6.
「暇だ…………」
私は天蓋付きベッドの真っ白い天井に向かって、そうつぶやいた。
レグランドに来て1週間が立った。
1日目は牢に入るわマリアとまさかの再会をするわでそれなりに忙しかったのだが、2日目からが昨日のことが嘘のように退屈だった。
ドレスの採寸をするとかで来た仕立て屋とか宝石商とか靴屋とかの相手とかで終わり、3日目からは1日中ダラダラと読書とオテュール家別邸探検と食事をして過ごしている。
ドレスの採寸とかはしなくて良いんですよ、コルセットとか凄い息苦しくて着たくないんですよ、出来れば! だから、家の中ではどうせ人なんて来るわけがないから、と我儘を言って前にマリアが着ていたような一般人が着るようなワンピースか元から着ていた学校の制服で過ごさしてもらっている。
「あー、竹刀振りたい瓦割りたい剣使いたい弓振りたい!」
ぼふぼふと両足を動かすと、羽毛だったのか枕から白い羽が数枚落ちる。何だか虚しくなり、ため息をついた。
「………… あーー! …… ねぇ、マリア。確か、生活に必要なものなら何でも買っていいんだよね!? アルドそう言ってたよね!?」
「は、はい!? え、ええ、宰相様からそう申し使っておりますが」
頭の中に1つのアイデアが浮かび、入口付近に控えていたマリアに話しかける。ぼーっとしていたのか、びくんと肩を震わせて応えた。
「それで、レグランドに竹刀…… 何か、竹で出来た似非の刀みたいなのない!?」
「シナイ、ですか? アヤネ様、申し訳ありませんが“タケ”、“カタナ”とは何でしょうか……?」
マリアは、心底困ったように首を傾げる。
そうか、中世ヨーロッパに竹はないのか…… ヨーロッパに竹が入ったのって19世紀とか20世紀あたりって聞いことあるしなー。そうかそうか! ………… ええー。
じゃあ、この時代の剣術を習う人達ってまったくの初心者の時から刃が付いている真剣を使って練習してたの? 日本みたいに練習の時は、竹刀みたいな当たってもせいぜい怪我するくらいの刃が付いていないもの使ってなかったの? 何それ凄い。
「よし、マリア! 私、生活に必要なもので欲しいものが出来たから買っていいよね」
「よろしいと思われますが…… 何をお買いになるのですか?」
「剣!」
*
「アヤネ様ぁ、本当に大丈夫なんでしょうか……?」
「大丈夫大丈夫! この格好だってばれやしない!」
というわけで、都城綾音、in街中。
いつのまにか腰まで伸びていた髪を後ろで高く結い上げ、騎士が着るような服と白いフードコートを着てマリアと共に歩いてます。マリアもいつも着てるようなメイド服(マリア曰く侍女服)ではなく、始めてあった時のような淡いピンクのワンピースっぽい服装だ。
いわゆる、男装と私服である。
剣を買うことには、想像通り反対された。
まあ、中世ヨーロッパ風のレグランドで女が剣術なんてありえませんものねー。私はどこぞの家出娘か、というくらいに止められたけど、最終的にはマリアが折れた。
アルドになんて、ドレス買ったとか嘘ついとけばいいんですよ。ばれなきゃいいの、ばれないきゃ!
それで、何故男装かというと。
剣を使うには勿論、自分に合ったものが必要だ。つまり、お店まで行かなきゃいけないということになる。
そりゃあ、オテュール家だったら向こうをこっちに来させることだって出来るだろうよ。というか、それが当たり前だろうよ。でも、そんなことをしたら間違いなくアルドにばれる。イコール、お説教コースに突入することになる。
女が剣を使うのが稀らしいこの国で、女の格好のままお店に行ったら間違いなく人目を引く。それが、貴族みたいなドレスを着た人間なら尚更だ。それにプラスして貴族の移動手段である馬車に乗って来たら、ねぇ……
というわけで、男装ということに落ち着いた。服は、あんまり偉くなさそうな平騎士の格好だ。これなら、お店でも無難に過ごせそうだろう。
マリアもメイド服だと目立つので、私服にしてもらった。それくらいだと、騎士の友人くらいにしか見えないよね。
そういえば、アルドお預かりの私は表向きにはオテュール家の遠い遠い親戚で隣の隣のその隣のそのまた隣くらいにある国の公爵令嬢で、現在家出中という設定らしい。
何故外国かというと、レグランドに黒髪はごく少数しかいないそうな。そうだよねー、皆茶髪金髪銀髪だもんねー。色素薄いもんねー。
王様も何の功績も残していない初代勇者が帰って来たとは、中々言えないんだそうな。
初代勇者の存在は国中が知っていることだけど、肝心の魔王復活の際に駆けつけなかったために、かなり恨まれているらしい。私の帰還を発表したら、酷い地域では暴動が起こるみたいだそうです。
あー、早く日本に帰りたい。
「それにしても、アヤネ様は剣をお使いになられるのですね」
「えへへ、まあね」
ちなみに、現代日本に生きる私ですが、真剣、使えます。
居合道は、元は抜刀術から派生したこともあり、基本は真剣を使う。でも、日本の何ちゃら法とか法律で禁止されていることもあり、普通は日本刀を真似た模擬刀で行う。
だけど上級者は真剣を使えるので、私は5年前から真剣を使っている。ほら、私って上級者だから! ………… うん、ごめん。
「わっ!?」
そんなことをぼーっと歩きながら考えていると、肩に何かがぶつかったような感触を感じる。
後ろを振り返ると、1人の従者を連れた私と同じような騎士風の格好の男が堂々と歩いていた。どうやら、あの人とぶつかったらしい。
謝った方がいいのか? いやでも、向こうも無反応だし。
よし、日本風に“見知らぬ人とぶつかっても両方ともなかったことにする”作戦でいこう。
「おい、お前! そこの長髪女顔男!」
心配そうな表情のマリアを連れて、また歩き出すと後ろから大声で多分私を引き止めるであろう言葉が聞こえた。
長髪ってこのポニーテールみたいな髪型のことか。そりゃあ、男の長髪は少ないだろうけどね、あなたにだけは言われたくないよ、金髪長髪碧眼男よ。
「何ですか。………… ああ、ぶつかったことなら謝ります。すみませんでした」
「そういうことじゃない!」
じゃあ、どういうことなんだYO!
金長髪男は、どんどんと私に向かって歩いてくる。ついには、竹刀1本分くらいの距離になった。
金長髪男は、ドヤ顔ではめていた白手袋を大げさに落とし、それはひらひらと舞って私の足元に落ちる。
何だよ、拾えってか。
マリアの方を向くと、周りに見えないように両手で小さくバッテンを作っていた。可愛いけど、ごめん、まったく意味が分からない!
「はい、落としましたよ」
「決闘だ!」
白手袋を拾い、金長髪男に差し出すと、大声を上げてそう言った。
うん、本当、何なんですかこの人。
「お前は、俺の名誉を汚した! よって、決闘だ! 今、すぐに!」
決闘ね、決闘。
前、何銃士だかは忘れたけど、それで後に主人公の仲間となる人達と全員決闘して、始まる物語があったよね。確か、名誉回復のためにするんだっけ。
それで、私、今、この金長髪男から決闘申し込まれたの?
決闘って確か、命に関わるよね。
いやいやいや、ないないないない。
「決闘は、広場で行う。早くこい!」
………… え。え? えええええ!?