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猫と彷徨う世界  作者: 八仙花
第一章 捕まえられて逃げられて
5/11

〈5〉国使たち①

よろしくお願いします。

「……なんだ、ラグ、そんなにその男が気に入ったのか?」

 ふと気づくと、いなくなっていたはずのサイが、戻ってきていた。

 ラグは溜息をついた。寝入ったしまった男の隣で剣の手入れをしていたのだが、現れたサイは両手に何やら大荷物を持っている。

「なに。それ?」

「おお、酒だとか酒だとか酒だとか……」

「酒ばっかじゃん!!」

 何をしに行っていたんだろう。呆れてものが言えない。

「お前用に果実酒もある」

「酒であることには変わりがない!!!」

「ツマミも」

 言葉が通じない。

「だから何しにどこに行ってたんだよ!?!?」

 既にその姿から、予測はできていた。

「また町に入り込んでたんだね、そんなにいろいろ何を……あ!!! もしかして!!!!」

 ラグは慌てて自分の懐を探る。

「わりぃ、勝手に借りた」

 サイは言葉とは裏腹に悪びれることなく、ラグの前に一枚の紙を差し出した。

「許可証!!! もしかしてこれ使って、酒だとか酒だとか酒だとかをボってきたの!?!?」

「折角あるんだから使わないともったいないだろう?どうせ払いはあのマヌケ領主なんだし……」

「……まあ、盗んできたんじゃないことは褒めてあげるけど……」

 ラグは溜息をついて許可証を今度こそサイに摺られないように懐深くにしまい込むと、サイが持ってきた果実酒を受け取った。ちらり、と隣で伸びている菫色の髪の男を見る。

「気付け薬にはなるかな」

 本来ならもっとアルコール度数の高い酒の方がいい。果実酒だと少し甘いかもしれない。

「もったいない、気を失ってる奴には贅沢だ」

 ラグの言葉に慌てたサイが、慌てて果実酒の瓶を奪い取った。

 代わりに水の入った水筒を投げつけてくる。

「なんでそんな男に構うんだ?珍しい」

「はじめは手当だけのつもりだったんだけど……一度意識を取り戻した時に、気になることを言ってたんだ」

「気になること?」

 サイは男が自分たちから猫とマタタビの匂いがする、と気づいた、と話した。

「匂い!?!?」

 ラグもサイの言葉に、先程のもうひとりの行き倒れのことを思い出す。

「そういえばあいつも、言ってたな……酒臭いだとか……」

「あいつ?」

 サイもラグに、先ほど出くわした行き倒れの話を説明する。

「……何、そいつ」

 ラグはサイがくさいくさいと言われた話を聞くと、げらげらと腹を抱えて笑っていた。しかし、最後に飛び上がって屋根の上に逃げた話のところで、不意に笑みを引っ込め、興味深げに目を輝かせた。

「身体能力に関して言えば、ラグ、おまえを上回るかもな」

「うああああ、面白そう!! 戦ったら強いのかな!?!?」

「いや、あの線の細さは、戦闘向きじゃない。跳躍力は確かに認めるが、ほぼ逃走用に発達したものだろう。実際、身体も筋肉がついている様子じゃなかったしな。めっちゃ軽かったし」

「鬼ごっこなら、最近得意だ」

 ああ、そういえば。

 鬼ごっこ、と聞いて、サイは大切なことを思い出した。当初の目的を忘れるところだった。

「そんな奴ほっといて、早く猫を探しに行かないと……」

「猫!!!」

 急に昏倒していた男が声を上げた。

「うあっっ!!! いきなり!!!! びっくりするなぁ!!!」

 ラグは男の隣から飛び上がる。(一般的な高さだったが)

「コーラット!! コーラットは無事か!?!?」

 菫色の髪を振り乱し、男は先程まで伸びていたとは思えないほどの元気さで誰かの名前を呼んでいるが……再びその声は悲鳴に変わった。

「誰だ?コーラットって?」

 サイが飛び起きた男に水筒の水をぶっかけながらニヤニヤと笑ってる。

 ラグは知っている。サイのあの笑顔は、怒っている時の証拠だ。

「いきなり声を上げたかと思ったら錯乱しやがって……ちょっと落ち着け?今のお前の保護者は、倒れたお前を助けてくれたラグだろう?」

 どうやら水筒の中身を全部ぶちまけたらしい。

 顔中に水を浴びた男は、驚きながらもサイの言葉が耳に入っていたらしい。

 水がもう襲ってこない、とわかると、目をまん丸とさせてサイを見上げた。

「……ごめんなさい」

「わかればよろしい」


「やーっと、見えてきたわね、城壁が」

 旅の疲れなど感じさせない陽気な声で、少女は傍らの鎧の騎士を見やった。首の後で束ねられた絹糸のごとく煌めいた黒髪が、少女の動きに合わせて揺れる。

 白い鎧の騎士は、その髪の美しさに微笑んだ。

 声もそうなのだが、その艶やかな髪にも、赤い頬にも、彼女の疲れは微塵も感じられないのだ。それどころか未だ溌剌とした活気がある。

 小柄な彼女の体型にあった装甲の軽そうな鎧は、隣の騎士の身につけた鎧に比べて頼りなく間に合わせ程度にしか見えないが、その本質を知っている彼女にとってはそれこそ好都合というものだ。鎧の下には薄い衣一つ纏っただけの姿で、鎖骨から首にかけては白い肌が顕になっていて無防備極まりない。おまけに彼女なりのファッションらしく左足は硬い帷子で覆われているものの、右足は腿の付根辺りから膝まで素肌を顕にした大胆な格好だ。兵士としてという点は言うまでもなく、旅をする女性としても無防備だ。

 それでなくても少女には持って生まれた美しさと気品が備わっている。隣にいる鎧の騎士にとっては、この少女の無防備さは道中で何よりも不安の種だった。何しろ二人の護衛についている兵士たちにさえ、目を光らせなければならないのだ。

「『猫』ってどんな生き物なんだろ」

 期待に瞳を輝かせている少女を横目に、鎧の騎士は兵士たちに休息の合図を出した。

「リド、どうしてよ、こんなところで休息なんて」

 「リド」と呼ばれた鎧の騎士は、顎で城を示した。

「よく見てみろ、シルヴィ」

 シルヴィと呼ばれた黒髪の少女は、リド が示した方を見る。

「あれ?なんでみんな、街の前でたむろってるの?」

「どうやら門扉が閉ざされているようだな」

「閉ざされてる?なんで?」

「考えられることは、暴動、火事、何らかの事件が起こりその犯人を逃がさないため……もしくは、 『猫』が掴まったと聞きつけ、近辺から見物人が押し寄せてきたための規制……」

「火事ではないと思われます。どこからも煙が上がっている様子は見られません。暴動も……確かつい先日収束したばかりだと報告を受けております。少々騒がしい様子からみて、最後のリド様の推測が妥当かと……」

 供のうちのひとりの、赤髪の騎士が冷静にリドの上げた可能性を分析する。

「でしょうね。でもそれなら問題ないわ。私たちはその『猫』を受け取りに来た、王都からの『国使』だもの。見物人を排除しているのは、ある意味私たちのため、と言えるわね」

「そうですが、一応確認してまいります。シルヴィ様、リド様、こちらにて少々お待ちください」

 大きな図体には似つかわしくない機敏な動きで、一人馬を走らせて飛び出していった。

 リドとしても、国使が到着した先導の伝令をつかわそうと思っていたところだったから、ちょうどいい。

「……彼、判断が的確でやり手ね。名前、なんて言ったっけ?」

「ええ、と……確か……あれ?」

 リドは意外と、人に興味がない。


「ああ!!!! 国使様!!!!」

 たむろしている人だかりを国王の紋章で追い払いながら門扉に近づいてきたシルヴィたち一行を、先導の騎士からの報告で既に了解していた門番が出迎える。

「話は聞いていますね?私は国使シルヴィ・カトゥス・フェリスです。門を開けなさい」

 よく通る声で門番に命令するシルヴィの堂々とした姿は、いつもうにゃうにゃと仕事を面倒がる姿とは全くの別人だった。

(いつもこれくらいやる気を出してくれると、こっちも楽なんだが……)

 リドは隣で溜息をつき、凛とした表情のシルヴィに見とれている門番たちの様子に、咳払いをする。

「し、しかし……今は誰も入れるな、と領主からの命が……」

 我に返った門番の一人が、開門を拒否する理由を口にする。

「リドリアス=ゲーテだ。中で何かあったんですよね?それは、我々の入城に差し障ることでしょうか?」

「そ、それは……」

 門番たちはりりあの質問に目をそらすと、口ごもる。

「我々は、ハンターによって捕まえられたと報告を受けた『猫』を引取りに派遣された国王直々の使者だ。さらにはその名誉あるハンターに報奨金と称号授与の代理任命も許可されている、言わば国王の意志だ。その我等を足止めする、となると……それなりの理由をお聞かせ願えますよね?」

 門番たちはリドの言葉に、顔を引きつらせて後ずさる。

「わ、わかりました……まず、領主殿の元へ、お連れいたします。しかし、大門を開門することはできませんので、馬と馬車はここで待機させてください」

 門番の言葉に、シルヴィは頷いた。

「荷物くらい、みんなで手分けして持てば問題ないよね?」

 リドを振り返ってそう提言するが、リドは首を横に振った。

「まさか」

 厳しい顔でシルヴィの提案を否定するリドに、シルヴィは眉をしかめた。

「中で何が起こってるのかわからないのに、私を入れられないってこと?」

「ここで説明してもらえない限りは」

 そこまでして中に人を入れることを拒む、ということはつまり、中にいる人間が外に出ることも、禁止しているのだろう。そんなネズミの袋状態の街の中に、シルヴィを入れるわけには行かない。

 もしシルヴィが人質にでも取られでもしたら……

「門番、ここで説明しろ、それが無理なら、ここに領主を連れてこい。それも無理なら……」

 ちらり、と大門を見上げて剣の束に手をかける。

「お、おやめください、門を開けてしまうと……猫が……」

「猫が?」

 はっと、まずい事を口にしてしまったという顔で言葉を区切った門番は、慌てて「すいませんすいませんすいません!!!! 聞かなかったことにしてください!!!!!」と喚いている。

「……もしかして……猫が」

「……猫が、逃げたの!?!?」

 リドとシルヴィの上げた声に、周りがどよめくまでそれほど時間はかからなかった。

やっと主要登場人物の8人中6人が出てきました。

ってか、あ、名前が出てきてない人もいますが。(菫ちゃんとか


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