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第三話 再会

放課後。昨日と同じ、夕焼けが差し込む図書室の扉の前。

中に彼女が居ることは後を付けたため分かっている。決してストーカーなどではない。決して。多分。

俺は、大きく一つ深呼吸をして扉に手を掛け、徐に開ける。昨日と同じ席に座っている彼女に近づく。


「またあなたですか?」


俺の足音に気づいた彼女が、眉をひそめてこちらを見る。朝の廊下で見せた、あの「他人」を見る冷ややかな目。


「いいや、今日初めて会うはずだよ。俺は二組の秋月蓮。隣、いいか?」

「……秋月、くん。聞いたことのない名前……あっ」


彼女はそう言いかけたのを辞めて、自分の鞄からノートを取り出してペラペラとページを捲っていく。そうしてあるページで止まるともう一度俺の顔を向き直す。


「秋月蓮君。あなただったのですね」


そのノートを見ると、昨日の放課後の事が事細かに書いてあった。


「ちゃんと覚えててくれたんだな」

「覚えてないですよ。誰ですかって聞いちゃいましたし。これは記憶じゃなくて記録です」


陽葵は悲しそうな顔をしながらそう言った。

陽葵の言葉に、俺は少しだけ呼吸を整えた。「記憶じゃなくて記録」という言葉の裏には、彼女が背負っている不確定な恐怖が張り付いていたからだ。


「……そっか。昨日の俺のことは、消えちゃったんだな」

「そうみたいです。ノートを読んで事実は把握しました。でも、記憶の連続性が……肌感覚としての『昨日』が、あなただけ抜け落ちているんです」


陽葵は、自分の頭を軽く指先で叩いた。


「この病気の嫌なところは、ランダム性なんです。激しく心が動いた対象を脳が選別するけれど、それが必ずしも『一番大切な人』とは限らない。昨日の私は、クラスの友達との会話は覚えているのに、一番鮮烈だったはずの……あなたとの記憶だけを『毒』だと判断して、捨ててしまった」


彼女はノートの余白に、昨日の日付と俺の名前をもう一度、自分に言い聞かせるように書き込んだ。


「明日目覚めたとき、私はまたあなたのことを忘れているかもしれない。あるいは、普通に覚えているかもしれない。……ギャンブルなんです。毎日、誰を失うかの賭けをして、私は負け続けている」

「……負けてないだろ」


俺は遮るように言った。


「もし明日、君が俺のことを覚えていたら、それは俺との時間が『毒』じゃなかったってことだ。逆に忘れていたら、それは俺が君の心を昨日より激しく揺さぶったって証拠だ。……どっちに転んでも、俺たちの勝ちだよ」


陽葵はペンを止め、驚いたように目を見開いた。そんなポジティブな解釈、彼女の「記録」の中にもなかったのだろう。


「忘れられたら、また『初めまして』から始める。覚えていたら、『昨日の続き』を話す。ただそれだけだ。難しく考えるなよ、バックアップは俺が持ってるんだから」


陽葵は呆れたように、でもどこか救われたような顔をして、小さく鼻を鳴らした。


「本当に、変な人。……でも、少しだけ分かりました。昨日の私が、どうしてノートに『信じていい』なんて書いたのか」


彼女はそう言うと、今度はノートではなく、まっすぐに俺の目を見た。その瞳はまだビー玉のように透き通っているけれど、今はそこに、俺という存在が反射して、確かな色彩を帯びているように見えた。


「今日の私は、明日の私にこう書き残しておきます。『秋月君は、忘れても大丈夫な人だ』って」

「おい、それは『忘れてもいい』って意味か?」

「ふふ、ご想像にお任せします」


陽葵は、今日一番の、そして昨日よりもずっと鮮やかな笑顔を見せた。 その笑顔が、あまりに眩しくて。

(……あぁ、これは。明日もまた、俺が消されないといいなぁ)

自分の心臓が、またあの不規則なリズムを刻み始めるのを感じながら、俺は苦笑いするしかなかった。

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