第2話 スカート短くないか?
カレー大好き『リンゴと蜂ミッツ』と申します。いつも読んでくださっている方は、大変ありがとうございます。
10万字を目指して(完結目指して)頑張ります。モチベーション維持のために感想を頂けると大変嬉しいです。
帰りの電車の中、妹にしれっとメッセージを送ることを考えた。
だけど結局はスマホの画面とにらめっこしたままで。
おぼつかない足取りで帰宅する。
両親は共働きのため家には僕1人だけ。
モヤモヤする気持ちを抱えたまま、2階の自室と1階のリビングの間を何度も往復した。
夕方をとっくに過ぎて、外は段々と暗くなってきたというのに妹は一向に帰ってこない。
そんなに遅い時間ではないけれど、陽が落ちて女の子が1人で外を歩くのは兄として心配である。もちろんシスコンだと思われたくないので、妹の前では心配している素振りは絶対に見せたりしない。
「遅すぎる‥‥‥」
カラオケの個室はしばしばエッチな行為をする場所として使われる、と聞いたことがある。フィクションでもそういうシチュエーションがあるんだから、そうなんだろうけど。
妹に限ってそんなことはしないと信じている。だけど男子が強引に迫らることは容易に考えられた。
何も手につかないまま気を紛らわすためにリビングのソファーに座ってテレビをつけた。
ニュース番組をぼーっと眺めながら、妹と一緒にいた男子生徒のことを考える。
―――高身長でブレザーがよく似合っていたし、超絶美少女である妹の隣に立っていてもまったく引けを取っていなかった。同じ学年なんだろうか‥‥‥兄として認めたくはないけれど、あれはお似合いのカップルだ。もし付き合っているんなら、どうして僕に報告がない?
色々な考えが頭の中を巡った。
まだ付き合ってなくて、その直前の関係とか‥‥‥。
ただのクラスメイトという線も捨てきれない。カラオケ店で他の同級生たちと合流した可能性だってある。きっと2人きりなんかじゃなかったんだ‥‥‥。
とりとめのない考えで頭の中が一杯になった頃、スマホの通知音が鳴った。
妹からのメッセージだと思った僕は、画面を確認して大きな溜息を吐いた。
相手は母さんで、『冷蔵庫にカレーがあるから温めて食べてね。恋に送ったけど既読が付かないの。早くお風呂に入りなさいって伝えといてね』と、仕事で帰りが遅くなる時のいつもの連絡だった。
再婚同士の両親は基本的に仕事人間だ。
そのことが互いの家庭の離婚の一因になったとか、そういう込み入った話が聞こえてこなかった訳じゃない。
両親は残業が多く帰りが遅いけど、だからといって今の家庭を全く顧みないということはなく、再婚して手に入れた今の家族と家庭を守るため一生懸命に仕事をしてくれていた。
そんな両親の背中を見て育った僕と妹は、寂しがったり、駄々をこねたり、今までそういう子供らしいところは少なかったように思う。だけどそのぶん、両親がいないことで生じる様々な問題を兄妹2人で解決してきた。なんでも一緒に乗り越えてきたんだ。だからこそ彼氏ができたのなら、やっぱり一番に報告して欲しい訳で。
時計を見ると7時をとっくに回っていた。
自宅から最寄り駅まで歩いて15分程。そんなに都会じゃないので途中にはひと気がない場所を通る必要がある。
いても立ってもいられなくなりソファーから立ち上がった。
制服のまま靴を履いて、『アイスを買いに行く』というアリバイを用意してから家を出た。
辺りはすでに日が沈んでいて暗かった。
遅い時間帯ではないので駅方向から帰宅してくる人たちとすれ違いながら妹の姿を探した。
そして自宅と駅の中間地点にある児童公園の前を通りかかった時、外灯に照らされた薄闇の中でブランコに座っている人影を認めた。
「こんなところに‥‥‥」
妹だと直感した。
この場所は小学生の頃に兄妹でよく遊んだ場所の1つだった。
ゆっくり近づくと下を向いていた人影がこっちを向いた。
「‥‥‥兄貴」
公園内のぼんやりとした外灯の光に照らされた妹の顔はどこか沈んでいるように見え、思い詰めた様子が窺えた。
「遅いじゃないか」
「‥‥‥‥‥‥」
「何かあったのか」
カラオケのことが気になっていた。あの場所でなにかあったら、それは‥‥‥。
「別に、ない」
「じゃあ、こんな所にいないで早く帰ってくればいいじゃないか」
「ちょっと考え事。兄貴の方こそ何してんだよ」
「兄ちゃんは‥‥‥アイスを買いに駅前まで」
「クーリッ〇ュのバニラ」
現金な妹の言葉に少しだけ安心する。
学校での妹は整った顔に薄く化粧をしていた。そのせいで兄の僕より大人っぽく見える。
「一緒に買いに行くか?」
駅前にあるコンビニが家から一番近い。
駅から歩いてきた妹からすれば引き返すことになる。だけど1人で帰らせたくはなかった。
でも彼女は見るからに不貞腐れた態度をとった。
「戻るの面倒くさい。1人で帰る」
それでも可愛いと思う僕は完全なシスコンである。
普通、妹の容姿を「可愛い」と表現する兄は少数なのかもしれない。
だけど、そう思ってしまうのは、僕ら兄妹の間に血の繋がりがないから‥‥‥。
1つ年下の彼女と初めて出会ったのは、僕が小学5年生の時だった。
きっかけは父さんの再婚。今の母さんの連れ子だった彼女は、義妹ということになる。
出会った頃とは違って、今の性格は僕と正反対。
見た目がパッとしない兄と比べて超絶美少女の妹。
高校生になった今では、陰キャな兄とギャルな妹、といったところ。
家族の成り立ちを知らない人は僕たち兄妹を見て、「あんまり似てないね」って口をそろえて言う。
それでも一緒に暮らすようになって、実の兄妹みたいにはいかないけれど、それなりに仲良くやってきたつもりだった。
「じゃあ、兄ちゃんも帰るかな」
「なんで? アイス買いに行くんじゃないのかよ」
暗い夜道は危険なんだ。
こういう時、少しは兄の気持ちを察して欲しいと思う。
「よく考えたら財布を忘れてた」
「ほら、これ」
ポケットを探る仕草をすると、ブランコから立ち上がった妹が自分の財布を取り出した。
「いや、その‥‥‥あれっ!? スマホがない! 家に忘れたのかも。やっぱり帰るよ」
「ふ~ん」
妹が訝しんだ表情を見せた。
次に自分のスマホを取り出してジト目を向けてくる。
そして画面をタップしようとするもんだから、危険を感じて咄嗟に手が伸びた。
「―――や、止めろって」
「うわぁ!? 兄貴がキモイ!」
妹がひょいと身を躱し、僕の手が空をきる。
「恋、やめろって」
「なに焦ってんだよ、兄貴」
妹の目が光った。そしてスマホを掴んだ手が絶対に渡すまいと後ろの方へ流れる。
ポケットにある自分のスマホを意識しながら、こんどは両手を前に伸ばした。
「焦ってないから―――ほらスマホはやめろって!」
勢い余って体がぶつかった。
転倒の危険を感じて細い背中に手を添えた。
「―――ぁ‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥」
結果、妹に抱き着くような格好になってしまった訳で。
妹は小さく「ぁ」と言ってから、そのまま動かなくなった。
そして何故だか彼女の重みが明らかにこっちへと傾いたように感じられ、僕の鼻先が明るい茶髪に触れると禁断の甘い香りに包まれた。
我に返って距離を取ると、妹は両手を胸に当てて顔を伏せていた。
なんだか妙な雰囲気で、彼女の反応に戸惑ってしまう。
「ご、ごめん」
「‥‥‥うん」
思春期だからなのか、それとも兄として生理的にダメだったとか。小学生の頃は妹のほうからじゃれついてきて、これぐらいの接触はよくあったのに‥‥‥。
「コンビニ行く。ほんと兄貴はシスコンだな」
妙な雰囲気は消え失せていた。いつもの妹の様子に安堵する。
「シスコン!? ち、違うぞ! 兄ちゃんは別に‥‥‥」
「私もう高校生だから。あんま心配すんなって」
僕は昔から極度の人見知りだった。
出会った頃の妹も大人しい性格だったように思う。
それでも兄妹として打ち解け合うことができたのは、いまも不思議で。
中学の途中までは、「お兄ちゃん」って呼ばれていて妹はいつも後ろをついてきた。それが気がつくと、「兄貴」って呼ばれるようになって‥‥‥。
「べ、別に心配してない。ただ遅くなった理由は気になる、かな」
キモい兄だと思われるだろう。
だけどモヤモヤする気持ちを晴らしたい一心で思いきって核心部分に切り込んだ。
と、ここで僕たちの前を、仕事帰りと思われるスーツ姿の中年男性が足早に通り過ぎた。
児童公園の中を通ることでショートカットができるんだろう。こちらにチラリと視線を寄こして、微笑ましいものを見た、という感じの表情を浮かべた。
―――いえ、誤解です。僕たちは青春を謳歌するカップルではありません。ただの兄妹です
一応、心の中で訂正しておく。
家路を急ぐサラリーマンの背中が見えなくなると、妹が口を開いた。
「麻莉奈の家でゲームしてた」
感情の読み取れない平坦な言い方だった。
妹が言った名前の人物なら僕もよく知っていた。長谷川麻莉奈は、僕たち兄妹と同じ高校に通う1年生で、妹の小学校からの友達だ。
でも、妹が言った内容には明らかな嘘があり‥‥‥カラオケの後、本当にゲームをして遊んでいたのなら、見かけた時の思い詰めた様子は説明がつかない。
「遅くなるんなら連絡くらいしろ。母さん既読が付かないって心配してたぞ」
「‥‥‥ごめん」
妹の言ったことを嘘だと指摘すれば、放課後のシスコン兄の行動がバレてしまう。だから兄っぽい理由を告げることしかできなかった。
元気なく肩を落とす妹は、小さな声で謝った。
「母さんに返信してから買いに行こう」
「‥‥‥わかった。なんかムカつくから兄貴のおごりな」
「いや、なんで―――!?」
「じゃあ、帰る」
「わ、わかったよ。財布がないんだ、立て替えお願いします」
僕たち兄妹は公園を出て、家とは反対方向へと歩き出した。そして兄としてどうしても気になっていたもう1つの事に触れる。
「恋、えっと~、なんというか‥‥‥そのスカート短くないか?」
「―――キモい!! 妹のどこ見てんだよ兄貴―――!」
「み、みみ、見てないし! 違うんだ! 聞いてくれ!」
「うぁ~変態アニキだ。妹の生足に興奮してんのか!?」
「言い方!! 妹だからって言い過ぎだぞ! や、やめろ!」
なんだかんだで、妹の機嫌が元に戻った。
口の両端を持ち上げてニッっと笑う。僕を揶揄う時の小悪魔的な表情も可愛い。
兄に嘘をついた妹。そういう年頃なんだと言われれば、それまでのことだ。
もしかしたら、嘘をつかなければならなかったそれなりの理由があるのかも知れない。
でも、元気を取り戻した妹を見ていたらこれ以上は何も聞けなくなってしまった。
読んで頂きありがとうございました。
平日は最低でも2話以上(毎日が理想(無理です))の更新ができるようにと考えています。
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