7.
どうしよう。
いや本当、私死にたくないです。日本でやり残してきたこと沢山あります。
………… よし! 逃げよう! マリアを連れて逃げよう! 家まで追ってきたって、金長髪男の格好は下級騎士だし、天下の宰相にはかなわないだろうさ!
そんなことを現実逃避気味に考え、目でマリアに合図する。だけど、マリアは可愛く首を傾げただけだった。うん、これは絶対に分かってないな。
「ちょぉぉっと待て」
「んなっ!?」
金長髪男が私に背を向けて歩いているところを見計らい、マリアの手をとる。走ろうと右足を出した時、男に服の首の根元を掴まれた。………… 計画失敗ですね、はい。
「ハッ、敵前逃亡か。騎士ともあろう者が笑わせるな。その小柄な女顔は嘘ではなかったということか」
金長髪男は鼻で笑うと随分と失礼なことを言う。
敵前逃亡ですよ。私には命をかけてまで名誉を守ろうとする騎士道精神なんて分かりませんよ。そもそも私、騎士じゃないですからね。ただ、剣を買いやすそうな格好だったからしてるだけですし、いわばコスプレ! そう、私コスプレしてるだけだから! 後、女顔とか小柄とか言うけど私元から女だから、小柄って言うほど小柄でもないから、160センチってむしろ女では高い方だから!
なんてことを、本人の前では言えないわけで。
「いやだって、死にたくないですし……」
「臆病な男だ。良いだろう、勝利条件を変えてやる。相手に傷をつけた者が負けだ」
もういいや、ぶっちゃけよう。
この金長髪男の言動は非常にイラっとくるけど、何か強そうだということは分かった。
でも、傷つけたら勝ちってことはかすり傷でも良いんでしょ? ちょっと紙で手を切るくらいな感じの傷でも良いわけでしょ?
それに、強そうな相手に勝ったらそれこそ初代勇者の名誉回復になるだろうし。剣は居合道とはまた違うけど、剣道の動きで戦えるだろう。竹刀が真剣になっただけだ。結構違うけど。
「ふっふっふっ…… その勝負、受けて立ちましょう」
「急にやる気になってきたな…… その方が良いが。立会人はそうだな、お前がやれ。後は、そこの女、お前もだ」
「はへっ!?」
ちょっとこっちも好戦的に向かってみる。
すると金長髪男は不敵な笑みを浮かべ、連れていた、思わずセバスチャンか時田と呼びたくなるような白いお髭をたくわえたおじいさんに合図する。
おじいさんもそれにお辞儀で応え、マリアに向かってもにっこりと微笑んだ。
まさかマリアも自分が巻き込まれるとは思ってもなかったらしく、素っ頓狂な声を上げた。
多分、私と話していたから私の関係者だと思われたんだろうな。うん、ごめん。後で何か手伝う。
「あのー。すみません、剣、お貸ししてもらえませんかね?」
当然ながら、剣何て持ってない。というか、今から作りに行くところだったのだから、当たり前だ。
金長髪男は、騎士道精神が何ちゃらとぶつぶつ呟きながら、ひょいと私の足元に剣を落とした。どうやら、複数持っているらしい。ありがたや、ありがたや。
拾い上げるて観察すると、どうやら刃が両方に付いているらしい。これ、使っている方、怪我しないのか? それに、両刃だと峰打ちが出来ないじゃないか! 1度は言ってみたいんだよねー、“案ずるな、峰打ちだ”! まあ、片刃でもやらないけど、というかやれないけど!
それにやけに軽いし、日本刀とはまったく違う。もしかしてこれ、両手じゃなくて片手で持つやつ?
「ありがとうございますですけど、良ければ片刃の剣お持ちしてたりしませんか?」
すると、今度は嘆息すると、セバスチャン時田(名前も分からないので面倒だからこう呼ぶことにする)さんから何やら剣をもらい、私に投げた。
あれ、人に承諾もさせないで決闘とか申し込んじゃう割には結構いい人?
今度の剣は、さっきの両刃と比べると重く、鞘に収まる部分がかなり厚かった。
周りの人たちから一定の距離をとって、シュッシュと素振りする。これなら、日本刀とほとんど変わりはないだろう。
「では、いくぞ!」
「ええ、どうぞ!」
マリアに小さくごめんと合図して、剣を握る。金長髪男もさっき私に渡したような両刃の剣を片手で持ち、自信満々という風に笑った。ううむ、この態度はイライラすることこの上ないんだけど、悔しいことに美形だから様になるんだよなあ……! 悔しいけど。
「何故両手で持つ……」
「え? あ、これ、片手持ちなんですか!? まあ、おかしな持ち方と考えてくれれば良いですよ。細かいことは気にしない! 欧米人なら、HAHAHAと笑って済ましましょうよ!」
「………… 緊張感がまるでないな。まあ良い。俺が勝つまでだ。ハハハハハッ!」
あれ、欧米人じゃなかったのか? いや、どう見てもヨーロッパ系の国だろう、ここ。あ、後本当に笑ってくれたよ、この人。やっぱ何げにいい人だよ。
というか、この剣も片手持ちだったのね。それなりに重いから両手持ちだと。
いやいや、今はそんなことを考えている暇なんてない。決闘だ、決闘。
「ハアッ!」
金長髪男がかけ声に合わせて両刃剣を器用に突いてくる。私もこのまま突っ立っていては突かれて殺されるだけなので、素早く金長髪男の後ろに回った。
これで軽く傷をつければ良いんだけど、どこにすれば良いんだ? 手とか腕は、軽い傷でも騎士にとっては致命傷にもなりかねるから勿論ダメだし。じゃあ、うなじとか? いやでも、この人ナルシストっぽいから悔しいほどに白いうなじに傷とかつけたら、勝敗関係なく家まで押しかけられたりしないかしら、ぼったくりみたいな治療費とかむしり取られたりしないかしら。まあ、お金はアルド持ちだから私には関係ないけどね!
でも、それ以外に露出してる肌の部分ないしな…… 服とかに傷つけたら、それこそ修理費とか請求されそうだし。じゃあ、顔? いやいや、それは論外だ。………… ええい、もううなじで良いや! 傷つけたらすぐ逃亡しよう!
「ハッ!」
そんなことを考えていると、金長髪男が振り向き、また突いてくる。
変なことを考えていたせいか、反応が鈍くなりあやうく両刃剣でお腹にブスッといかれるところだった。
もしかして、傷つけるってかすり傷程度じゃダメなの? 金長髪男のいう傷って、致命傷とかなの?
「ハアッ!」
「ひっ!?」
またもやブスッといきそうだったので、またもや金長髪男の後ろに回り、刀身を反対にして背中に向かってかすめさせる。
やるのは初めてだけど、多分あってるはずだ! 多分! 剣道の道場の時に竹刀で練習してから! 師範にも上手いって褒められたから!
金長髪男は、うっとうめき、膝から崩れ落ちる。ドサッ、ドサッという音と共に石畳の上に倒れた。
「………… え、ええと」
「おめでとうございます、あなた様の勝ちでございます」
セバスチャン時田さんがにこりと微笑み、いつのまにか手から落ちていた片刃の剣を拾う。主が負けたというのに、悔しがったりもしない。立会人、という立場もあるのだろうか。
ギャラリーもおおおー、と歓声上げてるけど、やだ、照れちゃなあ、えへへなんて思ってなんていないんだからねっ! …… いや、本当に。
峰打ちしたのは罪悪感あるけど、一応言っておくか! この機会逃したら、多分、言える機会はないだろうし。
「案ずるな、峰打ちだ。………… 私は、都城綾音。しょだ」
キメ顔で渋く言う。これで一生に1度はやっておきたいことが出来たぜ!
これで初代勇者の名誉回復も出来たかなあと思いつつ、名乗ろうとする。すると、今まで満面の笑みを浮かべて…… いや、今思うと張り付けていたマリアに右手を握られ、凄いスピードで拉致された。
決闘をした広場から何メートルも走って、ようやくマリアが止まった。
私の隣まで行くと、どんどんと歩き出した。
「アヤネ様、本当に凄かったです! わたくし、感動しました!」
「え? あ、そうかな? ありがとう」
てっきり怒っていると思っていたので、マリアの笑顔に思わず頭をかく。
「で・す・け・ど! 勝ったから良かったとはいえ、何故決闘などお受けになられるのですか! 心配したのですよ!」
「は、はい…… ごめんなさい。いやいや、決闘なんて受けてないよ。向こうが勝手に言ってきただけで」
「お受けになったでしょう! 白手袋をお拾いになったではありませんか」
やっぱり怒ってたよ…… ええ。
どんどんと笑顔が崩れていき、私をしかる格好になっていく。
「え、あれって向こうの嫌がらせか何かじゃないの?」
「あれは、決闘の申し込みです! あの白手袋を拾えば、決闘を受諾したことになります」
あれが申し込みだったのか……!
拾わなければ良かったよ。だけど、金長髪男、何かごめん! 勝手に押し付けたとか思っちゃってごめんよ!
「ごめんね、マリア。今度から白手袋落とされても、拾わないわ」
「その前に申し込まれるようなことをなさらないで下さいませね……」
少し疲れた様子でマリアがため息まじりにつぶやく。
結局、剣を買いに行くのは3日後に先延ばしになり、屋敷に帰ると何故かアルドがいて、勝手に剣を買おうとしたことと男装してことがばれ、お説教コースに突入したのだった。