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五里霧中

作者: KAMI

 渋谷の有名なスクランブル交差点。早坂聡は道に迷った。空は高く、そして蒼い。街は天に向かって背伸びし、賑やかな喧騒は煩わしい。


 聡はわからない。いったい自分がどこへ向かおうとしたのか。そもそも、目的地などあったのだろうか。自分は知っていたのだろうか。一時的な忘却、若年性健忘症だとでも言うのだろうか。無数の疑問文が自己への自信喪失の陥穽に落ち込む。こんなにも青い空は何も知らず、街は自分と関係なく騒がしい。交差点の真ん中で自己喪失した聡は真の沈黙に囲まれる。

 一体ここはどこなのか。それさえもわからなくなる。自分はいつを生きていてどこにいる誰なのか。多分、ここは地球上の一地点なのだろう。ではどこなのか。北米なのか南太平洋なのか。いや、多分、おそらく、確信はないがアジアのどこかなのだろう。では一体いつを生きているのだろうか。そんなことわかりっこない。点はこんなにも高く摩天楼はそびえ立っているのだから。


 自己喪失、そうだ自己喪失なのだ。人間は目的によって自己を規定する。道は歩くためのものであり、コンピュータは計算するためのものであり、お金は交換するためのものなのだ。だが、それを使う人間は何のためのものなのか。人々はそれを本当に知っているのか。


 人々の歩みに迷いはない。交差点の真ん中で立ち止まって悩んでいるのは聡だけだ。皆、子供から老人まで足取り堅くどこかに向かっている。一体彼らは何のためにどこへ向かっているのか。死という最終目的地が同じならばどう進んでも問題無いとでも思っているのだろうか。否、死という最終目的地が同じだからこそ、その過程が大切なのではなかったのか。聡の脳は悲鳴を上げる。


 四方八方五里霧中。この世界は全て未来へ向かう一方通行五里霧中。全世界が聡の前に落ち込んできて、溶けこむ。聡と世界の間に、どんな隔たりもなく、距離を取ることも出来ない。未来は考えている内に過ぎ去っていく。将来は決まらず、約束されず、わかりはしない。いや、きっと違う。将来は決められず、約束することは出来ず、わからないのだ。


 大人たちは言った。どんな未来もある。夢を追え。世界は君を祝福する。そんなの全部嘘だ。聡は夢を探すこともできていない。世界は絶えず融け合って圧迫し、未来を選べるほどの自由など、この社会の欺瞞にすぎない。

 信号が青から赤に変わった。車が発信する。どれもこれも各々の目的地に向かって急発進。なぜ迷いもなくそんな速さで進めるのか。過去から未来への加速する一方通行はまるで万力のようだと聡は思った。昔、時間が進む速度はきっと遅かった。自分が小学生の頃、世界が古代の時、すべては単純で日々は意味を持たずゆっくりと経っていった。自分が中学生の頃、世界が未だ封建体制であった頃、まだ時間はそれほど速くなかった気がする。携帯電話をもったり、水車を使ったり、パソコンを操作したり、蒸気機関を回したり、そうしてどんどん時間は加速していった。


 何一つ決まらず、迷っている内に時間だけが立っていく。世界は早々に縮小し、時間は急急と加速する。目的地を持たない聡は交差点の真ん中で立ち尽くす。

 目の前を走る車の群れは超速球で通り過ぎ、それはまるで灰色の紐のようでさえある。紐は渋谷のこの交差点を立ち、東京中を結びつけ関東中を駆け巡り、日本中を縛り付け、世界中を拘束する。誰一人逃げることなど出来ないのだ。

 目前の光速、自分への拘束、世界は答えずただ過ぎ去ってゆく。青かった世界は赤くなる。充血した聡の目は一体何を見たのか。


 渋谷のあの有名なスクランブル交差点で一人の少年が倒れた。

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