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第四話 過去

翌朝、俺はいつもよりも早く目が覚めた。

でもそれは、目覚まし時計の時間を早くに設定したわけでは無い。眠りにつくのが速かったわけでもない。なんなら、遠足を楽しみにする幼稚園生のようになかなか眠りに付けなかったまである。

そんな俺が、早くに目が覚めたのは良くも悪くも一緒に登校しようと約束した彼女のせいだろう。

カーテンの隙間から差し込む朝日が、いつもより眩しく感じられた。 鏡の前で寝癖を直し、何度も制服の襟を整える。弟の湊を車椅子へ移す手つきも、どこか浮ついていたようで、「兄貴、今日なんか鼻歌歌ってるよ。うるさい」と呆れられてしまった。


「……悪い。行ってくるわ」

「行ってらっしゃい」


そんな俺を湊は笑顔で送り出してくれた。

早足で校門へと向かう。心臓がうるさいくらいに鼓動を刻んでいた。

約束の場所。視線の先に、聞き慣れた足音と共に見慣れたシルエットが現れる。

彼女が俺を見つけた。陽葵は一瞬、はにかむように微笑むと、小走りにこちらへ駆け寄ってきた。


「おはよう、蓮君。……ちゃんと、待っててくれたんだね」


その言葉に、体中の緊張がふっと解ける。


「おはよう。……正直、不安だったよ。君がまた、俺を『不審者』扱いするんじゃないかって」

「ふふ、そんなに心配性だった?安心して、ちゃーんと覚えてるよ」

「それじゃ、行こっか」


そうして俺たちは二人並んで学校へと登校した。

その最中、会話は途切れることなく続き、無限に続けばいいなという俺の願いもむなしく、あっという間に学校に到着してしまっていた。

クラスが一緒な訳ではなく、更にうちの高校はまあまあのマンモス高でもあるために、彼女と俺のクラスは階まで違う。よって、一緒にいられるのも靴箱までだった。


「それじゃあ、私は二階だからまた放課後図書室で」

「え、ああそうだな。また図書室で」


俺が彼女の背中を、見送っていると


「――ニヤニヤしすぎ。朝から何見てんだよ」


 不意に背後からかけられた声に、俺の肩が大きく跳ねた。振り返ると、そこには眠たそうに目をこすりながら、こちらをじっと見つめる慎吾が立っていた。


「……慎吾か。驚かすなよ」

「驚くようなことしてる方が悪いだろ。お前、さっき瀬戸さんと一緒に来てただろ?おまけにその顔。……完全に『いいことありました』って書いてあるぞ」


 慎吾は俺の隣に並ぶと、上履きに履き替えながら執拗に顔を覗き込んできた。


「昨日あんなに不審者扱いされてたのに、一晩で何があったんだよ。お前、まさか瀬戸さんの弱みでも握ったのか?」

「そんなわけあるか。……普通に、話して仲良くなっただけだ」

「フーン」

「……仲良くなれたのは、あいつが忘れてくれたからだよ」

「はあ? 意味わかんねえ」


 慎吾の呆れ声を背中で聞きながら、俺は自分の教室へと続く階段を上り始めた。


「好きなんだな、瀬戸さんの事」

「……っ! な、何言ってんだよ」


階段を上りかけた足が、派手に空を切った。手すりにしがみついてどうにか転倒を免れたが、心臓の跳ね方はさっきまでとは別の意味で限界に達していた。


「図星かよ。分かりやすすぎ」


慎吾は後ろからゆっくり階段を上ってくると、俺の横を通り過ぎる際に、ニヤリと底意地の悪い笑みを残していった。


「やっと蓮君にも春が来ましたかー。俺はね、嬉しいよ。一年の頃はあんなに塞ぎ込んでたお前が、誰かを好きになるなんて。瀬戸さんには感謝だね。感謝感激雨嵐だよ。俺も話してみたいなー」

「……慎吾、お前、瀬戸さんに余計なことすんなよ」


 慎吾の軽口に、俺は手すりを握る手に力を込めた。


「分かってるって。親友の恋路を邪魔するほど性格悪くないよ」


慎吾はひらひら手を振りながら、自分のクラスがある階へと消えていった。


 ――一年前。俺のせいで湊が車いす生活になってしまってから俺は何もかもが嫌になった。どれだけ悔やんでも湊の足は元には戻らない。過去を悔やんでも今も、未来も変わらない。だから過去にも今にも希望を持たなくなった。

そして、仲のいい友達ともつるむのを辞めた。俺だけが楽しんで湊にどんな顔をして会えば良いのか分からなくなったから。

だから、中高一貫だった中学から、高校を変えてここに入学してきた。ここには友達もいないと思ったから。それなのにあいつは、慎吾は俺と一緒に受験をして、追いかけてこの高校に来たのだ。


「……本当、おせっかいな奴」


階段の途中で一人、俺は小さく毒づいた。

慎吾は中学の頃からずっとそうだ。俺がどれだけ突き放しても、分厚い壁を作っても、それを重機でなぎ倒すみたいに土足で踏み込んでくる。湊の事故の後、抜け殻のようになった俺を一人にさせなかったのは、紛れもなくあいつだった。

あいつが追いかけてこなければ、俺は今でも暗い部屋の隅で、過去の泥に足を取られたまま動けずにいただろう。あいつには感謝しかない。

慎吾には幸せな人生を過ごしてほしいのだが、これまで一度もそう言う話を聞いたことが無い。顔も性格も問題は無いはずだが。

そんなどうでもいいことを考えながら俺は教室へ向かって行った。

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