スローライフを目指して⑤
「ライル。この依頼を受けてみましょう」
「うん」
俺が頷くと、母さんは手にしていた依頼書を受付に出しに向かう。
「母さん。この公爵家の演奏依頼って……?」
「何でも、令嬢教育に新しいことを増やしたいみたいなの」
「それが音楽……ってこと?」
「ええ」
正直、不安は尽きない。
だけど、母さんと一緒だと心が温まる。
そうこうしている間に、受付の順番が俺たちにまで回って来た。
「公爵家からの演奏依頼。グランジ家からの依頼ですね」
「はい」
受付の女の人の確認に、母さんはしっかり頷いた。
『グランジ家』って……?
そんな疑問符が浮かんだせいで、思わず首をかしげてしまう。
母さんが小声で、「ネーア王国で、有名な公爵家の名前よ」と教えてくれた。
そう言えば、依頼書の隅っこに、そんな言葉が書かれていたっけ。
「制限はなし、ということで、冒険者のランクの提示は必要ありません。こちらは依頼を受理した証明書となります」
「ありがとうございます」
受付の女の人が母さんに渡したのは、今回の依頼を受理した証明書だった。
それからギルドを後にした俺たちは、適当な宿屋を見つけて、そこで話し合っていた。
「……母さん。これからどうするの?」
「しばらくの間、依頼をこなして、ネーア王国の人たちとの繋がりを広げてみましょう。そうすればきっと、魔力検査を受けずに、ネーア王国から出る方法が見つかるはずよ」
心配そうに言う俺の言葉に同調するように、母さんは告げる。
「依頼か……。それなら、俺が天使に覚醒したことで使えるようになった魔法やスキルが、役に立つかも!」
「天使覚醒で……?」
母さんは、俺の言いたいことがよく分からなくて首をかしげる。
俺は言葉を探すように説明を続けた。
「うん。俺、『天使覚醒』の日に、天使の力と記憶をすべて取り戻したんだ。たとえば、『マジックルーム』!」
その瞬間、俺が持っていた楽器、ハープがぱっと消える。
「マジックルームは空間魔法の一つ。術者しか見えない異空間に、物質を出し入れできるんだ」
「魔法なんて……あなた、使えなかったはずじゃ……」
今まで使えなかったはずの魔法を使っている。
その事実に、母さんの信じられないという気持ちが確信に変わっていく。
「ライル。あなたは本当に、ザナフェル様の生まれ変わりなのね」
「……うん。でも、ミカエル兄様の目を逃れるのは、覚醒した俺でも厳しいと思う」
母さんの言葉に、俺は少し気まずそうに視線を逸らす。
「そうなのね……。お母さんが、絶対に守ってあげるからね」
おそるおそる顔を上げると、母さんが痛みをこらえるような表情を浮かべていた。
「違うよ、母さん」
「えっ……?」
「俺が母さんを守る。絶対に守ってみせるから!」
固く掴んだ決意に、母さんは優しく、俺を抱きしめてくれた。




