5話 あーあ、調子に乗るからです。あーあ
「まったく、なにをやってるんですか御門くんは」
「ううぅぅ……」
あれから約十分後。
まだ昼休みも真っ最中のなか、僕は風紀委員室にいた。
それも僕一人ではなく、あのムカつく七瀬も一緒にだ。
「言ったそばからというのもあれですが、早速脅しをかけられているなんて。私がいなければ危ないところでしたよ」
そう、癪なことだけど、僕は七瀬に助けられていた。
たまたま廊下に通りかかった七瀬が花田のことを訝しみ、持っていたスマホの画面を見たことで事態を把握。
そのまま先生が呼ばれ、花田は御用となった。その場で画像を消された花田は半泣きで連行されていったが、今頃職員室でお叱りを受けているんじゃないだろうか。
「それには感謝しているけど……でも」
「でも、じゃないです。御門くんはちゃんと考えるべきですよ。もしあのまま彼女に連れていかれたらどうなっていたことか……」
真剣な表情でそう言ってくる七瀬だったけど、僕はあまり真面目に受け止めてはいなかった。むしろ「大げさだなぁ」と内心ちょっと呆れてたりするぐらいである。
なんせこっちは見た目は女子そのものだが中身はれっきとした男子なのだ。
流石に力でどうこうされるほど弱くはないし、さっきも言ったように見た目が女の子である僕を強引にどうこうしたいなんて思う女子はそうはいないだろう。
今回は隙を見せた僕が確かに悪かったけど、あくまで特殊例に過ぎない。
二度あることは三度あるとは言うが、今回みたいな件は一度限りで終わるだろうからそこまで心配するようなことなんて起きるはずがないのだ。
「……真面目に聞いていますか、御門くん?」
「んぇ?」
そういった考えもあって、七瀬の言葉を話半分に聞いていた僕は、彼女の問いかけに対し、つい反応が遅れてしまう。
「……その感じ、御門くんは私の話をちゃんと聞いていなかったようですね」
「え、いや、あははは……」
しまった、と思うが既に時遅し。
なんとか誤魔化そうと適当に苦笑いをしてみるけど、七瀬には通じなかったようだ。
七瀬はしばしこちらを見てきた後、はぁっと小さくため息をつき、
「前々から思っていたのですが、御門くんは危機感が足りないと思います」
そんなことを言ってくる。まるで小さな子供に言い聞かせるように。
「危機感って言われても……」
「今は男子が希少になりつつあるご時世なんです。いくら見た目が女の子のようであると言っても、御門くんが男子であることには変わりはありません。教室でしているような女子を挑発するような物言いも控えて欲しいです。危ないですので」
つらつらと忠告を口にしてくる七瀬だったけど、そのどれもがやっぱり僕には響かない。
「……危ないって、どんなふうにさ」
むしろ、僕が男子であることを強調してくる言い方についカチンときてしまい、思わず低い声でそう問い返してしまっていた。
「……襲われる、という意味です。女子にだって、我慢の限界というものがあるんですよ」
「へぇ。それって、七瀬にもあるってこと?」
挑発的な物言いになってしまったのは、日頃の不満故だろうか。
気付けば僕は身を乗り出して、七瀬の顔をまっすぐに見据えていた。
「それは……ないわけではありませんが」
「そうなの? じゃあ、七瀬が僕に教えてよ。女子による男子の襲い方ってやつをさ」
自分でも、なにを言ってるんだという自覚はあった。
だけど、口は止まらない。なにより、この僕にちっとも興味のなさそうな優等生がうろたえる姿を見てみたい、そういう気持ちが僕のなかにあって、自分を突き動かしていたのは否定できない。
「――――」
僕の言葉を受けて、七瀬は小さく俯いた。
表情は見えなくて、なにを考えているのかは分からない。
ショックを受けているんだろうか。それとも、悩んでる?いや、それはあり得ない。
コイツは僕のことを男として見ていないのだ。思わぬ反撃を食らって、何も言えなくなっているに違いない。
「あは。やっぱり出来ないんだ。だよね。七瀬は風紀委員をやってるくらい優等生で、僕なんかには興味ないもんね。ましてや女の子みたいな顔してる僕を襲うなんて、出来っこないもんねー」
いつもより饒舌に口が回るのは、七瀬にマウントを取れるチャンスがついに巡ってきたからだろうか。
相手の弱みにつけこんでつい調子に乗ってしまうのは自分の悪い癖だと自覚はあるけど、こればかりは気持ちがいいのでやめられない。そのはずなんだけど、
(……なんかちょっと、心が痛いような……ううん、気のせい、だよね)
心の奥が、妙にチクチクする。
なんでかは見当がつく。半ば自虐のようになってしまっているせいだ。そのはず。別に七瀬がどうこうなんて関係ない。うん、絶対にそう――――
「御門くんは……」
自分に言い聞かせていると、ふいに聞こえてくる小さな声。
それは僕が発したものじゃない。そうなると、この部屋にいるのは他にひとりしかいなくって。
「御門くんはやっぱり、分かっていないんですね」
「へ、な、七瀬……?」
七瀬がゆらりと立ち上がる。
その顔はいつもと同じく、ひどく整ったものであったのに、妙に恐怖を感じてしまうのは何故だろう。
「自分の魅力ですよ。そして自分が、ちゃんと男の子だと言うこと、です」
ああ、分かった。目だ。目が怖いんだ。いつもより目が据わっていて、それが僕を動けなくさせている。
「本当に、綺麗な顔」
蛇に睨まれた蛙のように動けなくなる僕の顔に、七瀬がそっと手を添えてきて――
「ん……」
「っ!」
次の瞬間、僕は強引に唇を奪われていた。