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猫と彷徨う世界  作者: 八仙花
第一章 捕まえられて逃げられて
6/11

〈6〉国使たち②

よろしくお願いします。

 ざわめく群衆を騎士たちに鎮めさせ、門番には領主を呼ぶように命じた。

 やってきた領主はシルヴィを見ると恐れ慄いてブルブルと震えだした。

 「こんな美少女を見てそんな青い顔をするなんて、なんて失礼な男なのかしら」と呟くシルヴィの言葉が耳に聞こえないのか、「あ、あ、あなたが……噂の【魔女姫】……」とさらに失礼な呼び名を口にしてしまい、リドに締め上げられた。

 門の前の人だかりの中で話ができず、一旦落ち着くことも含めてシルヴィたちは人だかりを避けて門を離れることとなった。

 街を囲む壁から少し離れたところを流れいてる川の岸辺……といっても、川面まで10mほどの高さがある、ほぼ“崖”といってもいい川べりだったが、誰かが忍び寄ってくる不安はない。馬車を川べりに寄せて、三方を兵士に見張らせると、即席の密室の出来上がりである。

 シルヴィとリドと領主の三人が、馬車の中に乗り込んだ。

「で、詳しく聞かせていただきたいのですが、ソーマル殿。“猫”が逃げた、というのは本当ですか?」

 本当ならば、国使としては、それ相応の処罰をくださなければならない……

「違うのです、違うのです!!! あれは……そうです、伝説の大泥棒の仕業なのです!!!」

 領主はリドの尋問と、目の前に座る噂の【魔女姫】の存在に、恐怖で顔を引きつらせながらも、自分の非をなんとか免れるように言い訳を口にした。

「大泥棒?」

「国使殿もお聞きになられたことはございましょう? 例の各国を飛び回り数々の財宝を盗み出した大泥棒【ルパン9世】の仕業です!!!」

 その噂なら、聞いたことがある。身元不明、年齢不詳、その姿を誰も見たことがない、という大泥棒……“9世”という呼び名から、代々受け継がれてきた名だということがうかがい知れるが、その前にいた先祖の名前は全く知れ渡っていない。

「ならば、“猫”は既にもう取り返せない、ということか?」

 9代目の大泥棒の盗んだ財宝は、二度とこの世の表には現れない、と噂されているのだ。

「そ、そんなことはありません!! その泥棒を見つけ出して取り返すために、我々は門を閉ざして……」

 つまりは、泥棒捕獲のために門戸を閉ざしている、と言いたいらしい。

「ということは、“猫”を取り戻すことができれば、芋づる式にその大泥棒も確保できるわけだな。それは素晴らしい。その両方を捕まえることができるなどと、国王直々のお褒めの言葉どころか、褒美の額は計り知れない上に、国の重責を担う役職への任命も思いのままだろう」

 リドの言葉に、領主は何度も何度も頷く。

「しかし」

 リドは冷たく言葉を切った。

「例えばどちらかだけでも、捕獲できれば問題はないが、かの大泥棒の名前を出したからには、その両方とも逃してしまったとなると……おまえの首が飛ぶだけで、済むかな?」

 リドの凄みの効いた睨みに、領主は恐怖で気を失った。


「本当に盗まれたのかしら?」

 気を失った領主を尻目に、シルヴィは噂の大泥棒の話にワクワクする気分を隠さない。

 リドはそんな無邪気な様子に溜息をついた。

「【ルパン9世】の名を出してくるあたり……盗まれたという主張はあまり信憑性に乏しいですね」

「どうして?あの大泥棒なら、どんなものでも盗めるんでしょう?」

 それこそ噂だ。確かに被害の数はいくつか報告されているが、どこも大した警備がされていない無防備な屋敷への侵入、窃盗であり、偶然、その盗まれたものの中に、国宝に指定されるくらいの貴重な宝物が“なぜだか”紛れ込んでいたという報告があったため、噂が噂を呼んだのだ。実際には既に盗み出されており、現物の確認が出来ていないものばかり。真実は闇の中、なのだ。

「しかし今回、実際にその大泥棒が“猫”を盗んだとすれば、門戸を閉ざす理由がわかりません」

「どうして?」

「考えても見なさい。あの大泥棒は空飛ぶ羽を持ち、海を渡る尾鰭をもつ、とも言われる超人扱いの御仁です。これくらいの城壁なら、彼には壁にもならないでしょう。門を閉ざして人を外に出さないようにする必要が、ありません」

 まあ、すべて噂なのだが。

「そうか……確かに……」

 自分も【魔女姫】と呼ばれてきた存在だ……人の口を介し移りゆく風評というものがとんでもなく変化していくことは知っている。実際に自分ではできないようなことも、思っても見ないことも、全て自分の策略によって、自分の魔力によって行われた所業だ、と周りから恐れを含んだ瞳で見据えられたことも数え切れないほどにあった。

「じゃあ、リドはこの領主の話が嘘だって言うの?」

「ええ、少なくとも……【ルパン9世】などという大泥棒はこの街には存在してませんよ。ただ、“猫”が逃げたのは、真実でしょう。彼は……自分の非を、誰かのせいにするために、もっともらしい人物の名を挙げただけに過ぎません。大泥棒よりも、卑劣な人間ですね」

 汚い虫けらを見るような目つきで気を失った領主を見下ろすリドだが、シルヴィが「領主さん、領主さん」と可憐な白魚のような手で、脂っこいぶくぶくと肥えた領主の頬をぺしぺし叩いて意識の覚醒を促しているのを見て、慌てた。

「姫、そんな汚らしい男に触れるなど……」

「そんな悠長なこと、言ってられないじゃない」

 早く状況を確認しないと、“猫”が逃げてしまうかもしれないのだ。

 この男が、先ほど面と向かって自分を【魔女姫】と呼んだ時には、さすがに少々胸が痛んだ。

 昔から、自分がそう呼ばれていることは知っている。

 【魔女姫】……まだ、その名は耳障りがいいほうだ。

 もっと悪意のある、もっと残酷な呼び名を投げかけてくるものが、今までいなかったわけではない。

 何も力がない少女が、名前だけのレッテルで期待を持たれ、恐れを持たれ、嫌悪感を抱かれ……それに折り合いを付けるのは、一生無理だ、と思ってた。

 でも、そんなことたいしたことない、と言ってくれた人がいた。

《他の奴らなんてどうでもいい。おまえが大好きだと思う人……その中に、おまえを裏切るやつが、どれだけいる?》

 いない、と即答した時、彼の笑った目は、びっくりするくらい優しかった。そして……

「では私がこいつを拷問しましょう」

 リドの言葉に、慌てて正気を取り戻す。シルヴィは一瞬、昔の思い出に引きずり込まれていた。

(あれ?なんでだろう?……こんな時に、あんな奴のこと、思い出すなんて……)

 リドはシルヴィの了承を待たずに領主を背後からひっぱりあげ、両肩に手をかけてぐいっと勢いをつけて、まるで二つ折にするかのように背骨を折り曲げ、意識を取り戻させた。

「うぎゃあああ!!! っっはっっ!!! あ、ワシは今何を……」

 目を覚ました領主は、リドとシルヴィの顔を目にすると、状況を思い出し、せっかく戻った血色の良い顔を再び青く変色させた。

「もう嘘はいいよ。大泥棒はともかく、“猫”は逃げたんだよね?」

 シルヴィの言葉に何度も頷く領主。

「それを貴方の部下たちが追っている……だから、“猫”を逃がさないために、門を閉ざした?」

 リドの問いかけにも、領主は更にこくこくと頷いた。

「私たちが到着する前に、“猫”を捕獲しないと、と、必死だったってわけね……」

 呆れた。そのおかげで、その嘘の看破のために、少々とは言え時間を使ってしまった。

 おまけに、今回の件には全く関わりのない【ルパン9世】にまで汚名を着せるなんて……

「まあ、どちらにせよ罪人ですし、汚名のひとつやふたつ、増えても影響ないでしょう」

 リドは案外そういったところは淡白だ。

 ただ、無駄な時間を使ったことに関しては、リドにとっても腹立たしいことだったらしい。

「ソーマル、俺はこれ以上無駄に時間を使いたくない。こちらの聞きたいことに、素直に真実を述べることを、今この場で誓え。そうでなければ、その首をここで切り落とす」

 剣をスラリと抜くと、剣先を領主の眉間に合わせる。

 再び泡を吹いて気を失いそうになった領主を救ったのは、【魔女姫】だった。

「リディ、いい加減にしなさい。彼はもう、私の前では嘘は使わないわ……ね?」

 天使のような微笑みを向けた【魔女姫】に、その呪いに自分がかけられたと誤解した領主は、体のすみずみにまで戦慄が走り、遠くに逃亡しようとしていた正気すら、縛り上げられてしまった。


「で、話は戻るけど……」

 領主は脂汗をだらだらと流しながら二人の国使の尋問を受けていた。

「まず捕まえたハンターというのは、どういった人物なんですか?」

 リドの問いに領主は「はい!!」と元気よく返答する。

「【トム】と【ジェリー】と名乗る二人組のハンターでした」

「トム、とジェリー……ですか……聞いたことがない名前ですね」

「新人かしら?」

 ハンターは、その業績が認められるほど、その後の仕事に影響が及ぶ。

 始めの雇用契約しかり、成功報酬しかり……中にはスポンサー契約をする者までおり、“あの有名なとあるハンター様がお気に召した酒だ”だとか、“これは実は、例の名高きハンター様にお誂えした鎧のレプリカだ”だとか触れ回れば、その品の評判が自然と高くなる。

 スポンサー契約を結んだハンターは、日頃の仕事以外にも、そのように派生したところである商品の売り上げに貢献し、そのマージンを懐にすることで、さらに潤う、という仕組みだ。

 それゆえ、名前がないハンター、となると、ある程度のレベルのハンターだと明らかなのだが……

「ありえない。腕に覚えがある並居るハンターたちがこぞって捕獲を失敗したあの“猫”を、ぽっと出の新人が捕まえらるとは考えられない」

 リドの反論も最もだった。

 実績があり有名なハンター達でも、国王の勅命にもかかわらず“猫”を捕まえられずにいることは、皆が知っている事実だ。だからそんな中、“猫”を捕まえた、となると……

「例えば、もしその名前が偽名だったとしたら、なんでそんなことを?」

 ハンターとして、実力と名声を手に掴むのなら、格好の機会だ。

「いや、不思議ではないだろう。彼らの多くは、なにかしら公にはできない、いわゆる非合法的なことにも手を出している輩が多い。今回のように衆目を浴びる手柄の場合、国使が実際に報奨を持って現れるまでは、下手に人の注目を浴びるのは避けたい、と考えていることだろう」

 なるほど、ということは、腕のたつ有名なハンターである可能性もある、ということか。

「彼らは……快く“猫”の再捕獲を引き受けてくれました。今は街の中で、探索中のはずです」

「彼らが“猫”を盗み出した、という可能性は?」

 シルヴィの問いには領主ではなくリドが答えた。

「ない、それならば、報奨金を手にいれてからでないと意味がない。それよりも考えられる可能性は、領主自身が逃がした、という可能性だ」

「な、な、なぜ私がそんなことを……!!」

 先程から散々怯えさせられていた領主だったが、流石にそのリドの推察には反論した。

「例えば既に、“猫”が捕まえられたことは知れ渡り始めている。珍しい物が好きな野次馬たちがあれほど集まっているところを見ても、それは明白だ。しかし、そこで“猫”が逃げた、となると、次に注目を浴びるのは、誰が“猫”を再捕獲するか、だ。そこで彼が自分の部下に再び捕まえさせたとしよう……手柄は、初めに捉えたハンターと彼とで、二分することにはならないか?」

「そんな……」

「逃しちゃったっていう汚名は?」

「少なくはないが、再び捕獲できた、ということによる彼の手腕も噂にはなるだろう。それにおそらく私たちが持ってきた報奨金に関しても、折半とはいかなくてもおこぼれに預かれるだろう」

「ありえません、ありえません!! もう一度必ず捕まえられる、という保証もないのに、そんな危ない橋を私が渡るわけ、ないじゃないですか!!!」

 青ざめた領主の大声に、リドは「ま、そうだろうな」と直ぐに肯定の言葉を返す。

「え?」

「今のは可能性であって、お前にその度胸があるかどうか、といえば疑わしい。それに、そのハンターに再び“猫”を捕まえるように依頼したのであれば、それなりに身銭を切っているのだろう?」

 なるほど。

「ちなみに、前金は如何程?」

 リドの尋問に領主が答えた額は、褒賞金の20分の1程度のものだった。

「それじゃ、ハンターは満足しないだろう?」

「その他、街の中での探索に関して、あらゆるところに入れ、必要な物品を私付けで購入可能な許可証を与えました」

「許可証か……街の中だけじゃ、魅力的ではないな。この街に定住するわけでもあるまいし」

 ふむ、とリドは領主の言葉にしばらく考えを巡らせた。

「……ちなみにお前のことだ、そのハンターには尾行をつけてるんだろう?」

 この男のことだ、“猫”を横取りしようという考えや、捕獲方法を盗み出そう、と考えてもおかしくはない。

「それが……すぐに気づかれて、」

 どうやら、撒かれるどころか倒されてしまったらしい。

「じゃあ強いのね!?!?」

 シルヴィが目を輝かせたが、リドはそのあたりはスルーする。

 この街のこの領主の部下の兵士だ、たかが知れてることだろう。

「それよりもちなみにどんなものを購入したのか、調べられないか?」

「それでしたら……既に調査はしております」

 意外に仕事が早い、リドは感心したが、彼が許可証が使われた購入履歴をたどって、彼らの足取りを捕まえようとしていたことは、想像できていた。

「足取りをつかむのは難しいかもしれないが。なにかヒントが隠されているかもしれない」

 領主は部下に命じて、リストを取りに行かせた。

「あ、ついでに彼らが購入したものも、揃えられるだけ揃えてきてください。重複するものは一つで結構ですので」

 【魔女姫】から直接かけられた言葉に、馬車の外にいた部下は一瞬、顔を引きつらせて敬礼した。

【ルパン9世】、【トム】と【ジェリー】……

はい、そうだす、異世界トリップモノです。

今後もたくさんいろいろ出てきます。


ええ、ええ、楽しくて仕方がないですvvvv

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