2.シェリス・マイザルというウサ耳
「この国はクソ貧乏だからよ、搾取されまくって死ぬのがオチだ」
「やけに詳しいですね」
「何名匿ったか。精神的に参った勇者様をよ」
「はあ」
たぶんあの騎士は、毎回この辺に捨ててるんだろうな。
ボロボロになった勇者たちを、白物家電のようにポイッと。
一緒に召喚された奴らは、一体どんな目に遭うのやら。
まあどうでもいいや。
それよりも、他の勇者様がいるのなら会ってみたいな。
もしかしたら、俺のこのスキルの使い方を知ってる奴がいるかもしれないし。
同郷のよしみで、繋がりは持っておきたい。
「その勇者たちはどこへ?今も冒険者をしてるんですか?」
「ああ?全員トンズラよ。てめえの生活が安定した途端に、コロッと態度を変えやがる。
おめえら、日本人ってのは、義理は通さねえ、人情のかけらもねえクソみたいな連中だからよお……」
あれ?
肩が痛い。
痛い痛い痛い!
めちゃくちゃ指が食い込んでる!
目がすわってるって!腰振りビリガンの血が騒いでるって!
「てめえには、きっちり仕込んでやる。義理と人情ってのをよお。ジュルリ」
「……ふぁぁい」
ふざけんなよクソ日本人ども。
俺がとばっちりを食う羽目になっちまったよ!
もう許さん。
義理と人情を重んじない日本人は、日本人とは認めんぞ!
純日本人たる、この俺がな!
つーか痛い!鎖骨が折れる!
「よおし!そんじゃあ……」
おっさんは受付の鑑定板に目を落とした。
どうやら俺の名前を確認してるらしい。
「ジュン!おめえは、今日からギルド職員だ!」
「え?冒険者じゃないんです……痛゛ででで」
「スキルの使い方も知らんお前が、簡単に稼げるわけねえだろ。それにトンズラこかれてもたまんねえから、俺の目が届くとこで働いてもらうぜ」
こうして、ビリガン冒険者ギルドという、クソオンボロ弱小ギルドの職員となった。
さて、俺は受付に座っているわけだ。
「座ってりゃいいからよ」と言われて1時間。
おばさんをエスコートして、奥へ消えてから1時間。
ギシギシ――。
「地震かな?」
震度2の地震が、ギルドを揺らしていた。
背後から聞こえてくる、南国の鳥みたいな鳴き声は、たぶんペットの声だと思う。
卑猥な言葉を教え込まれたんだろうな。
今の時代は、動物虐待とかになりかねないから、腰振りビリガンに注意しておこう。
ガラガラ――。
耳を塞いで、15人の徳川さんの名前をリピートしていたら、入口から女性がやって来た。
「こんにちは〜、だぴょん」
「……ぉぅ」
大奥もびっくりの、べっぴんさんであった。
世が世なら、争いが起きてもおかしくないほどの……。
しかもケモミミ!バニーガールと言って差し支えないウサ耳と、まん丸ふわふわの尻尾と、そして際どいスカート。網タイツなんて……。
「……ぐはっ。分かっていらっしゃる」
ツツーっと鼻血が流れてきた。
さっきのタックルの名残だが、ヤバいな。
クソエロい脇腹から視線を上へ……。
あの谷間に指を突っ込みたい。
おおっと、イケないイケない、ガン見してんのがバレちまう。
顔を伏せて鼻血を拭っていると、耳元に熱い吐息がかかった。
「カワイイなあ、ぴょん……はぁぁ」
ぴょょょょょょぉぉぉぉぉおんッ!
と跳ねちまいそうだったが、俺は我慢した。
息子に落ち着けと言い聞かせ、顔を上げる。
ウサ耳の彼女は、受付に肘をついて、手には顎を乗せていた。
コテンと首を傾げる赤いつぶらな瞳で、俺を見つめているではないか。
しかも!真っ白いふわふわの毛並みからは、なんか甘くて酸っぱい……そう、青春のような香りが……。
「ぉぉぉ、おいい匂いですね」
「ありがとう、ぴょん」
チョン――。
彼女の指が俺の鼻に触れた。
細く柔らかな指が。
これはもう、アレだ。
アレだぁぁぁぁ!
「はあ、はあ」
「だ、大丈夫ぴょん?」
「お気になさらず血管が5本切れただけです悔いはありません!」
「あ、うん。ところで冒険者登録できるぴょん?」
「はいもちろん!はいどうぞッ!」
俺は受付の下にある冒険者登録証を差し出した。
「書類とか、鑑定とかしなくていいぴょん?」
「あー……」
腰振りビリガンがそんなこと言ってたな。
登録証を渡す前に、やることって。
まあいいっしょ。絶対にこのウサ耳は、ウチに所属してもらう!
ギルド職員である俺の独断でいいはずだ!
あ、いや待てよ?
ふっ。
そうだ、俺はギルド職員だ。
「忘れてました。実は、登録の前に調べることがありまして……」
「うん。何をしたらいいぴょん?」
「本当に獣人か、確かめるのですよ。そのお耳を触ってね」
現代日本なら、ギリギリ犯罪だろう。
だがしかし!異世界においては……犯罪か?
いや気にするな俺。
彼女は冒険者になりたくて、俺はギルドの職員。
このギルドのルールに従わってもらわないと、冒険者になれないだけ。
俺もイヤイヤながら、仕事をしてるだけなのだ。
「耳?どうぞだぴょん」
「ぉぉ」
ピクピクとお耳が動いている。
俺の荒い息も聞かれてるんだろうか。
心なしか、彼女の頬も紅潮している?
俺は意を決して、ゆっくりとその耳に触れてみた。
「……んッ」
「こほぉぉぉ」
温かくて、ふわふわしてて。
スベスベの内側をスリスリと指で擦ると、彼女の吐息が荒くなってる気がした。
イカンッ!
オーマイガッ!
息子が……俺を見つめている。
助けてくれと。苦しいよと。
「失礼。お名前を伺っても?」
「はあ、はあ。シェリス・マイザルだぴょん」
「シェリスさん。それでは後ろを向いていただけますか?」
「……うん。そしたら、冒険者になれるぴょん?」
「もちろんです。すぐに終わりますからね」
彼女は頷くと、後ろを向いた。
短いスカートの上にあるのは、真っ白い尻尾。
まん丸で、綿毛の塊のような尻尾だ。
大丈夫だ、ラインは超えないぜ。
ただ尻尾を触らせてくれればいいんだ。
息子を鎮めてやるために。今日のおかずを一品増やすために!
「では失礼」
尻尾に指先が触れた瞬間だった。
シェリスはくるりと回転し、俺の胸ぐらに手をかけた。
「……ぐっ、ちょ、ちょと、何をしてんすか」
ギリギリと首が締まり、体がズイッと持ち上がる。
なんて怪力だ。
俺は涙を浮かべながら、もがいていた。
すると彼女の、赤く薄い唇から、衝撃的な言葉が放たれた。
「次、尻尾に触ってみろ。てめえの汚えキンタマごとナニを引きちぎって、臭えケツの穴にぶち込んでやる」
「……」
「聞こえねえのか?返事は!?」
「ひ、ひゃい」
「冒険者登録しとけ。しなかったら――」
「します!ていうか、もう冒険者です!殺さないで!」
「……よし」
ドサリ――。
呆然とする俺をよそに、客用のソファへと腰掛けるシェリス。
足を組み、煙草をくわえると、シュボッとマッチに火をつけた。
「もし私をオカズにしたら、金取るからな?」
「……へ、へい」
スキルに【オカズ鑑定】なんてもんはないだろ。
さすがにな。
うん、あるわけねえよ。だから、ここは頷いとこう。
「分かるぞ。まあ、信じないなら好きにすればいい」
なんだこの、高度な心理戦は。
俺の息子に制裁を加えることで、性欲の暴発を狙っているのか?いや、そんなことをしてなんのメリットがある。
いや実は、息子に制裁を与えると見せかけて、本体の俺にダメージを与える作戦か?
くっ……コイツ……できるッ!!
「分かった。君ではヌカない。これでいいかな?」
「……ふんっ。まあいいだろう、ぴょん」
そう、君ではヌカない。
この場に満ちる香りでヌクのだ。
指先に残る温もりで、ふわふわした柔らかさで。
策に溺れたなシェリス。
男の想像力について、不勉強だったことが敗因だッ!
「ところで、ひとつ聞いていいぴょん?」
「……そのキャラ要る?もう本性知ってるんだけど」
「私、仲間が欲しいぴょん。どうにかしてぴょん」
「……」
そんなんてめえで探せや!とは言わない。
まだキンタマは必要だからな。
さあて、仲間仲間。このギルドに冒険者なんているのかしら。シェリスが初の登録者とかじゃなければいると思うんだけど。
ああ、どうせなら新入りがいいな。
新入り同士のほうが仲良くできるだろうし、実力も同じぐらいだろうしな。
おおっと、なんか俺、ギルド職員してるじゃん。
日本で、ラノベとアニメしか知らなかっただけのことはある。
ガラガラ――。
「こんにちは~。冒険者になれますかぁ?」
これって完全に、主人公補正ですよね?
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