに持ち上がった。
「んじゃ、押しますよっと」
藤村が手を電車にかけ、押し始めた。
事件は終わりを告げた。
春彦たちが駅を通り過ぎてから、たった10分くらいの出来事だった。
鉄橋の近くには野次馬とテレビ局、警察でごった返していて春彦と藤村は見つかってはまずいと、近くの路地裏でクロスを解くことにした。
春彦は今までにない規模の風を操ったために疲れがどっと押し寄せ、クロスを解くとその場にへたり込んでしまった。
「君、お疲れ様」
藤村は手を差し伸べ、春彦を立たせると春彦は驚きの表情を藤村に向けていた。
「あ、えと。あなたは?」
「ん? あぁ、私はああいう風に変身するとガタイがまるっきし変わるからね。そうなるのも無理ないね」
メガネを細い薬指で正しながらそう説明する。
ここまで聞いて、初めて春彦は理解する。
「お、お疲れ様です!」
「ははっ、そんなかしこまらなくていいよ。」
藤村は手を前で控えめに振りながら、笑っていた。
「実際、私みたいな能力者に会えたのがこれが初めてなんだ。もっと話してみたいが……」
そう言って藤村は時計に目をやる。
遅れるとは会社に言ったものの、日本の社会では1分足りとも"遅れ"というものは許されない。
「よし、私はこれから会社なので失礼するよ」
スラックスについた少しの土埃の汚れを払うと、黒い鞄を持ち、振り返って歩き出した。
「あ、あのっ‼︎」
「ん? どうかしたかい?」
春彦は呼び止めたが何を言おうとしたのかもわからずして訊いていたらしい。
「いえ、また共闘する時が来るんですかね」
咄嗟に出た言葉はそれだった。
「んー、できれば闘うことがなくなればいいけどね。まぁ、そうなった時はよろしく」
手を肩の横で振りながら藤村は去っていった。
そこで春彦の携帯が鳴る。
電話に出ると大地からだった。
『おい、春彦! お前、今どこにいるんだよ!』
「あぁー。ごめん、完璧に忘れてた。あれだよ、電車を止めてた」
『電車止めてたぁ? さっきのやつか? てか今、俺ら歩いて映画館の近くのコンビニにいるから早く来い! 待ってっから』
「わかった。出来るだけ早く行く。そうそう、また能力者に会ったよ」
それを言った時には既に電話は切られていた。
「おい、なんであの時、私のいうことを無視した?」
今度はヴァンだ。かなり怒っている。
でも理由なんてない。ただ、
「使命感? 的な?」
「何が使命感だ、お前さんみたいな弱いのが」
「うるさいな! 良いだろ、人助けくらい」
「ふん、私はお前さんさえ護れればそれでいいからな。正直言って関係ないね」
手のひらから音もなく降り立った。
「とにかく、自ら死にに行くような面倒な真似してくれるな、こっちまで面倒になる」
そう言うとちょこちょこと歩いていってしまった。
ある程度まで進んだ時、突然後ろを振り返り、こんなことを言ってきた。
「こっちで合ってるよな、その映画館て」
春彦は笑いながら「こっちだよ」と言って、手のひらにヴァンを乗せて歩き出した。
とある田舎のアパートの1部屋。
ここで2人の子とその母がやっとの思いで暮らしていた。
ある日の夜の出来事だった。
母は夜勤に出かけ、家を開けていた時にその出来事は起こった。
「……幸せになりたくないか?」
その声は2人の子供の耳にハッキリと聞こえていた。
だが、鍵はどこも締まっているのを確認したばかりだ。
「だ、誰かいるの?」
姉が声を上げる。
するとそこに現れたのは30歳くらいの天パがかった外国人顔の男だった。
「どこから入ってきた! それにオメェは誰だ!」
弟が敵意を露にして怒鳴りつける。
姉は止めようとするが、弟の口は減らない。
「何が目的だ、金か?」
するとその男はその弟を落ち着かせるような口調でこう言った。
「私か? 私は神、ですよ」
両腕を広げてみせる。
だが、そんなものを信じる人はまずいない。
「何がしたいんですか? 警察に連絡しますよ?」
姉が携帯の発信ボタンに指を置こうとしている。
「そんなことしても無駄だね。あいつらには私は捕まえることは出来ない。それどころか、私のことを逃がすだろう」
「……コノヤローッ!!」
弟が男に突進する。
しかしその男は捕まることなく、その突進を避けた。
「もう一度聞こう、幸せになりたくないかな?」
「なれるなら、なりたいですけど……」
姉が俯きながら答えた。
「……そんなの信じてられっかよ」
ようやく、落ち着きを取り戻し始めた弟が背中を壁にあずけて言った。
「それならお試し期間を与えましょうか」
2人してみれば思いがけない返事だった。
さらにその男は続ける。
「日が越えて、半日間、あなたがたに特別に幸せを与えましょう。それで君たちが決める。これでどうだ?」
姉はその返事に躊躇ったが、弟が
「あぁ、乗ってやるよ。本当なんだろうな」
と、軽々しく承諾した。
「愚かだねぇ。これほど簡単に乗るとは。まぁ、せいぜい楽しんで。私は見守らさせてもらいますよ」
そう言い残して男は姿を消してしまった。
その次の日、彼らは幸せな思いを沢山した。
半日ではあったが、その半日の間に両手で数え切れないほどの体験をした。
しかもあの男が言ったとおり、半日を過ぎた時パッタリといつも通りの生活に戻った。
現状が変わるほどの幸せをつかんだわけではなかった。
その日の夕暮れ、またあの男が家の中に現れた。
「どうだ、これがずっと続くんだ。いいことだと思わないかい?」
「お前みたいな、神にはなれねぇのか?」
そう言ったのは弟だった。
さらに弟は話を続ける。
「見ての通り、俺らは貧しい生活をしてる。ぼんやりと思ったんだけどよ。お前の力、神の力さえあればこの現状を変えられるかもしれねぇって」
「ほぉ、これは面白いねえ。だが、それは私には決められない。いいだろう、天界へと1度連れていこうじゃないか。あなた達のその目、気に入った」
そう言ってその男は2人の肩に手を置き、天界へと誘った。
裏で動き出した謎の男。
この男の目的は一体?
次話、誰かが覚醒する。




