彼と彼女
完結
◇終幕
ポツポツと雨が降っていた。
いつしか降り出した雨が、私の制服を塗らし、布地べったりと張り付いていた。
そう言えば、午後は降水確率七十パーセントだっけ?
傘ないなぁ。もうどうでもいいけど。
ひどく落ち込んでいた。今日だけで自分が分からなくなってしまった。べつに聖人君主みたいになりたいわけじゃない。
だけど、人並みに性格良いと思っていた。それは……。
「ほんと……最低じゃん……」
口から言葉が漏れ出し、顔は雨やら涙やらでぐちゃぐちゃだ。たぶん、今はイケメンじゃないと思う。
道を適当に選択し、目についた公園に入った。雨天の児童公園は空っぽ。誰も居やしない。
そっとブランコに腰掛け、ブラブラと揺らす。かばんの中から、義理チョコだしてパクリと食べた。いっつも甘さばっかり感じるチョコはめっちゃ苦かった。思わず吐き出しそうな程に。
パッケージを見れば、カカオ九十九パーセント文字が。キャッチフレーズは、“人生はほろ苦く”だそうだ。
「ほろ苦いどころか、苦すぎて泣きそうだよ」
乾いた笑いがこぼれ落ちる。このまま雨の中に溶けてしまいたかった。
しとしとと落ちていく雨、キリキリと悲鳴をあげるブランコのチェーン、ずぶぬれの私。
「ほれ、俺が風邪ひいちまうだろうが」
傘が差し出される。
「ふぇ?」
男らしい言葉は、ソプラノだった。顔をあげれば、私が立っていた。正確には、私の体が。
「たっく探したんだぜ。ぜんぜん捕まんねぇーのな、俺って」
先輩はため息をつく。やれやれと首を振っているトコを見ると、苦労したのかもしれない。
「うぅ……ご、ごめんなざい。本当に、わたしっ」
気がついたら、先輩に泣きついていた。
なんでも良かったのかもしれない。誰かに励まして欲しかった。
「えーと、まぁ、うん、大変だったな」
先輩は柔らかな手で撫でてくれる。私は自分の体の暖かさに包まれていた。
冷たい雨は傘が遮り、ぬくもりに包まれて。
私はずっとずっと泣いていた。
どれくらい経っただろう。
泣きつかれて顔をあげたら、先輩の顔、つまり元の状態に戻っていた。
当然の帰結として、先輩の顔は涙でぐしょぐしょ、制服は雨でぐっしゃり。
「あ……ご、ごめんなさいっ」
「まぁ、いいけどさ。へっくし。さみーなぁ」
先輩は寒そうに身じろぎする。本当に申し訳ない。
「い、今すぐにでも帰りましょう。こっからなら私の家が近いですしっ!」
あわあわとしまくった。大混乱だ。先輩の手を引き、連れて行こうとしたが。
「……待てよ」
ブランコのほうへ引き戻されれしまう。
先輩は私のカバンを指差す。
「……?」
「チョコ、持ってきたから、俺にくれ」
「……え?」
言われてる意味が理解できなかった。でも、先輩の言うとおりにカバンをあければ、今となっては懐かしい私のチョコレートブラウニーがあった。
「でも……」
由佳の顔がよぎる。私は最低すぎる。ここで先輩に渡す事ができても納得できない。そんなのは嫌だった。
「やっぱ、自信過剰だったか。わりーな」
先輩はブランコから降り、スタスタ歩き始める。
「え?」
「ん? なんだよ、俺、おまえの事好きだったから貰えんじゃね、とか浮かれてたけど。違うんだろ」
先輩は、どことなく悔しそうだった。
「おまえ、俺の練習いっつも見に来てくれてたし。けっこう嬉しかったんだ。そのくせ、俺が近づくと逃げちゃうし。嫌われてんのかと思った」
「でも……」
それがたとえ本当だとしても今はごめんなさい、だ。本当に身勝手かもしれない。でも、私は嫌だった。
先輩はぽりぽりと頬を掻く。
「どうせ告白断ったの引きずってんだろ」
「……っ…」
「それについては、俺が悪いから気にすんな。俺がしっかり普段から好きな奴いるって言わなかったから……嫌な思いさせちまったな」
そっと先輩の手が、私の頬に添えられる。真っ直ぐに向けられた瞳がじっと見つめてくる。
濡れそぼった先輩の髪は、頬に張りつき、毛先からは雫が滴っている。
「重要なのは、俺のこと好きかどうかだろ?」
そっと頬のあたりに柔らかい何かが当たった。