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猫と彷徨う世界  作者: 八仙花
第一章 捕まえられて逃げられて
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〈1〉ハンターたち①

よろしくお願いします。

 夕焼けに赤く染まる空はここも故郷も同じで、明日は雨だと告げている。

 日中に仕事が完了して良かった、と安堵しながら、明日の予定に思いを馳せる。

 そういえば、そろそろ保存食が少なくなってきていたし、暖かくなってくる季節に備えて、服も新調したい。意外と着道楽な自分の趣味にあった服を売ってくれるような店は、大きな町にいる時でないと巡り会えない。

 ただどちらにせよ大した用事ではないな、と見積もり、やはり明日は宿でゆったりすることに決めた。

 久しぶりに朝から酒でも飲もうか、今日のうちに酒やつまみを購入しておけば、宿の女将に白い目で見られずに部屋でゆっくりできるだろう。

 そう考えながら、ロイヤルミルクティーを味わう。

 この町の喫茶で出るミルクティーときたら、これでロイヤルの名を名乗るのかよ、烏滸がましいよな、と、言いたくなるくらいの代物だ。

 牛乳が高価なので廉価な山羊の乳を使用しているため、臭いが独特だし、それを誤魔化すために為に多めに入れられた茶葉はこれまた個性的な匂いを放っている。

 砂糖を大量に入れて誤魔化して飲んでいるものの、この規模の町のこのレベルの喫茶で、この味か……と思うと少し悲しくなってくる。

 目の前に座る相棒ときたら、そんなことは気にしなくても良いブラックコーヒーを美味しそうに飲んでいるが……時おり、こちらを羨ましそうに見ている視線を感じている。

 実は超甘党のくせに、最近何を大人ぶっているのか殊更に甘いものは苦手アピールをしてくる。

 別にそれは個人の好みだし構わないのだが、甘党の自分が好物を食べているときに、物欲しげな視線をを送ってくるのはやめてほしい。

 こちらだってひと仕事終えたあとの甘いものを楽しみにしているのだ。

 恨めしそうに見るくらいなら食べれば良いのに。

「で、サイ、明日はどうするの?」

 ブラックコーヒーを美味しそうな振りをして飲みながら、相棒のラグが予定を尋ねてくる。

「どうせ少なくとも三日はこの町で待機しないといけないんだし……おまけに明日は雨だ、部屋で飲み明かすぞ」

「うわああ、ダメな大人の見本だ!」

 うるさい。

「なんで明日が雨だってわかるのさ?」

「夕焼けが赤いから」

「何、それ?何かの詩?サイ、キモいよ、」 

「オレの生まれ育ったところでは、そう言われてるんだよ」

「……故郷がどこだったか覚えてないくせに、そんなことだけは覚えてるんだ?」

 ラグの指摘にサイは言い返すこともできない。

 そんなところを突っ込まれても、覚えてないんだから仕方がないだろう。

「まあ、僕は今が楽しければそれでいいんだけどね~~でも雨か~~やだな~~せっかくこんな大きな町に来たんだから、久々に町中で強そうな人見つけて、手合わせしたかったのにな~~」

 まだ幼い顔をして物騒なことを言うが、実際に今までもそんなことばかりしてきているので、冗談ではないことは明らかだ。

「喧嘩を売る時は、ちゃんと相手が買うと了承してからにしろ。適正価格でな」

 じゃないと押し売りだ。

「サイがもうちょっと強かったら、ストレス発散相手になったのになあ~~」

 悪かったな。

 ラグは自分よりも身体が小さく、顔も幼く、おまけに年下のはずだが、剣の腕は足元にも及ばない。

 けして弱くはないのだが、サイは自分の腕前が、凡人並だと理解していた。

「稽古の相手、してくれればいいだろうが」

「え~~~、それじゃ僕のストレスが溜まるし」

「ストレスが溜まるのは、無理に甘いものを我慢しているからじゃないのか?」

 ぐう、と声を詰まらせ、ラグはカップに残ったコーヒーを一気に飲み干した。


 * * *


「“猫”が逃げたぞぉ~っ」

 辺りは一斉に明るく、騒がしくなる。

 真昼のように焚かれた松明の中を、大勢の兵士たちが右往左往していた。

 なんて統率力のない隊長だろうか。本人自ら慌てふためいているという体たらくだ。

 次第に兵たちは目標を持って進み出し、町の中へ“猫狩り”に出ていく。

 “猫”はそんな騒ぎに巻き込まれる前に、闇の中を駆け抜けていた。

 しかし“猫”は自分が何処にいけばいいのかわからなかった。

 暗く狭い檻の中で閉じこめられているのが嫌だったが、外に出てもどうすればいいのかわからない。

 月の光に反射する銀色の毛並み。

 ところどころ、赤く染まった部分があるが、それでもその銀灰色の美しさは際立っていた。

 月の光が……逃げる自分を耀かせて、目立ってしまうかもしれない。

 いつもは見上げるのが大好きなその光を避けるように、“猫”は路地裏を駆け抜けた。

 昨日の雨でぬかるんだ道の泥が、銀の毛に跳ね返ってくるが構わない。

 “猫”はただただ、ひたすら走り続けた。

 どこに行けばいいのかわからない、どうやって逃げればいいのかわからない。

 わかるのは、自分をここに連れてきた存在の匂いがまだ近くから感じ取れるとういこと。

 ……彼らは自分の帰る場所を、知っているのではないだろうか?


 * * *


「何の騒ぎだ」

 窓から外を見下ろしているラグに尋ねる。

 ラグは困ったような、それでいて何処か楽しんでる風な表情で、サイに顔を向けた。

「何が起こったんだ?」

 ラグは肩をすくめた……言おうか言うまいか、という仕草だ。

「言っても怒らない?」

 聞いても無駄なことに代わりはないが、敢えて聞くのは、口に出すきっかけだろうか。

「怒らない」

 サイは手にしていた琥珀色の酒瓶をラッパ飲みする。

 さらりといった言葉には、もちろん説得力はない。それはお酒が入っているから、というわけではなく、彼自身の気性を知っているから、そう聞こえるのだ。

 ラグは微笑みを消さずに口を開く。まるでこれから起こるであろう何かにワクワクしているようだ。

「“猫”が逃げたんだって」

 サイの反応は、それはもう著しい。眉間に一瞬にして現われた深いしわと、両端が極端に下げられた半開きの口、目には怒りの色がある。

「なんだと~!?!?!?!?!?」

 椅子から立ち上がり発した第一声。

「オレたちがアレを差し出してから、まだ三日と経ってね~じゃね~か!」

 足を踏みならしたくなる気持ちもわからないでもないが、ラグとしては下の階に眠る客の安眠妨害はやめてほしかった。

 ハンターの彼等はもう一年も前から、国が賞金を掲げて探させていた“猫”を追い続けていた。そして五日前、やっとこの近くの湖で捕まえたのだ。

 “猫”追跡の一方、並行していた賞金稼ぎの賞金も残り少なくなったため、中央都まで赴くのも大変だから、と、この町の領主に言われるまま、“猫”の賞金が届くまで逗留するつもりだった。

 本来なら領主の屋敷に泊めてもらって豪勢に過ごせるはずなのだが、“猫”を捕らえたという噂が意外に早く広まってしまい、各地から人が集まってしまっている。もし彼等に出くわしたなら、“猫”狩りのハンターとして注目を浴びざるをえないだろう。賞金稼ぎの他に危ない橋も渡ってきている彼等にとって、必要以上に名前や顔を知られるのは、都合が悪い。

 故にわざわざ泊めてくれるうえに食事も豪勢という好条件を蹴ってまで、町の片隅の小さな宿屋に落ち着いているというのに。

「オレたちの賞金はど~なるんだ?」

 窓へ近付き、夜中ということも気にせず叫び喚く。

「ぶぁ~っきゃろ~っ!!このぼんくらどもが!! なんてことしやがんだ!!!!賞金は絶対に貰うぞ~っ!!!!」

 ……お酒のせいなのか、彼の本性なのか、もうわからない。

 ラグは力なく笑いながらサイを鎮めて窓を閉める。

 幸い近隣からの苦情はない。

 今や外は“猫”捜索の兵士たちで溢れかえっている。

 サイの叫びも、兵士たちの騒がしさとあまり差がなかったのだ。

「まあまあ、ほら、“猫”といっても、僕達が捕まえたのとは違うのかもしれないし」

 ラグの言葉はラグ自身にも単なる気休めにしか聞こえない。

「あんな珍獣が二匹もこの町にいるわけね~だろ!?オレたちだって一年かかって、やっと一匹見付けられたんだぞ!! おぼえてるだろ?アイツを持っていった時の、役人たちの物珍しそうな顔をっっ」

 確かにサイの言うとおりだった。

 “猫”という動物が未だに存在しているということを知ったのは、国の御触れが出てからだった。

 もう二百年以上前に行われた魔術師狩り、魔女狩り……彼らの力を引き出すパートナーとしていつもそばにいたのが“猫”だったらしいのだが、その魔術師狩りの際に、“猫”も同様に狩りの対象となり、絶滅させられてしまったという。だから絵本や図鑑でしかその姿は見られなかったし、野生化して山中に生息している、という噂も伝説でしかない、と皆思っていた。

 実際捕まえてみても、本当に“猫”かどうか区別に困ったが……銀色に輝く毛並みは、どんな動物の毛皮よりも美しく、その女性的なしなやかな肢体は艶かしく、そして何よりも魅惑的に煌めくタイコーズブルーの瞳は、吸い込まれるようで……珍獣というよりも、神獣と呼んだほうがぴったりだった。

 伝説の生物にふさわしい容姿の“猫”の姿に、サイたちも目を奪われた。

「もったいない!! こんなことなら、オレたちのものにしとけばよかったぜ」

 サイは再び酒瓶を口につけると、既に中身の無いことに気付いて瓶を放り出し、ベットに横になった。

「ラグ、早く寝ちまえ。明日は忙しいぞ」

「じゃ、やっぱりもう一度捕まえに行くんだね?」

 ラグはサイの指示に、嬉しそうに確認する。

「当たり前だろ、オレたち以外の誰が捕まえられるって言うんだ」

 布団をかぶってそう答えたサイの声は荒々しいが、既に怒りは感じられない。

 ラグと同じように、ワクワクした気持ちがこみ上げているのを、サイは隠しきれていなかった。

見切り発車です。


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