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猫と彷徨う世界  作者: 八仙花
第二章 猫を巡る冒険……の、始まり
9/11

〈1〉旅の始まり

よろしくお願いします 。

「で、どうしたいわけよ?」

 サイはラグにひっついて離れようとしない紫色の髪の男を睨みつけて凄む。

 男はサイのそんな視線にひるみながらも、ラグの上着の裾を掴んで離そうとはしない。

 先ほど水をぶっかけたのがどうやらかなり堪えたらしく、サイとは目を合わせようともしない。

「お前はどうやら“猫”を知っているらしいが、どうしてだ? 研究者か?」

 自分たちでさえ断片的にしか知ることができなかった“猫”のことに詳しそうな人物、マタタビ酒の効果を知っていそうな人物……ラグから離れようとしないその姿はまるで、生まれたての雛が初めて目にした動くものを親と誤認して離れない刷り込みのような懐き方で、図体がでかい子供のようだが、あの“猫”の関係者である可能性が高い以上、油断できない人物であることは確かだ。

「……“あれ”は……友達の……“猫”だ」

 男はサイの質問におどおどと脅えながらも、歯切れ悪く答える。

 友達の猫。

 男の言葉に、サイとラグは密かに視線を交差させた。

 “猫”の所有者、もしくは“飼い主”、ということは、その“友達”は既に200年前にこの世界から駆逐されたはずの“魔術師”の生き残りである可能性が高い。つまりはもしかしたら、この男の背後には、今では伝説でしか語られないような、国を守ったり国を襲ったり、国とともに戦ったり国を欺いたりした、たった一人でありながらも絶大な力を誇る“魔術師”という友達が控えているかもしれない……

「君が“猫”を探してるのは……友達のため、だから?」

 ラグが優しく男に問いかけると、男はこくり、と素直に首を縦に振る。

 頭二個分も背が小さい方のラグが、まるで幼子に問いかけるように先程まで野垂れ死にそうだった男に対して優しく問いかけると、男はサイに対する時とは違って、ちょっと嬉しそうに顔を綻ばせた。

(なんだよ、マジで刷り込まれてんじゃねえか)

 男の表情にラグが懐かれたことを確信したサイは、小さく舌打ちをする。

 まあ、ラグがサイよりも人好きすることはいつものことだから仕方がない。

 見た目美少年のラグは、その本性を知らない者たちからすれば、男女を問わず人気がある。

(実際は俺よりも大雑把で俺よりも無神経で俺よりも凶暴なんだけどな)

「言っとくけどな?俺らは賞金稼ぎだぞ?そしてお前が探している“友達の猫”には、莫大な懸賞金がかけられている。俺らはお前を利用することしか考えてないんだぞ?」

 サイの言葉に、ラグは眉間にしわを寄せて大きくため息をついた。

「なんで全部ばらしちゃうんだよ?たとえまた賞金のために捕まえるつもりだったとしても、彼の協力は効果的なのに。彼が”猫”の生態については僕らよりも確実に詳しいだろうからね」

 つまりラグは、“猫”の探索に彼を同行させよう、というつもりらしいが……サイは頭を抱えた。

「自分のことを差し置いてあんまり言いたかないが、ラグ、こんなどこの馬の骨ともわからない胡散臭いやつを連れてくなんて、危険極まりない、やめておけ」

 行き倒れになるような旅慣れてない上に、なんの戦力にもならなさそうな線の細い体格……何か起こったときには足でまといになることは確実だろう。

「でも悪い人じゃないよ」

 ほらきたぞ。サイは気を引き締めた。

 ラグからこの言葉が出た、ということは、ラグは既にこの男のことを自分の保護するべき対象、として見ている、ということだ。

「あのなあ、誰だって最初から悪い人には見えない。悪い事を生業にしているやつじゃない限り」

 それこそ、分かりやすい悪役キャラの方が御し易い。腹で何を考えているかわからないやつの方が危険なのだ。

「僕って、結構そのあたりの鼻は効くほうだけど」

 純粋な少年の目をしてよくも言う。

「そうやって自分を過信してると、いつか足元すくわれるぞ?」

 今までだってどれだけいろんな策略にハメられてきたことか……

「“黒いチューリップ”騒動の時もそうだっただろう?」

「あれは僕のせいじゃないし、僕は何もしてない、ってか、もうあれは蒸し返すなよ。それに、言いたかないけどサイだって始めは得体の知れない記憶喪失者だったじゃん」

 ラグの言葉にサイは一瞬「うっ……」と言葉に詰まるが、すぐに反論の言葉を見つけ出す。

「悪いが今でも俺は、“得体の知れない記憶喪失者”のままだ」

 自分で言っていて虚しいが。

「じゃ、問題ないじゃん。僕、酒癖以外はサイを信頼してるもん」

 その気持ちは嬉しいし、その気持ちがあるからこそ、自分はこうしてこの世界で生きていけている、しかし……

「そこが甘いんだ。ほっておくと、誰でも信用するその警戒心のない性格を早く直せっていうの。よくそれで今まで生きて来れたよな!?!?」

「それは僕が最強なわけだから……」

 そうだ、いつもそこで話が終わってしまう。この少年のチートな最強さは、ある意味この少年の弱点でもある。自分よりも強い輩に未だ出会ったことがない少年……誰よりも強い自分が当たり前、という意識の少年……

「それが過信だっていうんだ!!」

 警戒心を持つことは、臆病ではない。危機感を持つことは、逃げ腰なわけではない。それらを克服しようとする弱者の知恵だ。しかしそれをこの少年は、実感として理解していないのだ。

「……あの……」

 既にサイもラグも、二人の口論に夢中になり始めていて、周りの声が聞こえなくなっていた。

「サイと出会う前だって一人で旅してたけど、ほとんど問題は起きなかったよ?」

「それは単に運が良かっただけだろう、悪いがこの世界は、どう考えてもお前のような奴が一人で渡っていける治安じゃない」

「……その……」

「でも腕がたつ上に運がいいのって最強ってことでじゃん」

「……え~~っと……」

「そんな風に考えることがまだまだあまちゃんなんだ!!」

「……私は……」

「僕があまちゃんじゃなければ、サイは今頃、山賊の餌食だったじゃないか!!!」

 サイの言葉にラグは反論の言葉に詰まってしまった。

 そうなのだ、彼がいなければ今頃自分は……

「あのぉ」

「「なに!?!?!?!?!?!?」」

 サイとラグが苛立った表情で他人に声を荒げる。その声を向けられた男は一瞬びくりとたじろぐが、それでもやっと注意を向けられたことにどこかホッとした様子だった。

「私のことで口論になってらっしゃるようでしたら、私のことは気になさらないでください。あの子を探すのは、私にとって、当然のことですし、あなた方の手を煩わせるつもりはありませんから……」

 男の言葉に、サイは直感で「やばい」と感じた。

 謙虚な人間を、ラグはとても好む。自分とサイの口論に責任感を感じている様子の男の躊躇いがちな姿は、サイの好物だ。そんな人間が頼りなげであればあるほど、サイは責任感を抱いてしまうのだ。

「気にしないでください、この男は何でもかんでも面倒がりなだけなんです。困ってるあなたを見捨てるなんて、そんなことはしませんから」

 菫色の髪の男はラグの言葉に嬉しそうに小さく礼の言葉を口にする。

「下手をすると野垂れ死んでいたやつを拾って世話するのが、コイツの趣味だからな」

 サイの言葉にラグはじろり、と睨みつけてくるが、事実だ。

「……ま、どちらにせよ、一旦落ち着いて自己紹介でもしようか。サイからどーぞ」

 なんでだ。

 おそらくラグは、しばらく彼と行動を共にするつもりなのだろう。猫が見つかるまで、という限定条件ではあるが、共に行動するのならば互いに最小限の情報は必要だろう。

「俺はサイ……他に自分を紹介できることなんてないんだけど……2年前に記憶喪失で野垂れ死にそうなところを、コイツに拾われた。今は自分の記憶と故郷を探してコイツの旅に付き合っている」

 一瞬偽名を名乗ろうか、とも考えたが、先程からラグと互いに名前を呼び合っているところを見られていることを考えると、それは無駄だ、と判断した。しかし、記憶を失っている状況で名乗った自分の名前について信憑性はない。自分だって、どうして自分が“サイ”と名乗っているのかはわからない。本名なのかもしれないし、通称なのかもしれない。

「僕はラグ、ラグ=ピーチェル、ペテル村出身で賞金稼ぎをしてる。好きなものは決闘、嫌いなものは……甘いもの……19歳だけど、王都主催の武術大会では4年連続で優勝してるから、一応腕は保障されてる」

 いろいろ突っ込みどころの多い自己紹介だった。

 まず、ペテル村出身の賞金稼ぎ、という点だが、ペテル村自体が賞金稼ぎばかりの村なのだ。

 土壌も痩せており、周りにこれといった生産資源のない痩せた土地のペテル村では、代々賞金稼ぎが村の財政を担っていた。男たちのほとんどは腕のたつ武人で、女性の中にも男に負けない腕をもつ手練も少なくない。狩猟を中心に生計を立てている中でも、国に収める税金やその他生活物資の購入のために、村の中で腕のたつ10人の手練が、賞金稼ぎとして年がら年中各国を旅している。

 王都の武術大会での4回連続優勝というのは、11歳から参加してから4年連続で優勝した上で、15歳の時に一度だけ準優勝に甘んじ、その後再び4連続勝利を勝ち取ったわけだから、実質の名声はとんでもなく響き渡っているのだ。

「……で、お前は?」

 サイは続いて男に自己紹介を促す。

 どこまで真実を言うのだろうか、どこまでこちらをごまかす技術を持ってるのだろうか……

 サイもラグも、 もちろんそのあたりのアンテナはしっかりと立てている。

「私の名は……“菫“」

 まずは偽名だろう。二人はため息をついた。

 わかり易すぎる偽名には、男の浅はかさが浮き彫りだ。

 “猫”という超稀少生物を付け狙う者たちからしてみれば、彼の存在は隠すべきものなのかもしれないが、それにしても、そのまんまだ。

「“猫”がこの世界で珍しい生物であることは理解しているつもりだ。しかし、我々はただただ家族として、“生きている”だけなのだ……私は“猫”の存在を隠し通さなければならない。なぜなら……」

 “菫”と名乗った男は、真剣な眼差しで、サイとラグを見つめた。

「“猫”の存在が知れ渡れば、我々の村は“終わり”を、迎えなければいけない」

 そういった“菫”の顔には、困惑と焦燥と……そして、悲哀が溢れていた。

始まり、と言いつつ、まだ動いてません。

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