それでも懐かしい記憶⑨
「改めて、礼を言う。君たちが屋敷に来なければ、今も妻と娘は病に苦しんでいただろう」
「いや、俺たちはただ、演奏をしただけなので……」
俺が首をぶんぶん横に振って誤魔化すと、スタン様は何か事情があるのだと悟ってくれたみたいだ。
それ以上の言及はなかった。
ただ――。
「ライルくん、アイリス様。私は、ダナー商会を許せない。頼む、私たちに協力してくれないか?」
「協力……」
スタン様は思わぬ提案を持ちかけてきた。
「妻が言っていたとおり、君たちの演奏には、特別な力があると思う。その演奏の力を、私たちに貸してほしい」
「でも……」
「君たちの身の安全は保証する。安全な場所で、私たちのために演奏をしてくれるだけでいい」
俺たちの不安を解消するように、スタン様は言い足した。
「引き受けてくれたら、君たちの望みをできる限り、かなえよう」
破格の申し出に、俺と母さんは思わず、顔を見合わせた。
先程、述べられた褒美の品は、どれも俺たちの手には余りそうなものばかりだったけど。
望みなら、かなえてほしいことがある。
「あの……。私たち、魔力検査を受けずに、ネーア王国から出たいんです。その方法ってありませんか?」
「魔力検査を受けずに……か」
母さんの懇願に、スタン様も渋い顔をした。
魔力検査という名の検問のせいで、容易に国の外に出られなくなっている。
そのせいで、冒険者ギルドでは、ネーア王国以外の国に関する依頼がずらりと残っていた。
だが、肝心のザナフェルの生まれ変わりである俺はここにいるし、自分から王宮に行くつもりもない。
もっとも、『憑依の魔法』という強制転移はあるから、何とも言えないけれど。
ただ、ミカエル兄様も、俺の捜索を諦めることはないだろう。
なにしろ、『迎えに行く』と宣戦布告までしてきたし。
俺が王宮に行くまでは、この魔力検査という名の検問を続いていくはずだ。
うーん。
これから、どうすればいいんだろう。
悶々とあれこれ考えていると。
「分かった。君たちの要望、善処しよう。幸い、私たちはその方法を知っている」
「えっ……?」
予想外の答えに、俺たちは目を見張ってしまった。
てっきり、スタン様も『厳しい』と答えると思っていたからだ。
「どうだろう? 引き受けてはくれないか?」
スタン様の再度の懇願に、俺たちの心は決まっていた。
魔力検査を受けずに、ネーア王国から出る方法。
いくら探しても、一向に見つからなかった。
でも、グランジ家の当主、スタン様の力を借りることができれば、それを実行に移せるかもしれない。
もっとも、それでもミカエル兄様の目を盗むのは困難だけど、しかし、衛兵の人たちの隙を突くことができるはずだ。
「分かりました」
「そのお話、お受け致します」
俺の決意に奮い立ったように、母さんは裾を掴んで丁重に一礼した。




