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第七話 遊園地

遊園地のゲートをくぐった瞬間、世界は極彩色のパズルをぶちまけたような喧騒に塗り替えられた。空を衝くコースターの轟音、弾けるような子供たちの歓声、そして鼻腔をくすぐる甘ったるいキャラメルの香り。

日常の静寂を置き去りにしたその熱気に、陽葵は一瞬だけ立ちすくんだが、少し駆け足で俺の前に出ると両手を高々と挙げて、弾んだ声を上げた。


「やって来たぞー、遊園地!」

「瀬戸さん、そんなキャラだったっけ?」

「つれないなー。楽しむときは思いっきり楽しむ。蓮君もほら一緒に、せーのっ」

「やってきたぞ、ゆうえんち」

「棒読み。テンション低い。やり直し」


陽葵は頬を膨らませて俺を指差す。その仕草一つ一つが、昨日までの彼女よりもずっと感情豊かで、生命力に溢れているように見えた。俺を引っ張っていくその小さな背中は、初夏の眩しい光を透かして、白く輝いている。

俺は照れ臭さを飲み込みながら、彼女のペースに巻き込まれるように歩き出した。

今日という一日。不安がなかったわけじゃない。けれど、目の前で弾けるように笑う彼女を見ていると、そんな杞憂は霧散していく。


「ねぇ、聞いてる?」


考え事をしていて陽葵の話に耳を向けてなかった俺の顔を覗き込むように陽葵は顔をまた膨らませて見て来る。


「ごめん、聞いて無かった」

「もう、そんな悪い子にはお仕置きをしないとね。それじゃあ、初めはあれに乗るとしよう」


そう言って彼女が立てた人差し指の先には、あまりに巨大な赤鉄のアーチがそびえ立っていた。急加速した後、高層マンションを優に超える高さまでほぼ垂直に上昇し、そこから間髪入れずに垂直落下する。その単純明快で暴力的な重力の檻を前に、俺の喉は不規則に鳴った。俺は見るだけで身震いしてしまう。


「……本気か?」


思わず引きつった声が出た。見上げるレールの先では、轟音と共に銀色の塊が虚空へと放り出され、乗客たちの絶叫が風に乗ってこちらまで降り注いでいる。


「もちろん! 私、こういう刺激的なのは嫌いじゃないの。むしろ、これくらい激しい方が、記憶に深く刻みつけられる気がして」


陽葵はいたずらっぽく片目を瞑ってみせると、俺の返事も待たずに列の最後尾へと駆け出した。その背中を追いかけながら、俺は彼女が口にした「刺激」という言葉を反芻していた。忘れたくないという切実な想いが、彼女をあの絶壁のようなレールへと向かわせるのだろうか。

そうして俺たちの番がやって来た。俺はハーネスをリュックサックを背負うように強く握り歯を食いしばる。対する陽葵は、ワクワクドキドキと何故か効果音を自分で発しながらキョロキョロと周りを見渡して、緊張しているそぶりなど一ミリも感じられない。

心電図のブザー音のようなBGMと心臓の鼓動音が鳴らされ、いよいよスタートを感じさせる。


「アルファ・ブラボー・スタンバイ」

「OK」


クルーたちが謎のやり取りを開始する。


「それでは始めます、ブースタースイッチオン」


それと同時にスタート前に鳴っていたブザー音のペースが速くなり、心停止を思わせるような「ピー」という音の直後。


「頂上65メートルからの景色も楽しんできてくださいイグニッション」


大気を震わせる爆音とともに、俺の視界から景色が消失した。

座席が背中を突き破らんばかりの衝撃。内臓が置き去りにされるような凄まじい加速度に、俺の喉は悲鳴を上げることさえ忘れて凍りついた。時速百キロを超える猛烈な風が顔を叩き、思考は一瞬で白く塗り潰される。

銀色の弾丸と化した俺たちは、垂直にそそり立つ赤鉄のレールを一気に駆け上がった。

空に向かって放り出されるような感覚。最高到達点の六十五メートルに達した刹那、世界の動きが止まった。眼下にはミニチュアのような遊園地の全景と、初夏の陽光を反射して輝く街並みが広がっている。息を呑む暇さえ与えられず、一瞬の静寂ののち、今度は重力に魂を奪われるような垂直落下が始まった。


「きゃっはぁぁぁぁぁぁぁ!」


鼓膜を突き刺したのは、耳を劈く絶叫……ではなく、歓喜に満ちた陽葵の叫びだった。  恐怖の底に叩き落とされる俺とは対照的に、彼女は解き放たれたような自由な笑顔で、全身でこの瞬間を享受していた。

数分後。地上に戻り、ハーネスが解除された俺は、生まれたての小鹿のように膝を震わせ、幽霊のような足取りでプラットホームを降りた。三半規管が激しく抗議し、視界がぐにゃりと波打つ。


「……蓮君、大丈夫? 顔が真っ青だよ」

「……ああ、悪い。ちょっと、魂が空に置いてけぼりにされた」


情けない声を出す俺を、陽葵は心配そうに覗き込んだ。「少し待ってて、冷たい飲み物買ってくるから。そこで休んでて!」と言うと、彼女は俺の返事も待たずに売店へと軽やかに走っていった。

彼女の背中を見送りながら、俺はベンチに倒れ込み、荒い息を整える。

ふと、横のベンチに置かれたままの彼女の鞄に目が留まった。そこからは、あのノートが少しだけ顔を覗かせている。

そう言えば待ち合わせ場所でも熱心にノートを見ていたのを思い出す。俺は、陽葵に心の中でごめんと誤りながらそのノートを手に取りなんとなくパラパラとページを捲る。


そして、あるページを見た時に俺は固まった。

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