第16話 家の2階に猛獣を飼ってます。
カレー大好き『リンゴと蜂ミッツ』と申します。いつも読んでくださっている方は、大変ありがとうございます。
10万字を目指して(完結目指して)頑張ります。モチベーション維持のために感想を頂けると大変嬉しいです。
美容室からの帰り道に駅前のコンビニに寄ってアイスを買った。
同年代に見える店員さんの視線がやたらと気になったのは自意識過剰というやつで。
それでも家に向かう足取りは驚くほど軽く感じられ、髪形を整えただけなのにそのことが心に及ぼす影響ってものをものすごく実感した。
家の前まで帰ってくるとカーポートに止まった車から仕事帰りの父さんが降りてきて、まるで不審者を見るような目つきで僕に向かって他人行儀に口を開いた。
「あの~うちに何か御用ですか‥‥‥?」
「僕だよ。お帰り、父さん」
「うん!? い、郁人か! 泥棒かと思ったじゃないか。こんな時間に何してる? それにお前の格好‥‥‥」
こっちが声を掛けるまで父さんは本当に僕だとわからなかったみたいだ。
声を聞き自分の息子だと認識してから目を丸くした。
「ちょっと髪を切りに、その帰りなんだ」
正直なところ、「受験を控えて何を考えているんだ」なんて言われもの凄く叱られるんじゃないのかと身構えていた。
だけど頭のてっぺんから足の爪先まで視線を走らせた父さんは意外にも笑顔を浮かべた。
「髪形を変えると雰囲気が変わるな。ふっ、郁人もそういう年頃か」
「まあ、ちょっとはね」
「好きな子でもできたか」
「違っ―――! って言うか‥‥‥その‥‥‥」
「ははは、どっちなんだ。父さんの子供だからな、モテるかもしれないぞ」
「‥‥‥そんなわけないから」
「まあ、いいさ。こう見えて父さんにも若い頃があったんだ。ただ、思い返せば後悔ばかりでな‥‥‥郁人にはできるだけ同じ思いをしてもらいたくない」
父さんが遠い目をして言った。後悔という言葉がやたらと印象的で、同時に頭の中に妹の顔が浮かんだ。
僕は今、父さんが言った若い頃の真っただ中にいる訳で、だからこそ後悔なんてしたくないと強く思った。
「勉強のほうも悔いなくな」
「わかったよ」
父さんと一緒に玄関を入ると、出迎えた母さんが僕を見て驚きの声を上げた。
「息子がイケメンに変身しちゃったわぁ―――!?」
「か、母さん‥‥‥」
家族の反応は予想していたけど、その予想を大きく越えてくる恥ずかしさに襲われた。
だから明日の学校の事を考えるとものすごく気が重くなった。
「ねぇ、やっぱり彼女でしょ? こんど家に連れて来なさい」
「ち、違うから。彼女とかそういうのじゃなくって‥‥‥面接対策だから」
「いつの間にかそういう年頃になっちゃって、母さん嬉しいけど少し寂しいわ」
「愛ちゃん、子供の成長は早いね」
「隼人さん‥‥‥」
「‥‥‥愛ちゃん」
何でも異性の存在に結びつけようとする両親。本当は正解なんだけど、妹を寝取るためにやっているなんてことは口が裂けても言えやしない。もし両親に計画のことを知られたら僕はこの家にはいられない訳で。
それでもだ。僕は全てを失うとしても絶対に妹だけは守らなければならない。
廊下で見つめ合っている両親を残してリビングに入ると、ドタドタと慌ただしく階段を駆け下りてくる音が聞こえてきた。
思わず頭に手をやって手ぐしで髪を整える。
「さっきから、彼女、彼女って」
2階から下りてきた妹は少し不機嫌そうだった。
「兄貴どこ出掛け‥‥‥」
僕の前に立った妹が突然フリーズした。視線はやっぱり頭に向けられていて、暫くの間があってから、「はぁうっ!」と変な声を漏らす。
「ど、どうかな?」
顔から火が出るくらい恥ずかしいけど、寝取ると決めた相手に外見を整えた自分を見てもらう必要があった。
言葉に詰まりながら感想を聞いてみると、妹は蝋人形のように固まったまま―――つまり無反応だった。これは陰キャならではのやらかしてしまったパターンなんだろうか‥‥‥。
「ダメ、かな?」
最後にもう一度聞いておく。答えによっては丸坊主にしよう。陰キャが調子に乗ったのが悪かったんだ。
そう考えていると妹が1オクターブ上の声を上げた。
「ま、まぁ~普通。中の下ってとこじゃね? 私が選んだ服がなかったら下の中だし」
評価に対する服の占める割合が高いってことは、よっぽど下地が悪いのか。陰キャな僕でも少し凹んでしまう。
「なに言ってるのよ恋。お兄ちゃん、彼女ができたんじゃない?」
リビングに入ってきた母さんがまた異性に絡めて発言する。
それを聞いた妹は何故だか僕を睨みつけ‥‥‥。
「はぁあああ~? こんな陰キャに彼女ができるわけない!」
「こら、お兄ちゃんに何てこと言うの。お母さんは断言するわ。彼女だって」
「陰キャに陰キャって言って何が悪いの! 絶対に彼女なんてできん! だろ兄貴っ!!」
顔を真っ赤にした妹がすごい剣幕で僕に食ってかかる。
僕は彼女なんていないって言っているのに、発言した母さんじゃなくてなんでこっちに噛みついてくるんだろうか。
「彼女とか、そういうのじゃないから」
「キモ」
いや、待ってくれ。言葉の脈絡がおかしすぎる。
彼女の存在を否定したら、キモがられるって一体‥‥‥。
妹は吐き捨てるように言うとリビングから出て行った。階段を駆け上がる音に続いて、ドアが乱暴に閉まる音が聞こえた。
その様子に両親は困惑気味で、僕は苦笑いを浮かべるしかなかった訳で。
「一体どうしたんだ? 言葉遣いは悪くなる一方だし、あの態度は‥‥‥」
「まあ、まあ隼人さん。あの子はまだ幼いとこがあるし、それにお兄ちゃん子だったからヤキモチ焼いたんでしょ」
「もう高校生なんだから、早く兄離れしてくれないとな」
もしかしたら寝取り計画が大きく前進するかも、と少し楽観的に考えていた。結果はイメチェンした僕に対して、妹はめちゃくちゃディスってきた訳で。
両親は兄離れしていないって言うけれど、そんな様子は全くない。
自室のベッドに横になっていた。隣の部屋からは物音1つ聞こえてこない。いつも夜遅いはずなのに、もう寝たんだろうか?
ふと視線を感じてベランダ側の窓を見た。
きっちりと閉めてたはずのカーテンが少し開いていて―――その隙間からこちらを覗く大きな目が‥‥‥!?
「うわぁ―――!」
「うっさい! 親が起きる」
叫び声を上げると開けた窓から顔を出した妹に一喝された。
彼女は極々自然にベランダからこっちに入ってきた。最早ホラーだ。
「な、なんなんだよ‥‥‥!? ベランダで何してる?」
僕の部屋と妹の部屋はベランダで繋がっていた。
不思議なのは閉めていた窓の鍵が開いていたこと。
「彼女できたって、ほんと?」
「できたって言ってない。あれは母さんが勝手に―――」
「―――じゃあなんでカッコよ‥‥‥!? って違う! なんで勝手に髪形変えんだよ」
「髪切るのにいつから妹の許可がいるようになったんだ」
「なんか怪しい。井上さんって子? それとも中学の時の‥‥‥」
「中学のって‥‥‥なんでそうなるんだ」
井上さんはともかくとして、中学の時のって妹が口にしたのは同じ中学だった木嶋さんのことを指しているんだと思う。
妹から見れば同じ中学の先輩で、それに兄と同じ図書委員のメンバー。なんで今更になって妹が木嶋さんの名前を出したのかはわからない。
それに僕が木嶋さんから告白されたことを妹は知らないはずで。
「じゃあ、違うって証明して」
妹は半袖のTシャツに太ももが露わになっているいつもの格好だ。
ベッドに上がると獲物を狙う猛獣のように四つん這いの姿勢でこっちへ詰め寄る。
「お、落ち着けって。彼女がいない証明なんてできない」
妹の言うそれは、『悪魔の証明』というやつで無いことの証明は不可能なんだ。
それを今言っても火に油を注ぐだけだろうけど、仕方がない。
「あっ、開き直った!?」
「あのな~陰キャな兄ちゃんに彼女なんて簡単にできると思うか?」
「‥‥‥そんな事、わからんし」
「もし彼女ができたとして、恋には関係が‥‥‥」
言いかけた言葉を寸前で飲み込んだ。
本能がダメだと伝えていた。
「関係が? なん?」
「あ、いや、彼女ができたら1番に報告するから」
「‥‥‥‥‥‥そういうのじゃない」
妹は唇を固く結んで、僕の顔を真っ直ぐに見ていた。
こんな時でも彼女のちょっとした仕草や表情が魅力的に感じてしまうのは、やっぱり血が繋がっていないからで。
「写真撮らせろ」
「はあ‥‥‥!?」
いきなり言われて頭の中が混乱した。
怒っていたかと思ったら、こんどは写真を撮らせろって? 感情の振れ幅が大きい所も彼女の特徴の1つではあるんだけど。
「だから写真。今すぐ―――」
いきなり窓から侵入してきて、挙句の果てに写真を撮らせろとは、もう訳が分からない。
だけど分かっていることが1つあった。それは僕に暴走した妹を止められない、という事実。
と、いうわけで―――妹が選んでくれた服に袖を通した僕は、手ぐしで髪を整えてから写真撮影に臨むことに。
「ほら、こっち向いて、そう、ちょっと笑って」
スマホを向けられ、妹にポーズと表情までもを指定される。
カシャ、カシャという撮影音がさっきから止むことがない。
「あの、恋さん? これに何の意味が‥‥‥」
「うっさい。今後の参考」
何の参考だろ? 前も同じようなことを言っていたけど‥‥‥この状況で深く追及しても無駄なことは知っている。
「顔だけこっち。そう、あごを引いて」
「‥‥‥こう?」
「いいね~きゃ、カッコいい」
「ほら、ウインクしてみて」
「こう、か? どう?」
「―――うん。メチャいい、すごく素敵」
―――あれ‥‥‥なんだろう? さっきから褒められてる気がするんだけど!?
「ああ、イイよぉ~兄貴、どうにかなっちゃいそう」
「あの、恋さん? だ、大丈夫ですか?」
「―――はっ!? な、なんか言った?」
「別に‥‥‥」
急遽の写真撮影会は妹が納得するまで続けられ、終わる頃には日付が変わっていた。
「も、もういいだろ」
「‥‥‥うん」
満足そうな顔でスマホの画面を操作していた妹が、やっと頷いてくれた。
兄の写真を撮りまくるって‥‥‥近頃の妹はやっぱり様子がおかしい。
「兄貴、その髪形で学校いくんだ」
「‥‥‥そ、そうなるけど」
服を着替えてベッドに腰を下ろすと、妹が変な質問を投げかけてきた。
カツラならともかく僕の髪形は学校用と自宅用で切り替えなんてできやしない。
「なんか腹立つ」
「なんで恋が怒るんだよ」
「他の奴に見られたくない」
「ど、どういう意味」
「そのまんま。ちょっとでもモテたら殺すから」
これは母さんが言ってた妹としてのヤキモチってことなんだろうけど、それにしてもだ。
いったん落ち着いたかに見えた妹の口から恐ろしい単語が飛び出したような‥‥‥ふつふつと怒りを溜め込んでいる様子でそのまま隣へ座ってきた。
そして理不尽な怒りの矛先は、当然のように僕へと向く。
「あぁあああ、なんかむしゃくしゃする! どこでもいいから噛ませろ―――」
「―――えっ!?」
妹はいきなり僕の左腕を掴むと、そのままがぶりと噛みついてきた。
「意味がわか―――ちょっと、止めろ恋! 痛ったぁあああ! 本気で噛むんじゃない」
ギリギリと歯が立てられる。そこまで本気ではなかったけどそれなりに痛い。
やっぱり両親の言っていた「兄離れ」ができてないのかもしれない。
そう思って彼女の横顔に目を向ければ、そこには少しだけ寂しそうな―――そう出会った頃の幼い面影を見た気がした。
「ふん!」
妹は噛みついた腕から口を離して鼻を鳴らすと、こっちに一瞥をくれ窓ではなくドアから出て行った。
「なんなんだよ、まったく‥‥‥」
痛みが残る左腕を見ると彼女の歯形がくっきりと刻まれていた。
読んで頂きありがとうございました。
平日は最低でも2話以上(毎日が理想(無理です))の更新ができるようにと考えています。
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