第18話 曇りのち雨
カレー大好き『リンゴと蜂ミッツ』と申します。いつも読んでくださっている方は、大変ありがとうございます。
10万字を目指して(完結目指して)頑張ります。モチベーション維持のために感想を頂けると大変嬉しいです。
登校時間。
仲良く並んで歩く2つの背中が昇降口で別れた。
その直後だった。少し離れた場所から見守っていた僕の耳に心をざわつかせる話が聞こえてきたは。
「―――あの子。ちょっと可愛いからって調子に乗ってんだよ」
「王子様に彼女がいること知らないとか? 知っててあれなら、マジ最低」
僕と同じ方向を眺めていた3年生と思われる2人の女子生徒。声を潜めて話しているように見えるけど、それは仕草だけで―――本当は誰かに聞こえてしまえとばかりに声量は大きかった。
「この前のテストで学年20位だって」
「マジ? どうせカンニングでもしてんじゃないの?」
「私も思った。1年で王子様にちょっかいかけるくらいだから、何でもやりそう」
「あはは‥‥‥言えてる」
何かと目立つ2人だ。こういう噂が立つのは目に見えていた。でも実際に妹があしざまに言われているのを耳にすればものすごく腹が立った。
いつの間にか拳を強く握っていて、自分の耳に早鐘を打つ心臓の音がはっきりと聞こえていた。
これ以上、妹の悪口を聞きたくなかったし周りにも聞かせたくはなかった。僕はゆっくりと2人の女子に近づいた。
そして2人の会話を打ち消すくらいに陰キャらしからぬ大きな声で挨拶をする。
「おはようございます!!」
直後に2人の女子が悲鳴のような声を上げた。
「きゃぁあああ―――!」
「―――うひゃぁあああ!?」
思った以上の反応。
周りにいた他の生徒の視線が一斉に集まった。
当の女子2人は互いに顔を見合わせてからこっちを睨みつけてきた。
その間を早足で通り抜ける。
「な、なんなのあれ。あんたの知り合い?」
「知らない。見たことないし」
どうやら作戦は無事成功したようで、彼女たちの興味は妹から完全に僕へと向けられていた。
ここで立ち止まると厄介なことになる。だから逃げるように早足で昇降口へと飛び込んだ。
今日の予報は曇りのち雨。
金曜日だというのに朝から気分は最悪だった。
放課後。
どんよりとした曇り空。
なんとか持ちこたえてはいるけれど、雨の匂いは濃くなる一方だった。
一日中、登校途中に聞いた妹に対する心無い言葉が頭から離れなかった。
なんだかモヤモヤとして、とてもじゃないけどまっすぐ帰宅する気にはならなかった。
図書委員の活動がない日。
だから気晴らしを兼ねて行きつけの書店を目指すことにした。嫌なことがあれば物語が日常の全てを忘れさせてくれる。
それは本当に偶然だった。
書店の看板が見えたところで、歩道を横切った車に別の車がクラクションを鳴らした。
どうやらクラクションを鳴らされた車はファミレスの駐車場から出ようとしていたみたいで、すぐ近くを歩いていた僕は危険を感じてその場に立ち止まった。
その時、なんとなく周りに視線を巡らせると目の前のファミレスの大きな窓越しにギャルな見た目の女子の姿を見つけた―――。
「‥‥‥恋」
金曜日の放課後だから友達と遊んでいても不思議はない。
兄である僕が、妹の行動にとやかく口を出すのはおかしい訳で。
ただ、向かい側の席に座っている人物に問題があった。
頭の中に3つの選択肢が浮かぶ。
1つは、素通り。
見なかったことにして、とりあえずこの場所から離れるというもの。
可愛い妹を放っておくことなんて出来ないから即却下だ。
1つは、電話。
妹に連絡して、何かの急用を口実にファミレスから離脱させるというもの。
嘘はすぐにバレ、今夜僕は妹に殺される。却下だ。
1つは、監視。
妹の安全が確認できるまで―――つまり魔王と別れるまで見守り続けるというもの。
時間はかかるけど妹のためだ。これが一番現実的に思えた。
さっそくファミレスの入口が見通せる道路脇の目立たない場所へと移動した。
それでもやっぱり2人がどんな話をしているのかが兄としてとても気になってしまい―――。
「いらっしゃませ。何名様ですか?」
「お、お1人様です」
勇気を振り絞りファミレスの店内に突入を試みた。
案内された席は偶然にも妹の視界からギリギリ外れている位置で意外と近くだった。
顔を伏せ素早く椅子に座る。
「―――でね、腹が立つわけじゃん」
「そこは恋が‥‥‥」
耳をそばだてると途切れ途切れの会話が聞こえてきた。
魔王は僕の可愛い妹のことを下の名前で呼んでいた。
「違うって。普通はあっちが―――」
「―――じゃあ、あれだ、あれ。既成事実ってやつ」
妹は何かを相談しているようだけど、既成事実ってなんだろう? 頭に思い浮かぶのは‥‥‥。
「ホテルとか? それとも家で?」
ホテルという単語が聞こえた瞬間、足が勝手に動き出していた。
妹からすればストーカーみたいで確実に嫌われるだろう。
でも断片的な会話の内容から想像されるのは‥‥‥兄として黙って聞いていることなんてできるわけがない。
2人が向かい合って座るテーブルに近づいて震える声を絞り出した。
「ちょ、ちょっとお邪魔します」
それは自分で聞いても間抜けなセリフだった。
妹を守りたい兄としては、威風堂々と登場するイメージだった。でも現実は違うわけで。実際は超が付くほどの小物っぷり。
「なんだ‥‥‥!?」
突然のちん入者に魔王はこっちを向いて目を細めた。
一方の妹は、「げっ! な、なんで兄貴がぁあああ―――!?」と悲鳴に近い驚きの声を上げた。
その声に店中の視線が一気に集まる。
「少しお話がありまして」
一応は同じ高校の先輩だ。
それに剣道部の主将で王子様と称される人気者。裏の顔があったとしても最初だけは丁寧に‥‥‥。
と、いう訳で無事に相席となってしまった。
妹の隣に座る。テーブルの下では足の甲が妹の踵に踏みつけられていた。
テーブルを挟んで座る魔王は眉根を寄せてこっちを見ていた。
ファンタジーな世界で例えるなら―――魔王に捕らわれた姫を助けるため序盤の町で装備を整えていたらラスボスの魔王に偶然出くわしてしまった、といったところ。
「俺は武波、はじめまして」
「百崎です」
「それで恋の兄貴がどうしてここに?」
口調は柔らかいけどその目は笑っていなかった。
緊張で冷たい汗が背中を伝う。
「それは‥‥‥‥‥‥」
「なにか用があったんじゃないのか?」
言葉に詰まった。
何を話せばいいのか、頭がまったく働かない。
緊張して相手の顔を見ることさえできなくて、それでもなんとか顔を持ち上げれば目の前の魔王は臆病な僕を嘲るように薄く笑っていた。
「あ、えっと‥‥‥偶然、なんです。たまたま妹の姿が見えたんで‥‥‥」
「偶然、か。君は妹を見かけたらどんな時でもこんなふうに割り込んでくるのか?」
蛇に睨まれた蛙の気分。
剣道で鍛えられた魔王は物怖じしない雰囲気を纏っていて、その鋭い眼光に射すくめられ視界は狭まる一方だった。
そんな曖昧で情けない僕の態度に怒ったのか、足の甲への痛みが増した。
「‥‥‥いえ」
「じゃあやっぱり何か用があったんじゃないのか?」
魔王は僕の不自然な登場の理由をもう一度聞いてきた。
理路整然とした追及と妹の怒ったような態度。
ここにきて完全に自分を見失ってしまう。
焦燥に駆られた僕は、無謀にも魔王に対して初期装備で戦いを挑む。
「用は‥‥‥あります」
震えてしまう声をなんとか絞り出せば魔王と視線が交差した。
どこか値踏みするような目。口元には相変わらず小さな笑みを浮かべている。そんな人を食ったような態度に腹が立った。
「妹とはどういう関係なんですか」
「それを聞くためにここへ?」
「‥‥‥はい」
「兄貴、いきなり出てきてなんなん? マジ怒るよ」
横から聞こえた妹の声は低く抑えられてはいたけど、そのぶんものすごく怒気を孕んでいるのがわかった。
「か、彼女がいますよね! だから―――」
魔王は学校で王子様と称されるくらい人気者で有名人だ。
僕は知らなかったけど、彼女がいるってことは結構周知されているみたいで、だから魔王と親しくしている妹は付き合っている彼女の存在を知っていてもおかしくはない。
それでも、もし彼女の存在を知らなかったとしたら―――僕は今、大きな手札を切ったことになる。
「ふん、何を言いだすのかと思えば‥‥‥。俺に付き合ってる彼女がいたとして、君にとやかく言われる筋合いはない」
鼻を鳴らした魔王。図々しくも妹を前にして開き直ったような態度を見せた。
「でも、彼女さんの気持ちを考えたら―――」
「―――彼女の気持ち? 君に一体何がわかるんだ!」
僕の言葉を魔王は一喝するように遮った。
そして蔑んだような目を向け言葉を続けた。
「俺と恋の関係が知りたければ、妹に直接聞けばいいだろう。君の言ってることは歪でとても不自然だ」
冷たく言い放った魔王はテーブルの上にあったグラスの中身を一気に飲み干した。
そんなやり取りを隣で見ていた妹が呟くように口を開いた。
「兄貴は帰って」
「恋‥‥‥」
妹の一言で心臓が凍りついた。
信頼している家族なのに。助けたいと思っているだけなのに。
それに魔王には彼女がいるんだ。なんで、どうして、妹は味方をしてくれないんだろう。
僕は自分の中に生まれた嫉妬という感情を自覚している。
魔王が空になったグラスを妹に差し出した。
「恋、ドリンクバーのお替り。コーヒーフロートって作れるか? ダメならクリームソーダ。ちゃんとアイス入れろよ」
「わかった‥‥‥」
僕の言うことには全く従わない妹。でも、魔王の言葉で素直に席を立った。
そして妹が席を離れると魔王はその本性を現した。
険しい目つきになり纏う雰囲気が刺々しいものへと変化する。
「俺と恋の関係だって? いいこと教えてやるぜ。最初に俺を誘ったのはお前の妹だ。俺に彼女がいるのも知ってる」
「えっ―――!?」
「お前は俺たちの関係を聞いて一体どうするつもりなんだ?」
「そ、それは」
「はっきり言えよ。俺はお前みたいにうじうじした奴が大嫌いだ!」
「僕は‥‥‥妹を守りたいだけで‥‥‥」
「はぁあ? 守る‥‥‥? ふん、そんな態度で誰を守るって? 寝言かよ! 理由は知らないがお前はこの俺から妹を遠ざけたいんだな。だから、ここへ来た」
意外にも魔王はこっちの意図を理解していた。
だから向こうの言葉に便乗して自分の考えを伝える。
「‥‥‥そうです。僕の妹に近寄らないでください」
「最初からなんでそう言わない。わざわざ俺の彼女のことを持ち出して―――こいつは浮気野郎だって言いたいのか?」
「ち、違います。僕はただ‥‥‥」
「ただ、なんなんだ? まあ、いい、気づいてないなら教えてやるよ。お前はよく知りもしない人様の事情を利用して自分の気持ちをはっきり口にしていない。俺から見れば臆病で卑怯者だ」
「っ‥‥‥」
その通りだった。2人を引き離す口実として、僕は確かに見ず知らずの魔王の彼女のことを利用した。
本当は魔王に彼女がいてもいなくても関係なかったんだ。妹のことを守りたいなら自分の気持ちを声に出して伝えるだけでよかったのに‥‥‥。
臆病な僕は自分の気持ちをひた隠し、あわよくば魔王の彼女をダシにして‥‥‥自分でも気づかないうちに卑怯な真似をしてしまっていた。
「言いたいことがあるんなら本音で話せ。俺はお前が恋の兄貴だからって関係ない。だが今日はもう帰れ、話しは終わりだ」
「でも‥‥‥」
「俺はお前の態度に腹が立ってる。殴られたくなかったら今すぐ消えろ! 鏡があったら見せてやりたいぜ。そんな酷い顔、可愛い妹に見せていいのかよ?」
どうしてそんなことを言われなければならないのか? 震える手で自分の顔に触れてみた。
―――あれ!? 僕はなんで笑っているんだ‥‥‥
そこから凍りつくような冷たい感覚が全身に広がった。情けないことに、こんな状況なのに魔王を前にして愛想笑いを浮かべていた。
それはたぶん、魔王に抱いた怒りを上回った感情―――殴られたくない臆病な気持ちと自分の中の卑屈な部分を見透かされた恐怖心の表れの結果で。
気がつけば妹を置いてファミレスを飛び出していた。
いつの間にか降り出した雨の中、傘もささずに駅へとひた走る。
帰宅途中の人波を掻き分け駅舎へと辿り着くと、そのままトイレの中へ駆け込んだ。
鏡に映る自分の顔は本当に醜くて―――絶対に妹に見られたくはなかった。
やるせない気持ちが込み上げてきた。
だって敵である魔王に情けをかけられたことを理解したから。
読んで頂きありがとうございました。
平日は最低でも2話以上(毎日が理想(無理です))の更新ができるようにと考えています。
もしよかったらリンゴと蜂ミッツを推してくださいね。ブクマ、評価をよろしくお願いします。