1.
「………… よし、これで」
チョークに思いっきり力をこめ、最後の線を引く。力みすぎたのかボキン、という音と共にチョークが折れた。
“わたし、日本に戻って、剣道とか空手とか弓道とかええと…… とにかく、いろいろ習うから! 戦えるようになるから! それでちゃんと帰って来て、魔王を倒すから”
名も知らない、どこかの異世界の国に召喚されてから日本へと戻った私は、とりあえず思いつくだけの武術を親に習わせてもらった。
剣道、柔道、合気道、空手、居合道、弓道。それを6歳から始めて、早10年。16歳となった私はすべてを全国制覇し、現在、再びあの世界へと戻るための魔法陣を描いているところだった。
何故、そんな古い約束を守るのか。別にほっぽらかしても良いだろう。そんな疑問が自分でも頭に浮かんでくるのだが、何となく守らなければいけないという使命感でここまできた。それに、ここまで努力してきたのに今さら破るというのも何だか虚しいし。
アルドなんちゃらとかいう金髪の少年に日本に戻る時にもらった、あっちに行くための魔法陣の描き方の羊皮紙を参考にして家の前の道路に見よう見真似で描く。道ゆく人々には変人を見る目で見られたけど、仕方ない。………… 仕方ない。
「テクマクマヤコン、テクマクマヤコン! 打倒、魔王!」
魔法陣の上に乗り、呪文を唱える。呪文は基本的に何でも良いらしいのでかっこいい呪文が思いつかないために、何か変なのになってしまった。まあ、これでも魔法陣は作動するようで、次第に魔法陣があの時のように白い光を出しながら輝く。
一瞬にして視界が真っ暗になり、私の意識はなくなった。
*
「うわっ!」
意識が戻った時には、私は例の魔法陣の上に強引に落とされていた。どすん、という音がして尻もちをついた。制服のスカートについた土を払いながら立ち上がり、周りを見渡す。
色とりどりの屋台が並んでおり、野菜やら肉やら様々なものが売っている。下は灰色の石畳で、いかにも中世ヨーロッパの市場、みたいな感じだった。
というか、本当に市場やん。
中央にある道には人がごった返しており、通れる隙もない。皆遠くにある何かを見つめていて、私はその後ろの市の奥の奥に落ちたために気づかれもしなかった。
市はもうお祭り騒ぎで、誰が投げたのかトマトとかピーマンが人々の群れの間からぽん、と上がってどこかに落ちる。今日は、国の記念日とか祝日なのか。とにかく、お祝いムードだった。
群れの1番後ろに行って、ジャンプして前を見ようとするが、遠すぎてやっぱり見えない。仕方ないので隣に立っていた、人が良さそうなほんわかとした雰囲気を出している栗色の髪の女の人に声をかけた。
「そこのお姉さん!」
「はいっ!?」
ナンパするような台詞を口にして、お姉さんに声をかえる。突然だったので、お姉さんは肩を震わせて私に振り返った。
「ここってええと、王都ですか?」
「え? あ、はい、そうですよ」
国名も知らないから国なのかそれとも帝国なのか皇国なのかは知らないけど、国と判断して質問する。良かった……! 地方だったら王宮までどうやって行こうかと思った。
「今日って何かあるんですか? お祝いムードなんですけど……」
「ああ、それですね」
すると、お姉さんはとびきりの笑顔を浮かべてこう言った。
「今日は、勇者様が魔王を倒してからちょうど1年になるんです。だから、そのお祝いで国全体がこんな感じなんですよ」
え?
____ 勇者が魔王を倒した?
「ええええええ!?」