7.我が暗器に触れるなッ!
このまま掘られて、この世界で生きてくなんて絶対嫌だ!
神め!これが試練だとでもいうのか!
意味の分からんスキルを寄越しやがって。
こんなピンチで役に立たないんじゃあ、いつ使えるんだよ!
受話器でぶん殴れと?
PCで殴るかキーボードで殴るか。
あー、それならヘッドセットで殴ってみるか。
コールセンターはヘッドセット必須だからなあ。
できるかボケェェェ!
心の中で怒っていると、体から何かが抜けていくような感覚があった。
その直後。
ギィャ!
「あん?」
ゴブリンたちの動きが止まった。
もがきにもがき、ゴブリンたちの魔の手から逃れようと悪あがきをしていたからではない。
ふと奴らの方に視線を向けると、何かに気を取られている。
チャンスだ!
ゴブリンの関節を思っくそ蹴り、ギンギンのブツを蹴りつけ、2本指で目潰しをかましてやった。
ギィャァァァ!
「っしゃあオラ!死にさらせ!」
うずくまるゴブリンたちへ、見様見真似のサッカーボールキックを見舞い、ノックアウトさせてやった。
ふう。
恐ろしいなゴブリン。
こんな禍々しいモノを……。
生暖かなケツを擦りながら、単独で逃げようとしているゴブリンを蹴り飛ばした。
ギィャッ!
「ふっ。集団暴行未遂の罪、許すまじ!」
よろよろと立ち上がったゴブリンの背後に飛びかかり、全力のヘッドロックで首を極める。
ひん剥かれた俺は全裸だったので、ゴブリンが動くたびに股間がこすれて最悪だった。
そしてようやく、ゴブリンは息を引き取った。
長き戦いに、決着がついた瞬間だった。
「うぉぉぉぉぉお!っしゃあオラ!」
ゴブリンへ唾を吐きかけ、勝利の雄叫びを上げた。
これが異世界、これが冒険者。
この臭いと、ベタベタの唾液と、気色の悪い死体以外は、ほぼファンタジー通りの快感だ。
「……ジュン!見つけたぞ!今助ける!」
「遅いわボケェェ!」
「え?ああ、すま……」
直立のままブルブル震えるレイア。
ああ、そっか。今は全裸なんだ。
可愛い我が息子に目を奪われて……いるわけではない。俺の胸あたりを?
「ああ、怪我してるのか」
怪我に触れると、ゴブリンの唾液がねっとりと糸を引く。
ネロネロと舐め回されたときに歯が当たったのかしら。
いや、それよりも大丈夫なのか?
変な菌とか……絶対あるだろ!
「れ、レイア!病院はないか?この近くに」
「私に任せろ!」
「え、いやん」
騎士の命とかほざいてた剣を捨てて、レイアは俺を寝かせた。
とても乱暴に見えて、とても優しくエスコートしてくれた。
「すまない。そんな傷を負わせて」
「あッ、いやん、これはただの」
小さめの切り傷だ。
なんてことのない、小さな傷。
そこへレイアのゴツゴツした指が優しく触れて、ぽーっと赤くなってしまう。
やだ……。
こんなの初めて。
なんかレイアがカッコよく見えてきたかも。
「私が治そう」
そう言うとレイアは、俺の腰辺りにドカッと座った。
「あ、ソコはちょと、あんッ」
「任せろジュン!はぁぁっ!」
レイアの両手がボヤリと光り、俺の胸の傷が癒えていく。
心地よい温かさがあり、ほとんどなかった痛みも引いていった。
これでゴブリンの雑菌に怯える必要もないか。
「よし、どうだ?まだ痛むか?」
もともとそんなに痛くない。
いやでも、今は胸が痛む。
大変申し訳なくて、胸がとても痛む。
その……レイアの座ってるところが、アレなもんで。
「ん?何かがお尻に……なんだこれは」
レイアが体をよじった瞬間、俺はガバっと起き上がった。
そして両手で、レイアの頬をムニュッと挟む。
「見てはならぬぞ」
「ど、どうして」
「……」
あれ?
これってなんか、あら?
今は森に二人きり。
そしてこんなにも顔が近くて、彼女は嫌がる素振りもない。
あれ?
もしかしてイケるのか?
最後までは無理だとしても、キスぐらいならば……。
「ジュン……どうしたんだ?」
コイツ、美人だ。
ドジッ子にも程があるけど、美人だ。
そしていい奴で、清楚で、真面目な。
ヒロインじゃねえか!
これはチャーーーンス!
「レイア。助けてくれてありがとう。これはお礼だぜ」
決め台詞とともに、唇を重ねようとした。
その時だった。
グイッと頬に痛みが走った。
「あ、痛だだだだ」
レイアのゴツい手が俺の唇を遮り、指が頬に食い込んでいた。
「言っただろう。私は結婚するまで操を守ると決めている。キスなんかしたら、子どもができてしまうだろう」
「ふぁ?」
「ところで、さっきからお尻でビクビクしてるこの棒はなんだ?」
コイツもしかして、知識が乏しい感じ?
キスで子どもて。
日本も異世界もパターンは同じかよ。
「ちょっと見てもいいか?この棒が気になって――」
「レイアッ!」
「な、なんだ?そんなに叫ばなくても」
「見てはならぬ。触れてはならぬ、我が暗器に」
「あ、暗器だと?見たい!ぜひとも見させてくれ。私は武器に目がないんだ。それとできれば触らせてほしい」
「触るなッ!逝ってしまう」
「逝く……だと?触れただけで昇天する暗器とは。ジュンは大丈夫なのか?ずっと腰に隠していたんだろう?」
「ああ。俺は俺だけは大丈夫。何万回も触れてきたのだからな」
「……触れるだけで昇天する暗器を、何万回も。す、すごいな」
「さあ離れ給え。目をつぶり、そっとな。ゆっくりと慎重にそっと」
「あ、ああ。分かった。あれ?さっきからお尻に触れてるが……」
「衣服の上からは大丈夫なのだ!早く離れよ!」
「あ、ああ。すまない」
ゆっくりと立ち上がるレイアは、俺の言う通りに目をつぶっている。
コイツは本当にいい奴だ。
明日からいい友達で居たいと思う。
でも今日は、今日だけは、息子が悲鳴をあげるぐらいに、ナデナデしてあげようと思う。
さて、まずはギンギンな息子に落ち着いていただきたいが、これは無理だ。
まったく手に負えないドラ息子め。
「も、もう目を開けていいか?」
「ならぬ!しばし待て!」
「わ、分かった!」
俺は自分の服を拾い上げた。
ゴブリンの唾液と血液でドロドロに汚れてて、もう着れたもんじゃない。
Tシャツはまだ着れそうだけど……。
隠したいのは下なんだよ。
俺は仕方なく、Tシャツを破って腰に巻きつけた。
「……ちっ。ゴブリンと大差ないな。レイア!もうちょい目をつぶってろ!」
「任せろ!」
……本当に良い奴だが、不安になってくる。
ああも人を疑わない奴は、詐欺師のいいカモだろうに。
目を閉じる綺麗な横顔を脳みそに焼き付け、俺はガサガサと下草を掻き分けた。
ちょいと調べることがあるもんでね。
「これか、ゴブリンたちが固まった原因は」
その場所にあったのは、馴染みのある物だった。
俺にはとても馴染み深い、コールセンターの必需品……ヘッドセットだ。
なるほど。
突然ヘッドセットが降ってきたら、誰だって固まるわな。
だがなぜだ?
たしかゴブリンたちが固まる前、俺は怒ってた。
スキルがクソで、この窮地には役に立たねえと。
そういや皮肉ったな。
ヘッドセットで殴れっていうのかあああ!的なことを。
その直後に、何かが抜けるような感覚。
これはアレだ!
スキル覚醒の瞬間だ!
抜けてったのは、魔力か神力か?なんでもいいけど、そういうことだろ。
よーし、ようやく来たぜ。
俺の時代が。
「ッなわけねえだろ!ヘッドセットで何しろってんだッ!」
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