第21話 スポーツ刈りって長髪なんですね
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目の前には眩しい日差しが降り注ぐ真っ白な砂浜が広がっていた。
少し歩いただけで全身から玉のような汗が噴き出している。だからなのか、向こう側に見える青い海へと体を投げ出してしまいたいという欲求が芽生えた。
「気持ちいいでしょ、海」
こっちを振り返った鏡原さんが首を傾げて言った。ほんの一瞬の仕草だけど、油断していた僕は可愛いと思ってしまった。
「そ、そうだけど‥‥‥。でも泳がないから」
「そんなにバレるのが恐いの?」
「恐いっていうか、退校処分になったら困るだろ」
どこか投げやりな雰囲気をまとっている鏡原さん。彼女のことを何も知らない僕には、一緒にルール違反を犯してまで海に入るメリットが一つも見当たらない。
「ぜったいにバレるから」
「バレるバレるってうるせーな。じゃあバレなかったら大丈夫なわけ?」
「そ、それは‥‥‥小さな島だし、見回りだって‥‥‥普通にバレるだろ」
譲れない一線。バレないことなんてあり得ない。海での事故を恐れて予備校側は必ず僕たちを見張っているはずだ。
抵抗を続けている僕に対してイラついていた鏡原さんの口角が突然にっと上がった。
豹変ぶりに身構える。
「じゃあ、バレなきゃいいんだな」
「あ、いや、うん‥‥‥」
陰キャの特性がこんなところで出てしまった。鏡原さんの怪しげな雰囲気にのまれ、ついつい曖昧な返事をしてしまう。
「言質とったから。行くよ」
「い、行くってどこに‥‥‥!?」
鏡原さんが海に背を向けて歩き出した。僕はおぼつかない足取りで彼女の背中を追いかけた。
スマホ片手にすたすた歩く鏡原さんに連れてこられた場所は、ビーチから少し離れた地元の民家が建ち並ぶ通り沿いの床屋だった。
木造の平屋でノスタルジックな雰囲気の店の入口には、長年潮風にさらされたサインポールが回転を止めて立っていた。
「なんで僕が髪を切らないといけないんだ!」
中に入ると他のお客さんの姿はなく、薄汚れたタオルを頭に巻いた高齢の店主に促されるままに、年季の入った専用の椅子に座らされていた。
白いボディに青い羽根のレトロな扇風機が首を振っている店内に抗議の声がむなしく響く。
「バレたくないんだろ? だったら変装しかなくない」
「散髪を変装とは言わない。それに僕が髪を切ったくらいじゃバレない保証はないから。なんなら、そっちの髪色のほうが目立つし」
「ふん、ここをどこだと思ってるの? 常夏の島だから。私の髪は受講生の中で目立っても、海だったら周りに溶け込むの。ぎゃくにあんたの伸び放題の髪の方が目立つから。不潔っていうか陰キャか」
「なっ‥‥‥」
僕は人生初の美容室から一度も髪を切っていなかった。 そろそろ切ろうか、と考えていた頃に例のコンドームの一件があって、だから今の僕の髪型は陽キャとは言えない代物で‥‥‥何もしなければ両目が隠れ、陰キャ生活を謳歌していた頃の髪型より酷かった。
鏡原さんの言葉がぐさりと胸に突き刺さる。妹を寝取ると決めて陽キャを目指した自分にとっては、鏡原さんの言葉がとどめとなった。
「あ、あの、よろしくお願いします」
「任せときな、都会のあんちゃん!」
日によく焼けたおじいさん店主がバリカン片手に声を上げた。さっそく電源を入れる。重そうなモーターの駆動音が昭和レトロな店内にBGMのように流れ始めた。
「ちょ、ちょっと待ってください」
「なんだ~、あんちゃん」
「いや、その、髪型をまだ」
「髪型だぁ~? スポーツ刈りか丸坊主、どっちがいい?」
まさかの2択。
それもあまり違いがないのでは、と思われる2択で。
考えるまでもなく丸坊主は論外なので、もう選びしろはなかった。
「スポーツ刈りって、丸坊主となにが違うんですか?」
「違うもなにも、スポーツ刈りは長げーだろよ」
そうなんだろうか? 耳にしたことはあるけど、実際にスポーツ刈りを頼んだことがないので、めちゃくちゃ不安しかない‥‥‥。
横を見れば、入口付近に座っていた鏡原さんがぷいっと顔を背けた。肩が震えているのは気のせいだろうか。
「あんまり短いのは‥‥‥」
「じゃあ、スポーツ刈りだな。安心しろ、この島の色気づいたガキはみんなスポーツ刈りだ」
バリカンの刃先が頭の側面を軽快に走る。と、肩先にぼとり黒い塊が落ちた。左の肩先にも‥‥‥。
後悔はすぐにやってきた。
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