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妹に婚約者を奪われたけど、私は私の幸せを選びます

作者: 衛星 奏志
掲載日:2026/03/29

楽しんで頂けましたら幸いです。

「お姉様、ごめんなさい」

「モニカ、すまない」


我が家の応接室で、婚約者から話があると言われ父と共に向かうと、なぜか妹のキャロルもその場にいた。


 関係のないはずの妹がなぜ?


──そう思う暇もなく、キャロルはマルクの隣に立ち、視線を交わすと、同時に頭を下げてそう言った。


──ああ、そういうことか。


 世間では婚約破棄や真実の愛の物語が大人気で溢れ返っている。けれど、まさかそれが自分の身に起こるとは思わなかった。しかも、相手は実の妹。姉の婚約者を、妹が奪うなど──。


「私、お姉様の婚約者だって分かってた……マルク様を好きになっちゃいけないって……何度も思ったの! でも、でも……止められなかったの!」


 キャロルは涙を滲ませながら、震える声で訴える。その姿は、この上なく愛らしく、庇護欲を掻き立てる。

 そしてそんなキャロルをマルクは痛ましげに、しかし愛おしそうに見つめ、その肩をそっと抱き寄せる。


「俺も……何度も、婚約者はモニカだって自分に言い聞かせた。けれど、抗いながらも必死で愛を伝えてくるキャロルの想いに誠実に向き合おうと決めた瞬間、もう止められなかったんだ」


「ごめんなさい、お姉様……でも、マルク様を……愛してるの!」


「俺もだ、キャロル! キャロルだけを愛してる!」


 ──“浮気に誠実も何もあるものか”と叫びたかったが、淑女としての矜持がそれを押し留めた。


 私がこれまで積み重ねてきたものは、こうしてあっさりと踏みにじられる。今まで、努力も我慢もした事のない妹はまるで悲劇のヒロインのように涙を流し、叫んでいる。


 この茶番は本気なのか演技なのか、もはやどうでもよかった。



 マルクは隣領の子爵家三男。

 私が十歳、彼が十三の時に縁談が整った。

 我が伯爵家に婿入りという形で利害関係がある訳ではなく、隣接する領地の協力関係をより強固にするためのものとして成された。


 優しく、穏やかで、栗色の髪と澄んだ青色の瞳をもつハンサムなマルクは私たち姉妹にとって憧れの存在だった。きっと私にとっては初恋の相手で、婚約した時は天にも昇るような気持ちだったけれど、その後厳しさを増した領主教育を受ける中で私自身余裕がなくなり、感情は追いやられ、現実的な仕事上でのパートナーと変化していた。

 それでも情はあり、これから長く支え合い、共に歩いていく中で愛を育んでいけると思っていた。


 ──まさか、こんな結果になろうとは。


 春の長期休みを利用して王都の学園から一時帰省中だった私は、次年度は二年生に進級する。

 マルクは前年に卒業しており、私の不在中は父のもとで領地経営をみっちり教え込まれていた筈なのに──その傍、妹と愛を育んでいたとは、何とも皮肉な話だ。


 横目で父をうかがうと、彼の表情は読めない。諦めているのか、怒っているようにも見えるが……私の願望がそう見せているだけかもしれない。


「一つ聞く」


 低く響く父の声に、マルクとキャロルは肩を震わせた。


「どんな困難が訪れようと、互いに支え合い、一生添い遂げる覚悟はあるか?」


「「えっ……」」


 三人の声が重なる。厳しい叱責を想像していたのだろう。まさか覚悟を問われるとは思わなかったに違いない。


「も、もちろんです!」


 マルクは顔を輝かせて答えた。


「キャロルとなら、どんな困難でも乗り越えられます。領地も、必ず良くしてみせます!」


「キャロルはどうだ?」


「はい、私もマルク様を支えていきます!」


「分かった。婚約者の変更をソルビート子爵に伝えよう」


 父の言葉が、信じられなかった。


 まるで、この場に私が存在していないかのように話が進んでいく。当事者であるはずの私は、ただ呆然と立ち尽くしていた。


 喜び抱き合っている二人は、腕を組んで嬉しそうに見つめ合い部屋から出て行った。


「お父様、どうして……」


 シンとした部屋に弱々しい声が響いた。


「モニカ、お前はマルクを愛していたのか?」


 愛していたとは言えない。しかし、これから愛を育んで支え合っていくのだと思っていた。


 貴族にとって、愛のない結婚は珍しくないけれど、私はマルクへの情はあった。愛情とまでは言えないけれど──それが、彼との関係のすべて、私とキャロルの違いなのかもしれない。


 それはとても苦しいことだ。


「キャロルは、可愛い娘だ。愛し合い、結婚したいと願うのなら、それを叶えてやりたいと思うのが親というものだ」


 では、私は? 私は可愛い娘ではなかったのか──。

 胸の奥がジクジク痛む。不安と喪失が波のように押し寄せ、涙が溢れた。


 父はため息をつき、そっと私の肩を抱いた。


「マルクを愛していたのか?」


 再び問われ、私は首を横に振る。愛ではなかった──けれど、苦しさは消えなかった。


 父はサッと手紙を書き、執事に渡しマルクに至急ソルビート子爵へ届けさせるよう指示すると、父自らお茶を淹れてくれた。


「モニカ、お前にはもっと良い縁談を用意しよう。しばらくは家の中も慌ただしくなる。少し早いが、王都に戻りなさい。大丈夫──お前も、私の大切な娘だよ」


「……はい」


 その手が優しく私の頭を撫でる。わずかに安心した。けれど、不安はまだ胸に残したまま王都へと戻った。



 モニカが婚約を解消しマルクが平民となったこと、そして新たな婚約者が学園の同級生、エーデル伯爵家三男・イスカルに決まったことは、瞬く間に社交界を駆け巡った。


 結果として、子爵家の嫡男でなかったマルクと、伯爵家の嫡子でないキャロルの結婚は、継ぐべき爵位のない、貴族としての立場を失った平民同士の婚姻となった。


 二人は、伯爵家を継ぐつもりだったのかもしれない。だが、領地経営の教育を受けていたのは私であり、現時点ではマルクはあくまで補佐役。蝶よ花よと育てられたキャロルは領地を治めるための素養など持ち合わせていない。


 当然、マルクに領地を任せるつもりも、私が学んだことを一から教える義理もなかった。


 父のソルビート子爵への手紙には、婚約者変更の旨と至った理由、そしてマルクとキャロルの覚悟を尊重するとの言葉が記されていた。


 ソルビート子爵は、それを読み、マルクを家から追い出した。


 当然のことだった。伯爵家の当主配という立場を捨てて、爵位を持たぬ妹を選んだのだから。


 平民となったマルクは住まいを探し、生活のために仕事を得なければならなかった。


 一方のキャロルも、貴族学園への入学は取り消され、急ぎ家事の教育を受けることになった。料理、洗濯、掃除──すべてを自分の手でこなさなければならない。


 平民にはメイドなどいない。どれだけ泣こうが、喚こうが、撤回されることはない。父の判断は常に冷静で、容赦がなかった。


 かつての私が、容赦なく領主としての教育を施されたように、今度はキャロルが容赦なく現実を叩き込まれていた。


 キャロルには、持参金として用意されていた資金の一部が渡された。


 マルクも、かつての立場に見合った程度の私財を持っていたため、当面の生活には困らないだろう。ただし、それは「贅沢をしなければ」の話だが。


 ──実を言えば、私はキャロルとマルクが領地を継ぎ、自分はどこかに嫁がされるかもしれないと思っていた。


 王都に戻ってすぐは不安で仕方なかった。これから嫁ぎ先を探すとしたらせいぜい後妻か、爵位を持たない次男か三男。運が良くて、騎士爵くらいだ。下手すればキズモノと見做され、年老いた貴族か商人という可能性もあった。


 そう考えたのも、両親の姉妹への接し方があまりにも違っていたからだ。


 これまで私は教育漬けだった。領地の巡回、座学、課題──息をつく暇もない日々。


 母とキャロルが庭でお茶を楽しむ様子、着飾って買い物に出かけていく姿を、書斎の窓から羨ましく眺めた。


 夜、誰にも気づかれぬよう布団の中で泣いたことも、一度や二度ではない。


 ──けれど、今ならわかる。


 あの時の厳しさは、私が嫡子だからこそ注がれたものであり、領地と領民の未来を背負う者として必要なことだったのだと。


 そして、キャロルは貴族夫人として育てられていたのだ。母の傍で、社交と礼儀を学び、愛らしく、守られる存在として。


 おそらく、キャロル自身も、自分の方が愛されていると信じて疑っていなかったのだろう。


 だからこそ、今回の一件で、私はようやく親の愛を実感することができた。



 新しい婚約者は、自分の意思で選んだ。


 王都に戻り新学期が始まって少しした頃、父から「想う相手がいるならば、縁談を打診しよう」と言われたときは驚いた。そして、嬉しかった。


 私の人を見る目を信じて、評価してくれたのだと、そう思えたから。


 私が選んだのは、学園の同級生、エーデル伯爵家三男のイスカル。


 彼は派手さこそないが、真面目で勤勉、穏やかな性格で、授業の討論会ではいつも目を見張るような発言をする。


 知的で冷静な視点を持つ彼は、私にはない視野を広げてくれる存在だった。


 なぜあんなにも優秀な彼に婚約者がいなかったのか、不思議に思うほどに。


 婚約者としてのイスカルは私を一人の人間として尊重し、私の意見を真剣に受け止めてくれる。


 互いに学び合い、支え合う関係──そんな未来が想像できた。



 一方、マルクとキャロルは、平民として新たな生活を始めた。


 だが、その日々は決して甘いものではなかったようだ。


 「こんなはずではなかった」──そんな愚痴を周囲に零しているという。


 平民としての生活を習ったとはいえ、メイドに傅かれるのが当たり前だったキャロルがすぐに平民の生活ができるわけもなく、炊いた米を焦がし食材を台無しにし鍋を火にかけたまま火事を起こしかけ泣き喚いたと聞く。


 それでも誰も助けてはくれない。自分でやらなければいけない、家政婦を雇う金などないのだから。


 一方のマルクは、学園で習った事を生かし商家で働き出した。無能な人ではなかったが、平民になる予定などなかった彼は気位が高く、職場でも客相手でも対応ができず、怒られてばかりいるようだ。それでも生活するには働くしかなかった。


 貴族であった頃の、柔らかな手も白い肌も、今では日焼けして荒れ放題だそうだ。令息と呼ばれていた面影など、誰も気に留めない。


 マルクが借りた部屋では家賃が高く、ランクを落とし二人で借りた部屋は、安宿同然の木造家屋。冬には隙間風が吹き込み、夏には寝ている間に虫に喰われる。


 それでも、二人は寄り添い合っているらしい。互いにすがり合わなければ、生きていけないのだろう。


 二人は「どんな困難でも乗り越える」と言った。


 ──ならば、その言葉通りに生きていくしか無い。

 この先、どれだけ惨めな暮らしが待っていようとも。


 それは自ら選び取った結果だ。


 誰に強いられたわけでもなく、自ら望んだ結末なのだ。後悔しても、もう遅い。


 私にできることは、彼らが暮らすこの領地を守り、発展させていくこと。


 かつて私の隣に立つはずだった男と、私を見下していた妹。


 その二人が、同じ屋根の下で現実に押し潰されている。


 ──それを知ったところで不思議と何の感情も湧かなかった。


 ただ一つ確かなのは、あの選択が正しかったという事実だけだ。


イスカルは名前しか出て来なかったけどとても優秀で、領地に新たな富をもたらす招き猫婚約者です。


マルクは自分が優秀で認められてると思ってるから自分が跡を継ぐものだと思ってますし実際優秀なんだけど、妹と逢引してるのを誰よりも近くで父親が見てますから任せる筈がないです。


最後までお読み頂き、ありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
両親はちゃんとまともで判断もしっかりしていたので良かった 面白かったです
お米を炊くってことはイタリアやスペイン系の食事なのかな。長粒米はどっちかと言うと「煮る」らしいけど。パンを買うより安上がりだから米料理を頑張っている、とも読めますね。 婚姻(契約)を蔑ろにしようとする…
米に稲生えたwww いい感じにざまぁされてスッキリです。 米以外は。
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