地獄のインフルエンサー
「ま〜たトラックぶつけたのか!」
会社に帰るなり、五里部長に怒鳴られた。
叱責されて当然だ。この運送会社に入って半年、これで5回目の事故だ。
でも僕には言い訳する権利があると思った。
「細田くん……。君、この仕事に向いてないんじゃないのかね?」
溜め息を吐く五里部長に、僕は早速言い訳をした。
「でも僕、トラックの運転始めてまだ半年ですよ? それに同じミスは繰り返していません」
「あのな……」
部長が呆れた口調で、僕の事故歴を書類で確認する。
「バックで乗用車にぶつけ、電柱にミラーをぶつけ、民家の雨どいをぶっ壊し、ETCレーンで柱を倒し、ガードレールをひっぺがし……」
「ほら! 同じ事故は二度してないでしょ?」
「ばっかもん!」
怒鳴られた。
「次、何かやったら辞めてもらうからな! っていうか自主退職しろや!」
帰りの車の中で、僕はひたすら呟いた。
「部長は……世間はなんにもわかってない。僕は仕方なくトラック運転手なんかやってるのに……」
僕の名前は細田攻、31歳。この仕事をしているやつには結構珍しく履歴書に『大卒』と書ける男だ。まぁ、無名の三流大学だけど。
8年前、23歳の時、僕は某ラノベの新人賞で佳作を貰い、デビューした。ペンネームは『強木攻』。本も出してる。1冊だけだけど……
受賞でのぼせ上がり、ちょっと調子に乗りすぎて、編集者から引かれた。それでデビュー作の『ウィンター・ウォーズ①』が一巻だけで打ち切りになってしまったわけだ。
その後はいくら書いてもボツを喰らい続け、遂には出版社との繋がりもこちらから絶ってしまった。僕の才能のすべてをわかってくれないひとたちなんて、こちらから願い下げだった。
しばらくは親のスネをかじって生活していたが、「働け」と言われたので31歳で運送会社に就職した。でもこんなのは仮の姿だ。
僕はほんとうは凄いやつなんだ。
ラノベの新人賞を獲ったんだぞ。
ただ、人間と関わるのが苦手だから、こんな仕事をしているだけだ。
もう小説を書く気もなかった。もう、あんな僕をわかってくれないやつらと仕事をするのは真っ平ごめんだった。
ある日、僕はたまたま『小説家になりお』というサイトを見つけた。
前から名前は聞いたことがあった。素人が小説を投稿して、多くのひとに読んでもらえるサイトだというのは知っていた。
つまり僕のようなプロが入ってもいいサイトだとは思ってなかったから、興味はもったことがなかった。でもネットの知り合いから『プロも書いてる』とか『ここからプロデビューしたひともいる』とか聞いたので、初めて興味をもったのだ。
試しに投稿されてる小説を読んでみると、どれもこれも僕の足元にも及ばない。
「いいのかな〜。僕なんかが投稿しちゃったら、子鹿ばっかりの遊び場にライオンが入っちゃうようなものだよ〜?」
そう呟きながら、僕は新作の短編小説を書いて投稿した。
結果は見なくても予想がついた。
『天才、現る!』
そんなふうにもてはやされて、才能にびっくりされて、ランキングを独占することになるに決まってる。
翌日、僕は投稿した新作小説『地獄のハッピーエンド』についた数字を見た。
pv 56
pvとはページビュー、僕の小説のページが何回開かれたかを表してるらしい。まぁ……新人だし、こんなものかな。
ユニーク 38
ページビューから同じ人間が閲覧したものを除いた数字、つまりは僕の小説を読んだ人数だ。
ポイント 0
感想 0
レビュー 0
何? なんなの……?
38人も読んだやつがいるはずなのに、なんでポイントがついてないの? バカなの?
……まぁ、見る目のないやつばかりが読んだんだろう。残念だったね、僕の才能は君らじゃわからないよ。
それにもしかしたらまだ早いのかもしれない。明日になったらグッと伸びるはずだ。僕はその時を待った。
翌日になったが、数字はちっとも伸びなかった。
ただ、ポイントが10になった。この数字は一人が最高点をつけたということを意味する。
おまけに感想が一件、ついていた。
『少し昔の、懐かしのラノベみたいな感じですね。こういうの好きでした。応援してます、頑張ってください』
うん……。
言われてみれば確かに、僕は現在のラノベの流行に疎かった。
プロの実力があるとはいえ、そうか、古臭いものを書いていては見向きもされないよな。
僕は相手に『ありがとうございます。参考になりました』とだけ返信し、流行の勉強を始めた。
流行りの異世界恋愛を書いた。
タイトルは『地獄の婚約破棄』だ。
まずは短編で投稿し、受けがよかったら連載化するのがいいと聞いて、そうした。
pv 1,362
ユニーク 897
ポイント 382
いきなりそんな数字で始まり、僕はワクワクした。
二作目で書籍化、イケるんじゃないか、これ?
そう思っていたけど、その後数字はpvとユニークばっかり増えて、ポイントはあまり伸びなかった。感想はおろかレビューすら一件もつかない。
何が足りないんだろう?
ネットで調べると、プロモーションの必要性が書いてあった。
確かにそうだ。いくら良いものを書いても、見つからなければ評価もされない。
異世界恋愛のランキングは激戦区で、100位でも600ポイント台だ。僕の作品はその中になかった。
SNSで宣伝した。
効果はまったくなかった。
そりゃそうだ。僕のフォロワーは30人しかいないもんな。友達作りなんて苦手だ。
作品のあらすじとあとがきに『僕はプロです』と書いたらポイントが20ぐらい減った。なぜだ……
おかしい……。
僕はほんとうにプロなのに。
このサイトで一番才能があるのに。ランキングにすら載らないなんて、おかしい!
悶々としていると、『小説家になりお』のホーム画面に、ぽんと赤い文字が浮き上がった。
■メッセージが一件届いています
なんだろう? こんなの初めてだ。
知り合いなんていないんだが……?
もしかして書籍化の打診?
出版社に見つかっちゃった!?
開いてみると、しかし意外な内容だった。
『あなたの作品、プロモーションします』
それは『インフルエンサー高木』というひとからのメッセージだった。
僕の作品の宣伝をあっちこっちに拡散し、謳い文句なんかも作ってくれるという。
もちろん無料ではなく、しかも宣伝のレベルによって価格が色とりどりだった。
・並のインフルエンサーのSNSで宣伝 二千円
・有名なインフルエンサーのSNSで宣伝 二万円
・そこそこ有名な女優に『この小説にハマってます』と言ってもらう 二十万円
・ゲームの広告に載せる 二百万円
・トランプ大統領に『この小説にハマっている』と言ってもらう 二千万円
うーん……
どうしよう?