第12話 神の侵攻
月が出始めた夕暮れ、上空には天使の大群。
さらにそのトップと思われる、神。と、2人の怪我人。
かなり状況は悪い。
もしかしたらここで自分は死ぬのかもしれない。
それを察してか城ヶ崎さんが春彦の肩に手を置き呟いた。
「ここは私が行く。君はここで休んでいろ」
「いえ、僕も行きます」
ヨロッと立ち上がったが、すぐにそのまま地面にへたり込んでしまった。
「無理はしちゃいけない。君は回復に専念してくれ」
……情けない。
と思っていたが、体は言うことをきかない。
城ヶ崎さんはザッザッと春彦の前に歩み、上空にいる神に顔を向け言った。
「お前さんは誰だ?」
その神はゆっくりと地面に降りてくると見下すような口調で淡々と話し出した。
「僕のことを知らないのかぁ。やはり君たちは愚かだな。ハデスだよ、僕の名前は。聞いたことはー、あるよね?」
城ヶ崎さんは固まる。
ハデスは今まで倒してきた奴らと全く違うオーラを放っている。
神だ。今まで戦ってきた天使とは訳が違う。
ハデスのおしゃべりな口は止まらない。
「いぃやー、正直自分の手下のラファエルがやられた時は驚いたね。負けるはずないんだから。その後ろのやつにさぁー」
城ヶ崎さん越しに春彦を見る。
春彦はとにかく目線だけで威嚇をする。
「ハハッ、怖い目ぇしちゃってぇ。本当はもう戦う気力すら残ってないんだろぉ? なら、今ここで殺してやるよ」
そう言いながら一歩一歩と近づいてくる。
城ヶ崎さんの横を過ぎようとした時、小声で何かを城ヶ崎さんは呟いた。
「…………けよ」
「んー? なんか言ったかぁー?」
左頬を吊り上げるようにニヤリとしながら聞き返す。
「あの子を殺す前に私を殺していけ!」
言葉を言い終える頃にはハデスの下に潜り込み、顎を蹴り上げた。
勢いよく仰け反る。
城ヶ崎さんの攻撃は止まない。
2発3発と蹴りを当てていき、最終的に脚を抱え込み溜めを作る。
溜めを作った脚を黒い何かが覆う。
そしてよろけたハデスが顔を上げた時に一気に顔面に蹴込んだ。
蹴りは黒い衝撃波を生みハデスを飛ばす。
塀を突き破り窓ガラスが砕ける音がした。
城ヶ崎さんは息切れしている。
もしかしたら今の技は……
「おぉい、君ぃ。僕の技で攻めてハデスをやっつけました、めでたし めでたしってかぁ? そんなんで僕が死ぬ訳じゃあないんだよぉ? しかもなかなかやってくれるじゃないかぁ。血、どうしてくれんの?」
城ヶ崎さんの肩を掴んだのはハデスだった。
今、吹き飛ばされたのに一瞬にして移動してきた。
神のレベルは普通のものとは違う。
そしてまた、フッと姿をくらました。
姿が消えたと思った瞬間城ヶ崎さんは空中に体を投げ出した。いや、投げ出されたのだ。
1人で動くには不自然な動きをしている。
……やばいこのままだと。
体はまだ動かない。
城ヶ崎さんは地面に叩きつけられ、動かなくなった。
またハデスが姿を現した。今度は春彦の目の前に立っていた。
「邪魔者は消えた。次は君の番だよ?」
上空に天使の大群。
動かなくなった仲間。
仁王立ちをし、薄ら笑いを浮かべる神、ハデス。
春彦は死を覚悟した。
ちほは大地に近づいて言葉をかけていた。
しかし、いくらかけても返事はない。
涙が溢れそうになる。
でもここで泣いてはいけない、そう思った。
激しい戦闘音が聞こえる。
……私だけでも戦いに行くべき、だよね。
自分にそう言い聞かせて、立ち上がった時に大地は目を覚ました。
「あれ、宮城。なんで泣いてんだ?」
……どうやら私は泣いていたらしい。
地上のでかい塀の崩壊する音が聞こえた。
彼らがやられてないことを祈る。
「あいつらまだやってるのか。俺らも行かねぇと、な」
剣を支えにして立ち上がり、出口へと向かって歩き出した。
頰の傷は滲んでいる。
「大丈夫なの? その体で」
思わず、歩いていく大地の手をちほは掴んだ。
振り向きもせず、大地は呟く。
「ここで休んでて、春彦たちが死んだらどうする。全部片付くまで戦闘は戦闘だ。俺は大丈夫だけど、宮城はいけないのか?」
その通りだ。
仲間が死んだら勝ったとしても元も子もない。
「ごめん、大丈夫。いこう」
手を離すとちほたちはで口に向かって走り出した。
……自分は死ぬのかもしれない。
そう思って目を瞑った。
痛みは何も感じない。
死ぬ時はこんなもんなのだろうか。
そう思いながらそっと目を開ける。
誰かが自分の前に立っている。
暗くてよくわからないが、この影は……
「くそぉ、何なんだい君はぁ。僕が殺したいのは君の後ろのやつなんだよ。棘マントとか、鉄の塊で攻撃されると面倒だからさ、どいてくれない?」
どうやらしばらくの間気絶していたらしい。
それに、見た感じだとハデスはかなりダメージを負っている。
それに天使の群れはほぼ壊滅状態だった。
「春彦先輩は殺させませんよ。僕の恩人ですから」
……この声は。
「輝也君かい? どうして君がここに」
振り向かず答える。
「あんな、でかい音聞いたら絶対何かあるって考えるのが普通でしょう。先輩は回復に専念してください!」
年下に言われると変な気分になるが、体は動かないので素直に言うことを聞く。
「もう、君たちめんどくさいよぉ? しょうがないなぁ。棘の君から殺してやるよぉ‼︎」
フッと姿を消した。
輝也君が棘マントを羽織った。
すると蹴りで攻撃する寸前で止まったハデスが露わになった。
すかさずそこに輝也君は先程のハデスが飛ばされ割られた家の中からテレビを飛ばす。
見事命中し、飛ばされそこで倒れた。
さらに輝也君は手を上にあげた。
するとみるみるそこに鉄が組み込まれているものが集まり出し、一つの大きな棒を作り上げた。
そして追い討ちをかけるようにして、それでハデスに振り下ろす。
ズドンと重たい音をたてると、バラバラとその棒は形を失い、元の一つ一つのものに戻った。
が、その時には既にハデスの姿はなかった。
「舐めてかかりすぎたよ。次は形が残らないように潰してあげるよ……ハハッ……」
耳につくような笑い方で笑うと風が横をさっと抜けた。
どうやら撤退したらしい。
そこにちほが上がってきた。
大地の姿はない。
春彦は嫌な予感がして、立ち上がった。
自然と痛みはない。
おそらく不安が勝ってしまっているのだろう。
崩壊した小屋に向かって走り出していた。
大地は目を覚ました。
どうやらまた、気絶していたらしい。
……ここはどこだ?
周囲を見回して納得がいく。
自分の部屋だった。
「良かったなぁ、大地。全身打撲と切り傷で済んだのは俺様のおかげだぜぇ?」
……この声は。
「ゲルザー、俺あの後どうなってたんだ?」
天井を見つめながら質問した。
「ん? あの後か? あの後、歩いてる途中で力尽きて気絶しちまったんだよ。んでその後、春彦が来てなぁ。奴もかなり怪我をしていたが、必死にお前を持ち上げてここまで運んできたって話だ。まぁ、途中から二人がかりになってたがな。」
時刻は0時。時間の感覚が狂ってる。
「腹、減った」
「今、台所に行ったところで何もできないのがオチだろ」
ふと机を見るとお茶とお菓子が並んで二つ置いてあった。
そのお菓子とお茶を飲むとまた、死人のように眠りについた。
翌朝。
春彦は学校に着くとまず荷物を置き、大地と合流して隣のクラスへと向かった。
ちほはクラスメイトと話をしていたが春彦たちを見つけると友達に何かを告げてこっちにやってきた。
「守護聖獣の名前を呼べばいいのね?」
「うん、俺のはヴァンで大地のは……」
「ゲルザーだ。お互い見えるようになった方が話題が広がるっつかー、な? だから俺たちにも宮城の奴の名前も教えてくれよ!」
「私のは……」
と一瞬の間が空く。
顔を肩に向けている。
おそらくそこにいるのだろう。
「私のは、卯吉っていうの」
「わかった、卯吉でてきてよ」
大地も続くようにして呼ぶ。
「卯吉ー、俺にも姿見せてくれー」
そう言って現れたのは黒いシルクハットを被った白兎だった。
いかにも紳士な風貌のウサギだ。
「昨日はうちのお嬢が世話になったね」
口調も紳士な感じだ。
「い、いえいえ。仲間が増えて良かったです」
「宮城、お前も言ってみたらどうだ?」
大地がちほの顔を見ながら言う。
「うん、そうだね。ゲルザーとヴァン! 私もあなたたちを見てみたい!」
また、仲間の輪が広がった。
危機を乗り越えることができた、春彦たち。
そんな春彦たちに夏休み前最後の行事が訪れる。