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猫と彷徨う世界  作者: 八仙花
第一章 捕まえられて逃げられて
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〈2〉ハンターたち②

よろしくお願いします。

 夜が明けても、兵士たちは休みなく動き回っている。例の統率力のない隊長の、ぼんくらさの証明とも言えるだろう。

 町が活動を始めているのに、兵士たちは日常生活を送ろうとする民衆たちの生活の場から未だひかずに探し回っているのだ。

 町を囲む塀は確かに高く、人間にとっては容易に越えられたものではないが、“彼”にとっては意味の無いものであるだろうことがわからないのであろうか。

 サイとラグの二人は、慌てふためき目が血走っている領主のところへ行き、出発する旨を伝えた。

 案の定、領主は二人に再度“猫”を捕まえるように懇願してくる。

 ……思い通りである。

 サイはそれに便乗して、少し怒りの表情なども交えながら報酬の値をつりあげていく。

 その様子を傍らで見ているラグは、苦笑をしつつも口は挟まないが、サイの提示する額が法外なものになる前に、咳払いをしてサイを諌める。

 サイの不満そうな顔に、無言で首を振り答えを返す。

 真っ青になっている領主の顔に、少しばかり安堵の色が見えた。

 自腹を切って報酬を払わなくてはならないのは痛いものの、既に国王には“猫”を捕らえたという報せを送ってしまった。

 もし逃がしたとでも言おうものなら……自らの首と、強欲にためこんできた金銀を秤に掛けて、お金をとるほど腹の座った領主ではない。

 もしそうなら隊長ももっと判断力と決断力を持った人物であって然り、だ。

(……ま、そのおかげでこっちはがっぽり儲けさせてもらえるんだがな)

 “猫”が運良く再び捕らえられるかどうかの心配をしないところは、サイも人のことをとやかく言えないのだが、なぜだか彼には、またあの生物に会えるだろう、という予感があった。


 * * *


 兵士で溢れかえる町の中で、彼はどこへともなくふらふらと彷徨っていた。

 お腹が鳴る。

 手足も痛い。

 裸足の足跡には、赤い染みが残っている。

 指先からも、ぽたぽたと鮮やかな赤い色が、歩くリズムにあわせて滴り落ちる。

 上半身は何も身につけず、七分丈の白い木綿のズボンだけをまとい、両手両足から血を流して彷徨い歩く姿は、異様以外何物でもない。

 走り回る兵士たちにぶつかり、罵声を浴びせられてもピクリとも反応しない。

 見兼ねた心優しい人が傷の手当てを申し出ようとしても、聞こえていないかのように通り過ぎていく。

 背中を丸め、焦点のあわない目を中に漂わせ、彼はただ、歩き続けていた。

 太陽の光が眩しい。

 夜ならばもっと強く匂いを嗅ぎ分けられるのに。

 “彼”は探していた。……仲間を。

 “彼”は感じていた。……匂いを。

 この近くだ、すぐそばだ、ココにいるんだ、私の仲間は。

「“猫”だ!“猫”を探すんだ!!」

 傍らを通り抜けていく兵士たちの声。

 彼は無表情のまま呟く。

「探すんだ、“猫”を……“猫”を?」


 * * *


(匂いだ……!)

 彼は頬をピクリと震わせた。大きく、しかし静かな溜息がもれる。

(やっと見付けた)

 彼はずっと探し続けていた。この匂いを……

(この町にあいつはいる!)

 目の前に聳える高い壁の囲いの向こうから、懐かしい匂いがする。

「コーラット……」

 短く刈られた後ろ髪とは対照的に長い前髪が、風に吹き上げられる。

 細く鋭い瞳に、不思議な色が浮かぶ。

「やっと、みつけ、た………」

 途切れ途切れ、息とともに吐き出された言葉を最後に、彼は崩れるようにその場に倒れて気を失った。

 壁の中からは、兵士たちの喧騒が聞こえてくる。


 * * *


 サイとラグの二人は、カーニバルのような人込みの中をある目的をもって歩いていた。

 そこらのぼんくら兵士たちのように路地裏をはい回ったり、屋根の上へ上ったりはしない。

 そんな所に“彼”はいないとふんでいた。

 “彼”とともにいたのは、五日前に捕まえてからこの町の領主に差し出すまでのほんの二日間だけだったものの、彼らはあの高貴な生き物の特性を、すでに知り尽くしていた。

 ……三日間一緒にいたはずの世話係よりも。

「……どうする?」

 ラグは脇を駆け抜けていく兵士たちを横目に、サイの手から布袋をむしり取った。

 中には先程領主からふんだくってきた“追加料金”がたっぷりと詰まっている。

 サイは不満そうな表情でラグに目を向ける。

「サイに金を持たせると、ろくな事がないからね。仕事を引き受けたことも忘れるくらいに飲んだくれるだろ?……それより、どうする?」

 先程の言葉を繰り返す。

 二人の間には役割分担がある。そして例え、サイが前後の見境もなく酔い潰れていたとしても、サイの役割をラグが肩代わりすることはない。

 頼まれた仕事を引き受けるか否かは、二人で決めるが、細かな行動計画を立てるのは、サイの役割だった。報酬の設定は一応ラグと決まっているが、実際依頼者に交渉するのは、サイの役割である。

 サイが依頼主相手に威圧感全開で問答をしている中、ラグは素早く部屋の中を見回し、相手の懐を探る。そして相手の性格、人柄、事前に耳に入れておいた周囲の評判なども要素に入れ判断し、サイが妥当だと思う値になるとさり気ない合図でサイを引かせるのだ。

 もちろん、出し渋る悪党からは、“不足料金”と称して見えないところから“取り立てる”ことも辞さない。

 その際の“取り立て”役はラグの役割だ。サイに任せると、宝物庫ごとごっそり頂きかねないからだ。

 ラグははっきり言って金銭に関する執着が薄い。疎い、とも言われる位に、どうでもいい。

 金はあればあるに越したことはないだろう、という考え方のサイに任せていると、法外な値を絞りとる極悪非道な賞金稼ぎとして、悪名につながりかねない。

「やっぱ、一度この町を出たほうがいいだろ」

 サイは“猫”はもう、この町にはいないとふんでいた。

 その点では、ラグも同意見だった。

「奴の能力をあいつらはよく知らないみたいだからな、壁ン外には逃げられないもの思ってやがる」

 二人が“猫”を捕まえるまでの経緯を知っていれば、彼らとて町の中だけに捜索を止めることはなかったろう。

 しかし、彼らはサイたちが捕らえて、小さな檻の中に閉じこめられたままの“猫”しか眼にしていないし、自分たちの町を取り囲む高い壁に、一種の誇りを持っていた。

 「どんな盗賊であろうと、この町の外壁だけは乗り越えられまい」、「この町の門が閉まってしまえば、町から外へ出ることはかなうまい」……

 しかし二人は知っていた。

 伝説の“猫”が、並はずれた運動能力を持った素晴らしい『跳躍者スプリンター』であることを。

 そして、この町のご立派な外壁程度なら、生身の人間でも乗り越えられないこともないということを。

「ましてや、あの“猫”ならこの町の外壁くらい、軽く乗り越えるな。……奴に壁の外へ逃げるだけの頭があれば、の話だが……」

 町の扉はもう日が昇ったというのに堅く閉ざされている。

 “猫”を逃がさないようにとの、領主の指図だろうか。

「どうする?門番に断って、外へ出してもらう?一応領主の許可証は持ってるから、門くらい開けてもらえるけど?」

 “猫”の再確保の依頼を受けた際、ラグは領主に町の中でのあらゆる行動に対する優先許可証を取り付けた。“猫”の捕まえ方も知らない兵達に、邪魔をされては困る、ということだ。

 サイはこれを勝手に解釈して、「それじゃあ町の中じゃ、食べ放題飲み放題ってわけだ」などとほざいていたが、その許可証がラグの手にある限り、そのような使い途などは出来そうに無かった。

 その許可証があれば、確かに門も開くだろう。

「冗談!オレ達が町を出たことがばれてみろ、欝陶しい兵士たちも一緒になってついてくるぞ」

 サイの言うとおりだ。

 実際、何人かの兵が、手柄を狙ってか、領主の差し金か、サイ達を付け回していた。

 ラグは肩を竦めて背後を見やる。黒い影が三つ、さっと消えた。

「でも、今のままでも、身動き取れないね」

 堂々と後ろを指差し、サイの指示を仰ぐ。

 気付いていることを隠そうともしないラグの態度に、サイはラグの意図を感じ取る。

 好戦的な色を瞳に宿したラグに、サイはうんざりと言う。

「わかってるよ。ラグ、行ってこい」

 礼儀と分別を弁え、日に焼けない白い肌と線の細さで、どこかの良家の子息的風貌を持つラグが、粗暴な言葉を使うウワバミのサイよりも乱暴者であることに、さすがに何年一緒に居ても、サイは違和感を感じずにはいられない。

 これだから、作戦担当をラグに任せてはおけないのだ。

 ラグには一般常識や金銭感覚、礼儀作法や学識など、サイに無いものがたくさん備わってはいる。

 しかし、戦闘の匂いを臭ぎとると、それら全てのものがふっ飛んでしまうのだ。

 サイもケンカ好きとして名を轟かせていたが、ラグの『武勇伝』にはかなわない。

 何しろ、中央都で開催された武術会に参加しようと都へ迎う途中で、四組の山賊に出会い、都に着いた頃には優勝賞金の倍以上の山賊の宝を抱えていたという話である。

 それでも武術会には出場し、あっさり優勝を勝ち取ってしまった。

 おまけにその賞金と儲けは義賊のように貧民たちにばらまき、帰り道で少し遠回りをして、優勝賞金を狙う盗賊たちを相手にし、家に帰った頃にはなぜか再び優勝賞金分の宝を手にしていたという。

「恐ろしい奴だ、まったく」

 サイは兵士をほんの数秒で叩きのめしてしまい、物足りなそうにしているラグに苦笑せずにはいられなかった。

え~~っと。二話目の投稿です。

ええ、不定期ですから。


ちなみに『偽者王女』はアイデアも何もかも、2014年産のボジョレーヌーボーですが、こちらはちょっとした年代物だったりします。

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