第16話 Fクラス
カレー大好き『リンゴと蜂ミッツ』と申します。いつも読んでくださっている方は、大変ありがとうございます。
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パンフレットに載っていた元宿泊施設の建物には、大きな食堂と各階に生徒が宿泊する小さな個室が並んでいた。
そこを仮に本館と呼べば、隣には渡り廊下で繋がった別館が併設されていた。大きな教室や大小の会議室みたいな部屋がいくつもあって、授業はそこで行われる。
下船して自分の部屋に荷物を置いた僕たち受講生は、早速クラス分けされそれぞれ指定された別館の一室に集められていた。
「このFクラスを担当する武波で~す。皆さんよろしくお願いしますねぇ」
挨拶した女性は喋り方といい雰囲気といい、やけにほわほわした感じの人だった。
年は自分とそんなに違わないように見える。大学生のアルバイトだろうか? 知った名前に引っ掛かりを覚えたけど、同じ苗字の人はどこにでもいる。
「それでは、説明しますねぇ―――」
そう言ったこのクラスの担当者は手に持ったプリントに視線を落とした。
クラスは文理別に各学年AからFの6クラス。学校の成績や模試の結果から志望校に関係なく学力順に分けられているとのことだった。
このクラスの人数は15名。すべてのクラスが同程度の人数なら全体ではかなりの数になる。まあ、全国から集まってきているのなら当然のことだろうけど。
「振り分けは自分の現状を把握するためのもので、授業は各クラス一緒に受けてもらいま~す。聞いたところによれば上のクラスとそんなに学力の開きはないってことだからぁ、みんな頑張ってね~」
担当者がクラス分けの根拠について触れると、明らかに部屋の中の空気が変わった。
夏休みにわざわざこんな離島へ勉強するために集まっているんだ。個人差はあれどそれなりに意識は高いと思う。だから一番下のクラスに分けられ、みんな思うところがあるはずで。正直、進学校へ通う僕自身もショックだったりする。
それにしても場の空気に反して緊張感に欠ける喋り方だ。授業がクラスごとじゃないんなら、目の前で説明している女性は担任じゃなくてやっぱり担当者なんだろう。
「毎日夜の9時にクラスごとの点呼があるから、みんな遅れないようこの部屋に集合してねぇ。点呼が終われば外出禁止だからぁ~、出入り口は閉まってしまうから気を付けてねぇ」
今の説明からもわかる通り、どうやら外出はできるみたいだ。
観光客がいるのならコンビニなんかもあったりするのかも。1か月は缶詰状態で勉強漬けの毎日を想像していたけど、気分転換はできそうで安心した。
「質問なんですけど?」
少しホッとしていると、後ろの方から不愛想な感じの声が聞こえてきた。
担当者の女性は手元の資料と質問者の顔を見比べるようにして応える。
「はぁ~い、何かしらぁ、鏡原さん」
「海で泳いでもいいですか」
クラス中の視線が声のした方へと向けられた。
僕も後ろを振り返る。そこに座っていたのは、見覚えのある金色の髪に小麦色した肌のギャルだった。
「あ~ちょっと待ってねぇ~海、うみぃ‥‥‥」
しんと静まり返った部屋の中、担当者のプリントを捲る音だけが大きく聞こえた。
そしてすぐに、溜息とあきれるような声の小さな雑音が混じり始める。その理由は明らかだった。
質問した女子と同じように考えた人はいるんだろうけど、今日は夏期講習の初日だ。みんな勉強するために離島合宿へ参加している。けして遊ぶために集まった訳じゃない。気分転換のことを考えていた僕でさえ彼女の質問は場違いなもに聞こえた。もっと言えばタイミングも間違っている。
「あっ、あったぁ~。海で泳ぐのは禁止だってぇ、何かあったら責任が―――違ったぁ~ここは職員への説明だったぁ」
「わかりました。あと、もう1つ。授業は全部出ないといけないんですか?」
「6コマあるけど、選んで受けていいわ。先輩からのアドバイスだけどぉ~英語は出た方がいいかなぁ~」
「はい‥‥‥」
名前は鏡原というらしい。
ギャルな見た目で既視感を覚えるけど、真面目そうな他の参加者からは明らかに浮いて見えた。返事もどこか不愛想。見た目が全てではないことは身近な人物の存在で十分に理解しているつもりだけど、父親がこの夏期講習に参加させた意味を考えるならあまり関わらない方がいいだろう。
「何しに来たんだよ」
そんな男子の声がどこからか聞こえた。
独り言のような小さな声だけど、静まり返った部屋ではよく通った。
「今の誰?」
僕は前を向いていた。後ろから聞こえた低く怒気を孕んだ声音は鏡原というギャルのもの。
クラスのみんなが自分じゃないと一斉に素知らぬ顔をした。天井を向く男子や俯く女子。言ったのは誰だかわからないけど、思わず本音が口から漏れ出た程度のことだと思う。
部屋の中の温度が2度ほど下がった感覚だった。雰囲気が悪くなって担当者の武波さんもオロオロしていた。
「言いたいことがあるなら、大きい声で言ってみろよ!」
喧嘩腰のまわりを威嚇するような鋭い言葉だった。
関わるのは得策じゃないと理解しているつもりだったのに、自然と体が後ろを向いた。と、目を細めたギャルの視線と僕の視線が絡み合う。
「お前が言ったのか?」
「ち、違うけど」
「じゃあ、何見てんだ」
小顔に大きな瞳。黒目を縁どるつけまつ毛と不愛想な言い方。肌と髪の色は違うけど、なんだか他人に思えない。いったん機嫌を損ねたら、その後はとことん面倒なんだよな。まあ、そういう時は―――。
「アイスおごるからそんなに怒るなって‥‥‥」
―――恋。
思わず妹の名前を口に出してしまうところだった。いったい僕は何を言っているんだ!? 相手は見ず知らずの赤の他人なのに、瞬間的に目の前のギャルと妹の存在が重なってしまった。
「なっ―――!?」
発した言葉は、機嫌を損ねた妹を諭すための兄としての定番だった。そんな僕のとんちんかんな言葉に鏡原という女子は口を大きく開けたまま固まってしまう。
嗚呼、恥ずかしい‥‥‥学校で先生のことを『お母さん』と呼び間違えたような、そんな羞恥心で顔から火が出たように、熱い。
部屋の中の空気が再びざわざわと揺れ始めた。驚いたのは鏡原という女子だけではなかった。他の生徒も同じような顔でこっちを見ていた。隣の生徒と目が合うと、さっと視線を逸らされる。なんなんだこの空気。
「あんた私とヤリたいの?」
「はぁあああ!? ち、違うから―――初対面でそういう言い方はよくないだろ」
鏡原という女子が目を細めてきっと睨みつけてきた。挑発するような言葉が妹と被る。だから余計に反応してしまい、ついついこっちもいらない言葉を返してしまう。
「アイスでナンパしてんのそっちだろ? やす」
「あのな、冷静になれって言ってるだけだから」
「さいしょから冷静だけど。あんたが余計なこと言ってややこしくしてんでしょ」
腹が立つけど、このやり取り―――なんだか懐かしい‥‥‥そう感じてしまった。
「甘い物でも食べて落ち着けって意味だから、別にナンパとか」
「キモ、めちゃキモイ!」
彼女の容姿と言動は、傍から見ればいわゆるヤンキーに映っているんじゃなかろうか。現に周りは、僕と彼女のやり取りに顔を強張らせていた。
でも僕にはある程度のギャル耐性がついていた。だからだろうか、怖いとか不快な気持ちは不思議と湧いてこなかった。
見かねた担当者の武波さんが声を上げた。
「そ、それじゃあ、今日は解散ねぇ~。ゆっくり休んで明日から頑張ってくださ~~~い」
その言葉に周りの生徒が素早く腰を上げた。逃げるように部屋から出ていく。
結局、残ったのは僕とクラス担当者の武波さん、それに鏡原というギャルの3人だけだった。
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