第24話 マーキング
カレー大好き『リンゴと蜂ミッツ』と申します。いつも読んでくださっている方は、大変ありがとうございます。
10万字を目指して(完結目指して)頑張ります。モチベーション維持のために感想を頂けると大変嬉しいです。
リビングでテレビを観ていると、仕事で遅くなった父さんと母さんが珍しく揃って帰宅した。
2人を待っていた僕には都合がいい。
「「たいだいま」」
「お帰りなさい。今日はハヤシライスだから」
両親が遅い日は、僕と恋のどちらかが夕食の準備をする。
「いつもありがとね、助かるわ」
「今日は恋が作ったんだ」
「あら、そう。あの子は?」
「2階だけど」
「郁人と恋は食べたのか?」
「とっくにね」
夕食の時に朝の出来事の顛末を話そうとしたけど、「後で聞くから」と言って入浴を済ませた妹は、早々と自室へ―――。
仕事で疲れている両親と短い会話を交わし、いつもならここで2階へ上がる。だけど今日は、学校で大切なプリントが配られていた。
「これなんだけど」
1枚のものや、ホッチキスで綴じられたいくつかの配布物を母さんに手渡した。
プリントの一部に目を通した父さんは考える素振りを見せる。
プリントは進路の希望調査だったり、奨学金の説明なんかが書かれていた。
「郁人の人生なんだから、あなたの好きなようにやりなさい。母さん応援するから」
「希望調査か‥‥‥郁人、まだ間に合う。成績を上げろ。そうすれば自分がやりたい事や行きたい場所の選択肢が増えるんだ」
母さんは放任主義だと思う。細かなことは基本、子供に任せている。だから僕たち兄妹は生活態度や勉強のことで母さんからあれこれ口出しされた覚えはない。裏を返せば僕たち兄妹のことを信頼してくれているということ。
父さんの言う事はよく理解できた。目標の定まらない僕には、後から後悔しないよう選択肢は多い方がいいに決まっている。
だから、こんどの期末テストでは密かに学年20位以内を狙っていた。それが叶わなかったら塾へ通わせてもらうことも考えている。
今年入学した妹は中間テストで学年20位。
妹を寝取ることとは別に、兄として妹に負けたくない気持ちがあった。
右腕の辺りに違和感を感じて薄闇のなかで目を覚ました。
意識を手放してからまだそんなに時間は経っていない、と思う。
体の右側に温かで大きな塊があって、それが違和感の原因だった。
甘ったるい匂いがして顔を自分の肩先へ向ければ2つの大きな瞳がこちらの様子をじっと窺っていた。
「‥‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥」
思わず「はぁ~」と大きな溜息が漏れた。
「‥‥‥恋さん。一体なにをやっているのかな?」
僕の問いかけに布団の中から顔だけ出した妹は、「何のことかだかわからない」って感じでとぼけた表情をみせた。
「腕がだるいんだけど」
どうやら僕は、妹を腕枕しているみたいで‥‥‥体をこちら側に向けた妹に布団の中で密着され―――ぎゅっと抱き付かれていた。
「朝のこと教えて」
「あのな‥‥‥そういう話は寝る前に聞いてくれないか」
たしかに妹は、「後で聞くから」と言っていた。まさか深夜になって布団の中へ潜り込んで来るなんて思ってもみない訳で。
ラノベでは『妹が兄の布団の中へ潜り込む』っていうのは定番だ。だけどその多くは寝起きイベントで朝のこと。
深夜に兄の布団に潜り込むってことは、最早夜這い行為でしかない。陰キャな僕はこれでも思春期真っただ中の男子なんだ。
「今?」
「そ」
こういう時の理不尽な妹には何を言っても無駄だった。
へんに騒げば妹を意識している変態兄だとかなんとか言われて揶揄われるのが目に見えている。
それにこんな場面を両親に見つかりでもしたら、それこそおしまいだ。今度は「はぁ~~~」という特大な溜息が漏れた。
不本意だけど柔らかい妹の体に密着されたまま今朝の顛末を話して聞かせることになった。
「――――――で、彼女がいること知ってんだ? それなのに告白とかありえん。フラれた結果、武波先輩と私が一緒にいるのを見て頭にきたって!? はぁ~ん? 完全に逆切れじゃん。勘違して暴力振るうとか絶対に許せん。加藤が悪い」
妹の言うことは全くもって正しい。それでも加藤さんのあの涙を見てしまった僕は‥‥‥完全に同意する気にはなれなかった。
そもそも疑われる方にも少しは問題があるんじゃないんだろうか。
「武波先輩に彼女がいるんなら、他の女子と一緒にいるのをよく思わない人は他にもいると思うけど」
「はぁ~ん? 完全な勘違いじゃん。私は武波先輩と付き合ってないし」
頬を膨らませて武波先輩との関係をきっぱり否定する妹。
だとしても武波先輩の恋に対する態度や眼差しは‥‥‥あれはどう考えても普通の後輩に向けるものとは思えなかった。
「恋は勘違いって言うけど‥‥‥誤解している人は多いと思う」
結果、朝のカオスな状況に繋がっていた。今朝は負の感情が武波先輩に向けられていたけど、同じような感情が妹に向けられていたとしても不思議はない。
そう考えると怖くなる。
「あんまり一緒にいない方が‥‥‥」
「なん、それ。喧嘩売ってんの?」
「違う、心配なんだ」
「ウザ。それにキモい。めちゃシスコンじゃん。そんなに私のことが気になる?」
「あ、当たり前だ。僕の妹だから‥‥‥」
「それだけ?」
「‥‥‥」
真剣な眼差しの彼女から思わず顔を逸らしてしまった。
このまま見つめられていたら心の奥底にひた隠しにしている本心を見つけられそうで。
不意に妹の片足が僕の足の間に割って入るようにして絡みついた。
「―――ちょ、やめろって!」
「下に聞こえるよ、お兄ちゃん♪」
耳元に熱い吐息がかかると同時に、甘えた声で囁かれた。
妹はいつものショートパンツを履いていて素足だった。6月に入ってからは僕も短パンを履くようになっていた。
だから肌と肌が直接触れ合ってしまい思わず腰が引けてしまう。いけない刺激に脳が痺れて心臓がかつてないほど早鐘を打った。
「あ、あのな‥‥‥違うだろ。武波先輩は学校で知らない人がいないくらい有名人なんだ。隣を歩く恋を見て、羨ましいとか妬ましいとかそんな感情を持つ人だって少なからずいる。それに武波先輩の彼女と近しい関係の人は、恋のことをよく思わないってことがあるかもしれないし」
「だから一緒にいるなって?」
絡みついた妹の足に力が入った。最初ひんやりとした感覚だった太ももは、接した部分が溶けるんじゃないのかと心配になるくらいにものすごい熱を持っていた。
「そ、それは‥‥‥もう少し気を付けたほうがいい。今日のようなことが今後もないとは言えないし‥‥‥兄ちゃん心配なんだ」
こっちとしては真剣に話をしたいところだけど、状況がそれを許さない。ぎゅっと抱き付かれた右胸辺りには男子にはない確かな柔らかさが存在していて―――男子としての理性はとっくに崩壊していた。それを兄としての立場がなんとか支えている状態で。
「心配だけ? 他には?」
「ほ、他って‥‥‥?」
「ほら、前に言ったじゃん。最初に「し」がつく言葉」
妹の顔は僕の肩越しにあって、息がかかるほど互いの距離は近い。
そんな見つめ合うような状況で、ある1つの言葉が頭に浮かんだ。兄として妹に向けるべき感情ではないことくらいわかっている。
「し‥‥‥」
「ほら、言って」
「‥‥‥し、嫉妬も、ある」
僕の恥ずかしい告白を聞いた妹は、口の端を持ち上げニッと笑い、小悪魔的な表情を覗かせた。
「聞こえん」
「嫉妬だよ! 兄ちゃんは、嫉妬してるんだ! だから―――武波先輩にはあんまり関わらないでくれ」
両親が寝静まった深夜。僕たち兄妹はベッドの上で足を絡ませ抱き合うような格好になっていた。
冷静でいられない僕の頭から、カリギュラ効果のことや『寝取り計画』のことは完全に抜け落ちていた。
そして兄として、妹のことを『寝取る』と決意した時の気持ちを予期せず伝えてしまう―――。
「うわぁ~キモい♪ 兄貴がキモい~どうしよっかな♪」
「だ、ダメか‥‥‥?」
妹に何てことを聞いているんだ!? 頭ではわかってるのに止まれない自分が情けなくなる。
いつものように揶揄われているんだろうけど‥‥‥返答を待つ僕は不安に駆られ、彼女の背中に腕を回して強く抱きしめてしまっていた。
「―――いいよ。兄貴が彼氏になってくれんなら」
僕の胸に顔を埋めた妹の声はくぐもっていて聞こえにくかった。
「‥‥‥れ、恋!? な、なんて―――」
カリギュラ効果―――それは心理学の言葉で、人はやるなと禁止されると逆に禁止されたことがしたくなるってものらしい。
身内の僕が、妹に対して仲良くしている男子と関わるなって言ったんだ。でも、妹はそんな心の作用なんて初めからなかったかのような反応を見せた。
―――確かに「いいよ」って聞こえたような‥‥‥えっ!? 僕が彼氏に‥‥‥!?
と、突然首筋に小さな痛みを感じた。
時間にして僅か10秒くらい? その間、ちゅ~っと吸い付くような音がして―――妹がベッドから体を起こす。
「とりま、マーキング。兄貴の言うこと聞くから。だからそっちは他の女子と仲良くすんな」
そう言って妹は振り向きもせず静かに部屋を出ていった。
起き上がって先ほど痛みを感じた首筋に手を当ててみると、微かに濡れていた。
「マーキングって‥‥‥」
今夜は眠れそうにない――――――。
妹がいなくなった部屋で男子としての理性は崩壊し兄としての矜持も失われていた。
だから、妹には隠し場所がバレていたけど―――ベッド下のコレクションに手を伸ばした。
読んで頂きありがとうございました。
平日は最低でも2話以上(毎日が理想(無理です))の更新ができるようにと考えています。
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