それでも懐かしい記憶②
「アイリス様とライル様のことは、この屋敷の者たち、みんなが好ましいと思っておりますよ」
「えっ……」
不意に飛んできた言葉に、俺はぽかんと口を開けて硬直する。
「アイリス様、ライル様、少しよろしいでしょうか?」
ルリア様には聞かせられない話だったんだろうか。
ジオさんに導かれて、俺と母さんは別の部屋に移動した。
「ここから先の話は、誰にも言わないでいただきたいのです」
ジオさんの声にはどことなく緊張感があり、空気が塗り替えられる。
「実は、ルリア様のご病気についてなのですが、係りつけの医者に診て頂いたところ、全快しているそうなのです」
「………全快」
ジオさんの発言に、俺は思わず目を開いた。
「ルリア様がお元気になられたと感じたのは、アイリス様とライル様の演奏をお聞きになられてからなんです。もしかしたら、お二人の演奏には特別な力があるのかもしれません」
いつか、そのことを知られる時が来るとは思っていた。
胸の辺りがきりきりと痛むのを感じる。
この先に続く衝撃を、俺は受け止めきれるだろうか。
「ここからが本番なんですが、無茶を承知でお願いしたいことがあります」
ジオさんはそう前置きして、噛みしめるように語り始めた。
「アナスタシア様をお救いいただきたいのです」
アナスタシア様は――ルリア様のお母様だ。
確か、病気でずっと、寝込んでいると聞いていたけれど。
「お二人の演奏には、不思議な力があると思われます。アナスタシア様のために演奏していただけませんか?」
「俺たちの演奏を……!」
予想外な話の転がり方に、俺と母さんは顔を見合わせた。
「気休めでも構いません。お二人の演奏を、アナスタシア様にお聞かせいただきたいのです」
ジオさんのまっすぐな瞳。
その奥には、言いようのない悲しみが潜んでいるのが見てとれた。
「旦那様もできる手は尽くしましたが、アナスタシア様の容態は一向に良くなりません。もはや……ただただ、弱っていくアナスタシア様に何をしてやればいいのか、分からないそうで……」
思わず、息が詰まる。
俺は当惑し、その言葉の意味を飲み込むのに時間がかかった。
容態が悪化している。
このままでは、ルリア様のお母様が病気で亡くなってしまうかもしれない。
そうなれば、ルリア様は大いに嘆き悲しむだろう。
『わたし、ほんとにライルせんせいがだいじでだいすきだから』
俺は立ち尽くしたまま、動けずにいる。
先程のルリア様の言葉が、ぐるぐると頭の中を回っていた。
鑑定スキルでステータスを確認すれば、アナスタシア様の症状が分かるかもしれない。
だが、天使の力はできれば隠したまま、平穏に過ごしたいと思っている。
でも、ルリア様の悲しむ姿は見たくない。
ルリア様たちは行き場を失った俺たちを救ってくれた人たちだ。
ルリア様たちの力になりたい。
そう思ったのは、俺だけではなかったみたいだ。




